act.19 リーグ会議
ビュオオオッ、と。
風の音が凄い。
「風、凄いなぁ…」
朝、ポケモンセンターで借りた部屋の一室で目を覚ました。
外で鳴る異様に大きな音を耳が拾い、眠りの妨げになってしまった。何だろうと窓の外を見てみれば昨日とは打って変わって強風が窓硝子を叩いており、木が大きく揺れている。そしてゴウゴウと風を切る音が大きく聞こえてくる。
――ああ、そういえば今日は暴風注意ってジョーイさんが言ってたな。
バシバシと強い風が窓の硝子を叩き付ける。
今日は、ヨスガへ行きたい。
そろそろメリッサと勝負したいと思っていたところだった。だが今日の天気はこんなだし到着は遅れそうだが、ノモセからそう離れていない事が幸運だ。ベッドから降りて顔を無造作に洗い、寝具のシャツや短パンを脱ぎ捨てた。何も纏っていない素肌に冷たい空気が触れて痛寒い。ハンガーにかけてあるいつもの衣類を素早く身に纏って手早くコートを羽織る。
ヘアピンを髪に止め、バッグの中と忘れ物がないか確認し部屋から出た。
バタンッ!と扉が閉まった音が遠くで聞こえた。
「なぁ、知ってるか?この先にウラヤマさんっていう人が住んでる大豪邸」
「あぁ、超金持ちの愉快なおじさんだろ?自分とポケモンだけが住む家を作るって、しかも庭付きで何千万もつぎ込んだ家に珍しいポケモンを飼ってるっていう。そのポケモンと豪邸を見せびらかしたいからって色んなトレーナー招き入れてるんだろ?」
「あぁ、そうだよその人。お前知ってるか?」
「だから何がだよ?」
「あの人の家、今噂の犯罪集団に家を荒らされて庭に野放しにしている珍しいポケモンとかを遠慮無しに盗られたって話し」
「うっそ!マジかよ?」
「マジマジ、何でも昔カントーとジョウトを騒がせたロケット団とか言う奴らと…1年くらい前だったか。壊滅した筈のギンガ団がまだ残ってて、手を組んだって聞いたぜ。それに、最近では珍しいポケモンだけじゃなくて強いトレーナーから強いポケモンを奪う事もしてるらしい」
「ま…マジかよ…物騒だな…。俺も旅先気を付けよ」
「そうだな。例え珍しいポケモン持ってなくても、遭遇しただけで何されるかわかったもんじゃないからな」
「(……………)」
ポケモンセンターに取り付けられている食堂に行き朝食を摂っていた。
バイキング形式で好みの料理をトレーに乗せ、空いている一人席に腰を下ろしたのは数分前。自分はシチューを飲み、頭に乗ったリオルが机に座りバターロールをかじっていた時、丁度その会話が耳に届いた。後ろ席から聞こえるトレーナーであろう男子二人の声。それは今現在市民を騒がせている迷惑集団の話しだ。
何でもこの近くにあるウラヤマさんと言う人の家が荒らされたらしい。珍しいポケモンが居る、と大々的に家の主が発表しているんじゃみんなこぞって良い人悪い人寄って来るだろうに。
というかポケモンは見世物じゃないし、そのウラヤマさんというポケモン達はそもそもその見世物にされている件に関してはどう思っていたのだろう。
ともあれ、全て奪われてしまったのなら自業自得だ。ポケモン泥棒からすればカモみたいなもん。
「(それにしても。まさか本当に手を組むとか、)」
聞き耳立てるのをやめて意識を彼らの会話から外し、席を立った。
まだバターロールをかじっているリオルを頭に乗せて完食した食器をカウンターに戻す。
センターの外に出るとやはり風は強かった。風は唸り木や草が不規則に揺れる。今日の天気予報は暴風に注意だったか、確かに注意にこした事はない。これで雨が降っていなくて本当に良かった。こんな暴風の中雨なんて降って来られたらたまったもんじゃない。
町に出ている人々が暴風に苦戦しながら前を歩いているのを見て、一歩踏み出した。強風が体の行く手を阻み、見えない何かで体全体を押されているみたい。
街中のノモセを抜け、トレーナー達がバトルが出来る領域へ入った。やはり暴風でも何だろうとボチボチとトレーナーがうろついていてバトルを申し込まれる。こんな暴風なのにみんな元気だな…と思いながら取り敢えず勝負を受け、返り討ちにしながら前を進んで行くと今まで街で見た家よりも豪華な建物が目に着いた。
「ここがウラヤマさん家かなぁ?」
「ばう?」
「おっきいねぇ、シロナさんの家程じゃないけど」
「ばう、ばう」
「なぁにリオル?……あぁ、やっぱりそうだよね」
ウラヤマさんの開門には黄色いテープが何重にも引かれていて、パトカーや白バイが何台も置かれている。
そうだ、迷惑集団の被害にあったならジュンサー達の捜査範囲だ。さっきから中が騒がしいから色々調査しているんだろう。家の主と思われるウラヤマさんの悲痛な声が時折豪邸から聞こえて来ていた。
「(やっぱり、思ったよりも身近でこんなことがあると)」
ぶるり、と思わず身震いした自分に情けないなぁと眉を潜めた。
(珍しいポケモンを持ってる人間は必然的に狙われる)
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「本当に諦めが悪いね」
セキエイリーグ本部の一室。
そこにはカントー、ジョウト、シンオウ地方を代表としてそれぞれ各ジムリーダーが一人と四天王全員。そしてチャンピオンが集まる中、ワタルは口を開いた。馬鹿な連中だな、と。
小さく素っ気なく、嘲笑ったような無機質な声が広い部屋に響いた。広い部屋と言ってもシンと静まり返る一室だからこそ大きく、しっかり部屋全体まで届いた声は壁を反響して言葉を流す。「本当にアイツら学習しないよな。ゴキブリでも学習するよ。アイツらゴキブリ以下かよ。あ、ゴキブリに失礼かなゴキブリより下の害虫って何かいたっけ?ノミ?ゲジゲジ?」なんて後半ただの悪口だったがみんな余計な口を挟みたくないし睨まれたくないのでとりあえず適当に頷いておく。
手元の資料を見つめながら黙りこくっていた彼らは静かに視線を中心人物の一人へと向けた。
椅子に座り、足を組みながら資料を目で流していたワタルは深い溜め息をついて机に資料を放り投げる。
「ってことで忙しい中集まって貰って悪いねみんな。あ、元気?」
リーグ機関関係者会議。
今まさしくそれが開かれている訳だが。
会議の内容は迷惑集団について。今最も被害が出ている地方のリーグへまとめて召集をかけ、四天王もチャンピオンも集まっているこの一室。本当はジムリーダー全員仲良く招集しようかと思ったが全員やっぱり忙しい身で。ジムの予約が入ってたり、例の犯罪集団から街を守るために常駐している為それは難しかった。なのでそれぞれ代表としてジムの最難関を務めるジムリーダーだけ来てもらった訳であるが。
ううん。ジムリーダーも四天王もチャンピオンも皆個性が強すぎる。「星の王子としてここに馳せ参じた次第だが……」「お前まだそんなこと言ってんの?それより俺様のイカしたアフロ見ろよ」「ハァッ…ハァッ…クソ、頭が痛い…超能力を使えるが故に頭痛が治らない…もう欠席していいだろうか…」「いやアンタのそれは二日酔いのそれさね。ババアの目はごまかせないよ」「あー…虫ポケモンって美味しいってよく聞くんだけど、本当かな…」「ちょっ、やめてくれ。俺にはそういう趣味はない」「焼いたら美味いって言うけどどうなんだろうな。食用コクーンとか、そう言えばこの前しょっぴいた闇市で売られてたしな」「星の惑星にはそんな食文化はない」「あなた達ちょっとうるさいんだけどガブリアスの爪の錆にするわよ」とか何とか言ってるシンオウチームの皆様。
いつ見てもいつ聞いても全員が強烈で奇特過ぎる人達である。というか変人が数人、ここの会議に混じってる気がする…。いや、それよりもシンオウ地方のジムリーダーも四天王もみんなキャラ濃くねぇ?俺、絶対関わらんでおこ。……まあそれは置いておくとして。いきなり緊急招集したとは言えまずまずの集まり具合だ。
「最近の被害状況、知ってるね?水面下でこっそり行われていたポケモン強奪やら器物の破損から金品の強奪。それがもう最近では目につく所でやりたい放題……警察も既に動員されているとは言え、奴らの人から奪ったポケモンが強いとこっちが返り討ちにされて逆にポケモン奪われる始末。はぁ〜〜〜〜もう、ほんとに、さぁ〜〜〜…」
「落ち着いてワタル。煙草から手を離して」
疲れているのかイラついているのか。
いつの間にか手に持った煙草を無意識で火もつけないで口に咥えようとしているワタルの姿に、隣に座っているシロナが「ステイ、ステイ。どうどう」と窘めていた。いやあんた禁煙してるって言ってたじゃない、と思うが致し方ないように思える。
ただでさえワタルは普段から業務量が多いのにこんなよく分からん集団に悩まされている。
「奴らの目的なんだが何となく予想がついた。自分達のボスの帰還だ。ロケット団のボスもギンガ団のボスも、昔潰されてから組織は解散したと思われていたが……未だ頭が捕まってない上に痕跡すら残ってない。強い戦力を集めれば彼らのボスが帰って来るとでも考えているんだろう」
ワタルの言葉にそれぞれがやっぱり…と小さく溜め息を着いた。だいたいそんな事だろうと予想していたからだ。民間に迷惑かけるなよと実際に言ってやりたくなった。
シロナが新たな資料を手に席を立つ。
配られた分厚いそれはトレーナーの名前がずらりと並んだ資料だった。
「奴らの狙いはもうわかってるな?とにかく強いポケモンと珍しいポケモン、それを持つトレーナーが特に狙われやすい。メディアで出ているトレーナー達なんてカモだよカモ」
「私達も気をつけなきゃいけないわ。場合によっては手持ちのポケモンを奪うんじゃなくて、家に置いてきてるポケモンをわざわざ狙って来ることもあるかもしれない。注意して」
「リーグ調査で危険性があるトレーナーをピックアップしたから名前だけでも見ておいてくれ。もう民間には周知はしているが………なるべく彼らにはしばらく街で大人しく過ごすか、数人で行動して欲しいんだけどね」
まぁそれもそうだ。奴らは束になって襲って来るのだから。それぞれ複数人での巡回を強化するように、と言うワタルに皆が頷いた。
そして。
トキワシティジムリーダーのグリーンは資料の表紙を捲らずに悶々と考えていた。この中に、あいつ(レッド)の名前があったらどうしよう、と。
決して、決してレッドの身の安全の為じゃない。俺はアイツを心配なんかしていないのだ。今回の件に関しては。それよりも心配なのは犯罪集団だった。もしレッドと言う名が。先頭にピックアップされていたとしてここにレッドの名が載っていたら。奴らは彼のポケモンも狙う可能性があるということ。力のあるポケモンが欲しいならレッドなんぞ格好の的だ。なんたって最強のポケモン集団作ってるヤツだぞ。カモである。カモの的だが。
あいつ最強よ?
そもそも奪うって。
レッドからポケモン奪う?何それ冗談かよ。大人しく奪われる姿もそもそもレッドが負ける姿が想像つかないし。何人で束になって襲って来ようが軽く返り討ちにするイメージしかない。
それにあいつ自身の力を嘗めないで欲しい。レッドのパンチは岩を砕くぞ。地割れも起こせる。きっと空も飛べるし50メートルジャンプもできる。たぶん頑張れば破壊光線もできる。
というよりそんな邪な輩がレッドのポケモンに触れようものなら命が無いかも知れない。
レッドは邪心があって自分のポケモンに触れようとする奴らが嫌いだ。他人にも触られるのがあんま好きじゃないあいつ。だからきっと、そんな奴らが自分のポケモンを奪いに来たとなればポケモンバトルなんてせずに自ら制裁を……手を下しそうなもんである。
グリーンは恐る恐る資料を開き、名前を探していく。中には最近自分のジムに挑戦しに来たトレーナーの顔もあったりしていて。
無ければ良いと願ったが容易く簡単に砕け散った。レッドの名は頭に書いてあった。なんて事だ。
はぁぁぁ……と深い溜め息を着いて頭を抱えるがこればっかりは仕方ない。
けれどグリーンはもう一件。気になることがある。「無ければいいな、」という思いで更に資料を捲るとその名前を見つけてしまった。そこにはアヤのプロフィールがどーんと載っていた。
「………判断基準間違ってねぇ?」
アヤ。
レッドお気に入りの女子。お気に入りすぎて恋人にしてしまった女の子である。昔かなり活躍していたからもしかして、と思ったけどやっぱりリストにあるってことはマークはされているらしい。
しかし何故アヤの名前があるのか。強さ的に言ったらもっと強いポケモンはわんさかいると思うし、だとしたら珍しいポケモンとか持ってたのだろうか。そんな珍しいポケモンなんて持ってたっけ…?とグリーンはその横のアヤの手持ちの記載を見るがそれと言って驚くようなポケモンはいないように思える。
普通も普通。
「はい!じゃあ今日はこれだけ!皆突然悪かったわね。帰ったら各地のジムリーダーに伝えてくれ。ジムトレーナーと複数人のグループを作って巡回を続けて欲しい」
「ねぇ、ワタル兄さん」
「なんだいイブキ」
ワタルの話しにはい、と手を上げたのはフスベジムリーダーのイブキである。ジョウト地方の最難関ジムを務めるワタルの妹。しかし癇癪持ちが玉に瑕。
「そいつら迷惑集団にエンカウントしたら多少トレーナーに怪我くらいさせて良いのよね?確保しなきゃいけないし」
「ああ、良いよ」
「(いいのかよ!)」
イブキの隣に座っていたグリーンは突然何を言い出すんだこの人、と言うような目でイブキを見ていた。
でもまあ、これから犯罪集団と出会す機会は沢山あるだろう。それに既に色んな人に怪我も負わせて財産を盗むなんて極悪非道なこともしている訳だし。ついでに捕まえなくてはならないから多少の怪我くらいは致し方なし…、
「俺も昔、ロケット団に破壊光線打とうとしたくらいだしなぁ」
ケロッとした顔で言うこのチャンピオンはちょっと通常感覚とはズレているらしかった。
「いやそれはダメだと思いますワタルさん」
「え?ダメ?」
「マジでそれはダメだと思います。死んじゃいますって」
「別に死んでも文句無いと思うけどね」
「絶対ダメです」
「ダメかぁ〜グリーン君、案外甘いねぇ」
俺はNOと言える男である。
ダメなことはダメ。
「あら。犯罪集団よ?一人や二人死んでも文句無いと思うけど」
「シロナさんまで何言って……ダメなもんはダメです!無駄な殺生は俺のジジイが許しませんよ!」
グリーンは真顔でNOを唱えるのだった。
リーダー会議
過去に破壊光線を人間に打ち込もうとしていた鬼畜。
いや、シンオウ地方は変人多いって言うけどもしかしたらオレらんところも人の事言えねぇかも……。