act.13 どうか内密に





「とは言ったものの、どっから行けいいかなこれ…」



肌寒くも天気が良い空をカイリューに乗って飛行しながら考えていた。
シロナから貰ったタウンマップを広げながらじっと睨めっこしているが、目に力が入りすぎて眉間に寄った皺が緩められないでいた。何故か。



「まず最初どこに行くのか決めてなかった……」



大失態である。

旅に出たいと宣言したは良いが肝心な行き先を決めていなかった馬鹿自分。
シロナはナギサには最初は行かない方が良いって言ってたし、なら素直に一番最後にした方が良いだろう。そんなに強いのかナギサジムリーダー…。

シンオウ地方を旅したのはもう5年も前だ。

どこに何があって、あの街にはこれが有名だった……などは殆ど覚えていない。コンテストで優勝することしか頭になかったし忙しかったから、景色を楽しんだりする暇もなく。シンオウ地方の各コンテスト会場を制覇してグランドフェスティバルまで時間がまだあるものだから、ホウエン地方のコンテストを今度は時間の許す限り荒らしてきた。

コンテストに挑戦してグランドフェスティバルで優勝することしか頭になかったアヤは余所見なんてしてる暇がなかったのだ。

だからこんな、ある程度じっくり考える余裕ができたアヤはマップを広げて唸った。



「うーん……ここから近いところだと……」



今の自分の実力で、バッジが取れそうなジムは…と。

因みに最近ではシロナに連れて来て貰った場所はトバリシティだ。シンオウでは2番目に大きな都市でもあり、ジョウトで言えばタマムシくらいの大きな街である。

大きなデパートや歩けば沢山のブティックも並び、飲食店やら何やら幅広く揃っているので、近隣住民には私生活に欠かせない。その為良く行く街だ。そしてヨスガシティにはグランドフェスティバルの本部があり、いつもそこに働きに来ているから生活範囲内だった。その上ジムリーダーのメリッサと練習試合もしていた。



「メリッサさんからはバッジ……は今は取れそうにないよなぁ……演技では勝てるとしてもポケモンバトルでは未だに勝ったことないし。あと少しだとは思うんだけどこればっかりはもう少し特訓が必要…」

「ルゥ」

「うん、じゃあここはひとまずトバリに降りよう」

「ルゥー!」

「ちょちょちょちょっとおおおおいおいおいっ!いきなりスピード出さないでって言ってるじゃんっ!!落ちたらどうすんの!」

「ルゥー!」

「話を聞いて!ひぇええええぇぇぇ…!!」



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着信画面には「シロナ」の文字が。

彼は首を捻りながら受話器を耳に当てた。


―――purururururu………ガチャ、



『はい?ごめんお待たせ』

「もしもし、ワタル?私、シロナよ」

『どうし…』

「アヤちゃんが一人旅に出たわ……」

『………は…はああああ…?ちょっ俺この間言った筈じゃ…?危険だって言ったろうに!すぐ連れ戻した方が…』

「ちょっと、耳が壊れるわ…」

『っ…す、すまない。だが……』



セキエイリーグ本部。サラサラと紙に滑らせていた万年筆の先をボキッと折った張本人、ワタルはひっくり返るんじゃないかと言う程のショックを受けた。

滅多に声を荒らげることのないワタルの様子に隣の部屋に控えている四天王達がなんだなんだと覗き込んでいる。
暫くして唸るような声がしてきたのを確認するとあぁまたか、と溜め息をついて興味をなくしたかのように各々持ち場へと戻って行った。

ワタルはこんな不良っぽい見た目でも面倒見はいい方だ。昔から彼は色んな年下の子によく悩まされているのである。それは妹のイブキだったり何考えてるか分からないレッドだったり人の話を聞かないアヤだったり。少し前まではゴールドやコトネという少年少女の面倒を見ていたくらいだ。
「あの人本当に年下好きだな」という些かマズイ方向に勘違いしてしまいそうな四天王の不穏な言葉を「別にそう言う訳じゃ…おい、やめなさい。俺にそんなねじ曲がった性癖はない」と深いため息を着きながら項垂れるワタルの顔を思い出しては、四天王達も何となくそれはわかっていた。



「今ここでアヤちゃん止めないで欲しいの。きっと事前に知らせたら、あなた止めに来るでしょ」

『そりゃあね……だって危ないってついこの前言ったばかりじゃないか…』



電話先のワタルの声がほとほと呆れているように脱力していた。たぶん電話の向こう側で目を覆い隠して机に肘を着いているのだろうな。と考えて。しかしまあシロナこそそんなことは一番わかっているのだ。
今のシンオウは少し危ない。犯罪集団の残党が必死こいて集団でいろんなトレーナーから珍しいポケモンを奪い回っているという。
最近では騒動が収まるまで一人旅は危険!なんてニュースでも注意しているし、被害も日に日に増えているのだ。確かに一人で行動させるのは……だいぶ危険かもしれないが、今一番優先させるべきことは彼女の目標である。とシロナは思っていた。

だってやっとアヤは自分から引きこもりをやめて表舞台に顔を出そうとしているのだ。

全コーディネーターの夢舞台である花形。グランドフェスティバルに初めて出場した上に優勝してからアヤは一度暴力沙汰を起こして一変。転落している。そこから逃亡して、雲隠れのようにして姿を隠したことを聞いたシロナはそれを初め聞いた時「そんな馬鹿な」と驚いたものだ。
だってアヤは理由もなくそんなことする子でもなければ、公衆の面前でそんなことをする勇気は無いと思っていた。

勿論感極まってハメを外すようなことはするかも……とは思ったけれど。まさか人に理由なく暴力を振るうとは思ってもみなかった。

それはシロナだけではなくワタルやダイゴもそう思っていた。小さな時から見てきたから、だからアヤが実際の問題行動を起こている姿を見るまで信じられなかったのだが……。

実際その映像を見てしまえば唸った。

本当にぶん殴ってる…やらなんてことを…と思いながら引き攣った。

それと同時にたぶん何かあったんだろうな、と。

チャンピオン達は独自に調べることにした。調べたら調べたらで、「なんでそのまま誰にも言わなかったんだ……」と唸り続けていたが。



「やっと外にまた出るようになったんだもの。だったらアヤちゃんの好きなようにさせてあげたいの」



話を聞きたくても外部からの連絡を断っているのではそれすら叶わない。それから何の音沙汰もなく5年以上…。それがひょんな事で見つかって、本人が変わらず元気そうに暮らしているのを見て各々肩を落としたのだ。

それからレッドと会ったアヤはまた少しずつ自分から表舞台へ顔を出そうと頑張っている。表舞台へ戻れば少なからずアヤが嫌いな人達も大勢いて、辛辣な言葉も受けるだろう。
何しろあのミクリを殴った。彼にはファンも多いし、恐らくファンのみんなはアヤを許さないだろうが。

それをわかってアヤはまた挑戦しようとしている。殴ってしまったことを謝って謝って謝って、許しを乞う。

彼から「アヤさんから謝罪されました。ワタシは、そんなに気にしてないんですけドね」と苦笑い混じりに話すミクリの顔をシロナは思い出した。

それならアヤのしたいことを応援してやりたいとシロナは思っていた。

しかし障害はつきものである。

人と関わる事を極端に避けて来た影響かは知らないが、多少の心の変化なのか、それとも罰なのかは分からないが。彼女の“バトルに関してのセンス”そのものが欠けていた。長いブランクで全ての力が劣っているのもあるが、演技の時に見せていた輝きそのものがどこかに消え失せていた。

言うなれば弱くなっていた。

ポケモン達が、ではない。アヤ自身がダメになっていた。アヤの指示がダメダメで指示をするタイミングから戦略から、それに何を考えても大それたことは何も生まれてこない。

それにはすぐにアヤも気付き、表面上あんな馬鹿な事をしているが(本当に救えないくらいに)内心本格的に焦り始めたのをシロナは影ながらに知っていたのである。

こう言ってはなんだが、今のアヤの総合的な能力や演技を見て何もシロナは評価できるものがない。何も魅力を感じない。まだ駆け出しトレーナーの方が輝いている。

それほどまでに落ちていた。



「(キミはもっと、鈍い蒼い輝きを放っていたのよ)」



昔見たアヤは、もっと鈍い光り方をしていたのだ。こんな錆ついてはいなかった。

人間何か取り戻したり得たりする事が出来るのは、何よりも大きな経験である。

シロナとて、アヤがもう一度伸び伸び羽ばたいている姿を見たい。あの頃のような光るアヤ達の演技が見たいのだ。

それを手助けするのが何より今出来る事じゃないだろうか。



「……アヤちゃんね、やっとやる気になったの。今、頑張ってるから…それなら、今しか出来ないことが沢山あると思うの。これも今後の為よ」

『…………』



私達もトレーナーだ。

良いこともあったけど、後悔した事も数えきれないくらいしてきた。

何よりせっかくアヤがもう一度頑張ると決めたのなら。



「本当なら私がついて行ってあげるのが一番なんだけど」

『今シンオウリーグも忙しいだろう。あとはレッド君に事情を話してシンオウに向かわせる手もあるが……かと言ってあの子を今引っ張って来る訳にはいかないし…』

「それこそムリでしょ」



実はレッドは今ジョウト地方で“仕事中”である。
元々セキエイリーグに在籍しているトレーナーの彼は本来なら自身の管轄であるカントー地方とジョウト地方の秩序維持やら、何かしらポケモンが関与している問題が起こったら解決するために動いてもらわねばならない。勿論それはワタルや四天王や、ジムリーダー、リーグに勤務するトレーナーはみんな一緒である。
けれど今まで彼がシロガネ山に籠城していた時はそれらは免除していたが、山から解き放たれた鬼を使わない手はなく。リーグの人間はみんな立場もあり持ち場をそう長く離れられないが、実質上フリーで動けるレッドはワタルにとって重宝する存在だ。

しかも自分よりめちゃめちゃ強い。

ジョウトやカントーでも迷惑集団は元気に活動しているし、シンオウに送り出す前にこちらの仕事をある程度片付けさせねばならない。



「アヤちゃんが困ってるから一緒に旅に付き添ってくれ、って伝えたらそっちの仕事放ってすぐにアヤちゃんの所に来るでしょ。レッド君……」

『間違いなくアヤちゃん優先させると思う…そこらへんの考え方はまだ子供だからな……与えた仕事に責任は持ってないと思うし、そもそもアヤちゃん以外どうでもいいと思ってるだろうから』

「そうよねぇ」



レッドはめちゃめちゃ強いが手綱を操作するのがとてつもなく困難な人間だ。しかし上手くコントロール出来てしまえばこれ程頼もしい存在はいない。
少しでもジョウト地方にいてくれさえすれば、今悪さをしている迷惑集団をまとめて一層してくれたりもするのだ。バトルタワーなんかも紹介したらバトル狂のレッドはすぐさま食らいついたし、それに今はひとりでに迷惑集団の残党狩りにも勤しんでくれている。「余裕があったら迷惑集団ボコボコにしといて」「わかった」となんとも頼もしい限り。万々歳である。

ワタルはセキエイリーグのチャンピオンだし、己の管轄である地方の秩序を守る義務がある。しかし今はワタルも忙しい。猫の手も借りたいのだ。

申し訳ないがやることを終わらせない限り、レッドをシンオウに向かわせるつもりはなかった。



「そう。ムリなのよ…そんなこと私もわかってるわ。だからね、ワタル!アヤちゃんが少しでも安全に旅をさせるならこちらもなるべく手を打てば良いのよ」

『………と言うと?』

「アヤちゃんね。どういう訳か結構恵まれてる方だと思うのよね」

『…?』

「敵も多ければ味方もまあまあ多いということよ!ほら、居るじゃない。うちのビッグルーキーなヒカリちゃんとかホウエン地方にもヒカリちゃんと仲悪いビッグルーキーが。半年後にグランドフェスティバルが開催されるから、今二人ともシンオウ地方に来てくれてるのよね」

『………………なるほど…。それは……今のアヤちゃんには丁度いいというか…』

「私、その子の連絡先は流石に知らないし。ダイゴに連絡取ってもらうのが一番早いのよね」

『断られる可能性は?』

「ほぼ絶対にないわ!」

『凄い自信満々だね……』

「あ、でもヒカリちゃんはたぶん無ムリね。アヤちゃんに啖呵切ったし」




チャンピオン達がここまで一人の子供に対して内密に動く理由

それには理由がある。



(まあ最悪その子が無理なら、もうレッド君に頼むよ……大怪我でもされたら一溜りもないし。俺が馬車馬になって働くよ……)

(それにアヤちゃんの後ろにはアイツも居るもの。呼べばなんとかなるでしょ)










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