act.12 行ってきます
「じゃあね、何かあったら連絡するなり帰って来るのよ!」
「はーい」
「護身用のプロレス技はいつでも起動しておくのよ!いい?普通に殴るより第3関節で殴る方が痛いし懐に飛び込む勢いで肘を相手の身体に当てた方がダメージが出るわ。何があるかわからないから覚えておいて!」
「シロナさんそれ本当にプロレス技なの!?」
「ティッシュは持った?ハンカチは持った?お財布はバッグの右ポケットに入ってるからね!」
「シロナさん、ボクまだ朝食の最中なんだけど……」
そのセリフは普通、玄関前で言うもんじゃ…とアヤは小さくツッコミを入れた。
仕方ないじゃない、心配なんだから!とお玉を振り回しながら叫ぶシロナにお母さんみたい…と内心苦笑いしながらホットケーキを口に詰め込む。アイスもあったら乗っけたいところだが残念ながら冷蔵庫に在庫はないらしい。そっかぁ…残念だなぁ…昨日帰りに買っとけば良かったなぁ…と我ながら欲張りだと感じたがまぁそれは考えない事にした。自分の三大欲求の内、食に全振りしているようなもんで食事は何よりも重要視している。
そして何より今日から数ヶ月くらいを目処に“シンオウ地方をフルスピードで美味しいもの巡りながら冒険の伊吹を感じるジムバッジ欲しい”な旅が始まるのである。
いや、タイトルには深い意味は無いが。何となく、何となくだが旅の目的が半分グルメ旅になって来そうな予感がするのは気のせいではないだろう。本来は自分の勘を取り戻しつつバッジを獲得する為の一人旅だがそれもあまり考えない事にした。
あまり根詰めてもダメな気がするし。
「ごちそうさまでした!じゃ、行ってきまーす!」
「本当に気を付けるのよ!知らない人に着いて行っちゃ駄目なんだからね!無駄使いもしちゃ駄目!怪しい人が居たら直ぐにジュンサーさんを呼ぶのよ!なるべく人通りの多い所を通るようにして!あと寝る前にジュースいっぱい飲んじゃダメだからね!おねしょしたら困るのはアヤちゃんなんだから!」
相変わらずのママみにアヤは頭を抱えそうになった。知らない人に着いて行く…いや今自分は17歳だぞ、とシロナに内心訴えかけもしたが本人はまだ後ろでブツブツ何か言っているし、何を言っても無駄であろう。
半場諦めかけた状態でハンガーにかけてあるコートを手に取り、それを羽織る。必要最低限の物しか入っていない鞄の中をざっと掻き回して再確認をした。
財布、トレーナーカード、ポケモンに使う道具、ポケギア、寝具、必要ないとは思うがボール数個…それらを確認した上でチャックを締める。最近の旅用のバックは超大容量である。だって何でも入るのだ。例えテントでも寝袋でも自転車でも何でも。
よし、忘れ物は無いようだ。
「あっ、そうだったわアヤちゃん」
「うわ!?……ポケッチ?」
「あげる。時計代わりに使ってね。他にも色んな機能付いてるから自分で確認して?マップもそれに入ってるから上手く使って」
「うおおおおシロナさん太っ腹…!えっ、本当にくれるんですか…!?」
「特別よ〜あ、そのポケッチなんだけど、ダイゴが数量限定の特別カラーの試作品をくれたの。私は使わないから、どうせなら使ってくれる子に」
「あっ、ありがとうございます!!」
突然シロナから投げ渡された小型の機械。俗に言う今流行りのポケッチと言うやつだった。ダイゴの会社であるデボンコーポレーションが新たに開発した機械である。マップ機能は勿論手持ちの状態や天気予報、なつき度なんかもチェックできるらしい。
「それと、紙のタウンマップも一応持って行って。ポケッチがあるから使わないと思うけど……念の為ね」
「はーい」
「あ、あと一つ。ナギサジムは一番強いジムだから最後にした方が良いわ」
「一番近いのに?」
「リーグに一番近いからこそよ」
「あ、そっか」
現在のシンオウ地方はやはりナギサジムが最後のジムになっているらしい。昔とジムリーダーは違うのだろうか。っていうかこんなに貰っちゃって良いのかと考えながらタウンマップを鞄にしまった。
ブーツを履き、玄関から出ると直ぐにカイリューをボールから放つ。一つ大きな欠伸をしたカイリューによじ登り、後ろでガブリアスと見送りに来ているシロナにビシッと敬礼すると彼女はヒラヒラと手を振り返してくれた。
「じゃ、行ってきます!」
「気を付けてね!」
翼を大きく叩いたカイリューはぐんっと体が浮遊する。地上で手を振る二人が米粒並みに小さくなるまで上空した。
行ってきまーーす!
まあ半年後のグランドフェスティバルを考えたらそんなに時間は取れない。数ヶ月で帰って来ると思うけど