act.11 消え去った能力






「た、旅に出る…!?今から…!?」

「そ、そんなに驚くことですか…!?」



時刻は夕食時、机を挟んだ手前にパンをかじっていたシロナがボト、とパンを落とした。

その時の彼女の衝撃っぷりは凄かったと思う。顔がとにかくいつものシロナからは想像しにくいものだったから。

太陽もすっかり落ちて空を闇が支配する夜。辺りにはホーホーの声も、ヤミカラスのような声も時折聞こえる。

時刻は18時を過ぎていた。アヤはいつもは大体17時くらいに帰宅するのに、今日は随分遅く帰宅した事にシロナは訝しげにしていた。……けど何とか誤魔化した直後である。

というよりもそもそもな話。本来ならアヤはどう考えても午前中には終わる仕事を向こうの勝手な都合と私情で仕事量を増やされていたのだ。今までのことをきっと言ったら幹部の人達、半殺しにされるんじゃないかなぁと思ったからアヤは内緒にする。

いや、決して自分は可愛がられてるから…とかそういう自惚れではなくこの人は上層部の姑息な嫌がらせが大嫌いなのだ。シロナも過去にリーグに就任直後は嫌な思いをしたらしい。

「遅かったわね。何かあったの?」と聞かれたが「寄り道してたらこんな時間に…」とさっきケーキ屋さんで買ったプリンの箱を手に持ちシロナに手渡した。半分嘘だが半分嘘では無い。

「まあ!ありがとう!」と笑顔になったシロナの話も一旦終わりかけたように見えたが、本日本題である事を口にしたら彼女は固まる始末だ。カチャーン!というスプーンを皿の上に落とした音がやけに甲高く聞こえる。



「えっと、旅…って言えるのかな…?期間も期間だし、小旅行みたいな…?きっと一ヶ月以内には帰って来れると思います。まぁジムバッジ集めながら手持ちの調整みたいな感じで!」

「ちょっ、え?ま…待って待って?大会本部の方はどうなってるの?グランドフェスティバルまであと数ヶ月だし、本部から離れるなんて出来ないんじゃ…それ、ちゃんと言ったの?」

「マリリンさんがどうにかしてくれるようです」

「…マリリン婦人が?でもどうして?パーティーの調整ならここでもできるでしょ?ここからジムに通う事もできるし、私が相手をしてあげる事もできるのに…それに言ったでしょアヤちゃん。今は犯罪集団の残党がウロウロしてる。被害を受けた人はポケモン盗られたりとか、怪我させられた人達もいるの。一人だと、万が一何かあった時……本当にどうなるか」



シロナが心配そうに眉間に皺寄せながら唸っている。確かに今はあの困った迷惑集がウロウロしてるかも知れないけど、生憎自分にはもう時間が無い。

最近、思っていた事がある。

ヒカリにボコボコにされた後のこの一年。
何をしていたのか。

何も机とずっと睨めっこしていた訳では無い。シロナに時間が空いた時は彼女の時間が許す限りバトルの相手をして貰っていて、他に彼女と仲が良いジムリーダー達を贅沢にコーチにしながらバトル出来るなんてそんな、都合が良い環境はほぼ無いだろう。



「(今のボクがやらなきゃいけないこと……)」



ヒカリと話し合ってアヤがちゃんと逃げないで向き合うと決めてから。

まずヒカリは自分の王冠を前年度優勝者のアヤに返却するように本部に願い出た。返却すると、次のグランドフェスティバルの決勝戦
相手はアヤに。今期大会の宣伝顔に。舞台の花形。大トリ。当然幹部達は「ふざけるな」「調子に乗るな」と大ブーイングだった。

「あのミクリに大衆の面前で暴力を振った小娘なんぞに相応しくない」

「歴史ある戴冠式を汚しおって」

「コーディネーターの恥」

だなんてアヤはやっぱり嫌われて煙たがられていた。常識が無さすぎる小娘とも言われて。ヒカリは、まあ確かに。クソジジイ共の言うことは分からんでもない。と思いながら彼女は真っ黒の瞳を更に黒くして一言、言った。



「あなた方が今まで見て見ぬ振りしてきたこと。次の記者会見でも、それか雑誌に取り上げてもいいんですよ」



シン……と静まり返った幹部室の中心で、尚も彼女は続けた。



「アヤさんのこと。分かってたくせに。私や、その時のアヤさんの近くに居て。その時の状況を噂でも知っているくらいにコーディネーターのみんなは勘づいてた。気づいてた。それをあなた方が知らないはずがない。それでも放っておいて……ああ、寧ろ笑ってました?良いザマだって。アヤさんが我慢できなくなるくらいに放っておいたのは、誰でしょうね」



お願いではない。それはほぼ脅迫に近かったらしい。



「揃いも揃ってたった一人の小娘によってたかって。みなさんがアヤさん気に入らないのは分かりますけど。あのグランドフェスティバルのルールの要である運営者の皆さんが、そんな腐った寄せ集めのミカンだって……世間様にはバラされたくないでしょう?」



だって、体裁が大事ですものね?

押し黙る幹部達を鼻で笑った彼女は。

ヒカリは有無を言わさずに勝手に王冠をアヤに移したのだった。



―――そして今現在に至るわけだが。



この一年ただ机に向き合っていた訳ではない。
ヒカリの舞台の上での対人戦演技をアヤは動画で何度も繰り返し見てきた。そして最後にボコボコにされた記憶を掘り起こして考える。

ヒカリの対人戦演技は、トレーナーに近い戦い方だった。力技がとにかく多くて、大掛かりで派手でそれでいて美しい。ヒカリは元々チャンピオンを目指していた女の子であったが、何故か途中でコーディネーターへとシフトチェンジしたらしい。ジムバッジも申し分無し。

アヤはバトルは苦手な方だ。

だから対人戦演技ではそれをカバーするような、点数だけを稼ぐような戦い方をしていたがヒカリ相手では点数も稼げないし大して削れないだろう。
寧ろ力でゴリ押しされてパーティーが全滅するか点数が尽きるかの未来しか見えない。

とりあえず今のままではダメだということは分かる。

今までポケモンへの演技指導、知恵、想像力を絞るスキルは有る反面、“バトル”のみをすると言ったスキルは非常にアヤは乏しかった。言うなれば雑魚。うんこである。

コンテストでも演技一本ならまだしも、対人戦演技はめっぽう弱くて苦戦もしたし、言うなれば苦手でもあった。

それを今回、この一年でバトルのみの技術を重点的に見直して、自分でも誇れる程の強さを鍛えて来た訳だが…一つ問題が出て来てしまったのだ。


――バトルのスキルだけを伸ばしていたせいで演技の仕方が分からなくなってしまった。

大誤算である。
コンテストに8割必要な部分が書き換えられてしまった。技と技を組み合わせても絶妙なタイミングが合わなくなってしまったり、上手く指示が伝わらない。やりたいことがポケモン達に伝わらない。何しろポケモン自身の一番の魅せ方が分からなくなってしまったのだ。

むしろ何をしても演技ではなく力押しの演技。自分のスタイルが限り無く“バトル”の方面へと傾いてしまった。

ヒカリのような演技とバトル、両方のバランスが整った技術では無い。これはシロナやワタル…彼らのような力押しのバトルをするような技術だ。


これじゃあ、グランドフィスティバルの結果なんて目に見えているも当然。


あと、少しの時間で立て直さなければならない。

昔みたいに自分でいろんなものを見て感じて。世界の大自然相手に得る物は沢山ある。大地、空、山、植物、滝、太陽、月、風、雨、台風、雪、雷…昔はそれらを直に見て旅して来た。そこから沸き上がる知力は底を尽きなかったが、今は何も……空っぽだった。



「時間が、無いんです」



ヒカリとの約束。

そしてレッドとの約束もある。

本当に、時間が無い。シンオウの自然を見るにはあまりに時間が無いのだ。自分の調子を戻すにも間に合うか。……間に合わないかも知れない。あぁ何かこの感じスランプにも似てるな…。



「………ふぅ、仕方ないわね」

「!」

「…確かに、何かガス切れしてるようなところは最近多くあったから。自分に足りないものが分かっているならそれを手にした方が良いわね。

満足するまで旅に出てらっしゃい」



苦笑い気味に言ったシロナは頬をかきながらやれやれと笑った。



「只ね、危ない事は絶対にくれぐれも、くれぐれもしちゃ駄目よ!」

「くれぐれもって二回言った!!」

「前みたいに自分からロケット団に首突っ込むだなんて私許さないからね」

「それはほんとうにもうしませんごめんなさい!」



まだ根に持っていたようだ。


さて、明日から出発だ!








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