act.09 忠告






「…………はっ!」

「あ、起きた?おはよう」

「あれ……?ボク…なにしてたっけ…?」

「やぁアヤちゃん」

「……え、……え!?」



いつからか眠っていたらしい。目を覚ますと固い地面にうつ伏せになった状態で目を覚ました。

何で寝てたのだろうか、確かリオルと波動の練習を…特訓中に居眠りをするとはなんて事だと自己嫌悪しながら跳ね起きると久しく見ていなかった顔ぶれがそこにあった。

シンオウに移動して来てからは一度も顔を会わせていないワタルとダイゴがそこに居たのだ。しかも優雅に自分が寝るベッドに腰をかけて。



「久しぶり、訓練してたんだってね。お疲れ」

「ワタルさん…とダイゴさん…?何でここに…?」

「何でって…一応僕らは昔からの腐れ縁の友達だし、チャンピオンとして頻繁に会ってもいるから珍しくも無いよ?この間もここでお茶したし。ねぇ?」

「ああ、良くシロナさんの家にはお茶をしにお邪魔するしね」

「そ…そうなんですか…!?」
「そうそう」



椅子に腰掛けて我が物顔でお茶するチャンピオン二人は軽快に笑っている。自分は開いた口が塞がらない状態である。

いつからここに居たのだろう…。

横を見ればモフモフとバターロールをかじっているリオルがいて、壁に下げられた時計は10時を指していた。まだ時間は有る事に安心してホッと一息着き、体を起こすと何故か頭部が異様にズキズキとする。痛む箇所を触ると何故かぽっこりとたんこぶが出来ていてはて、と首を傾げた。

どこかで頭をぶつけただろうか、と首を捻っていると彼らは乾いた笑みを浮かべていた。



「あの…アヤちゃん、一つ聞いても良いかい?」

「はい?」

「さっき……何やってたんだ?」



ワタルが若干引き気味に。恐る恐ると言った感じに聞いてきた。ダイゴも難しい顔しながら頷く。二人の視線が突き刺さる。

え……?そんな畏まって何…さっき?何かあったっけ、と思考を巡らせる中すぐに思い浮かんだのが“リオルと波動レッスン”をしていた時の事。

二人の事だからシロナから話は聞いてるんじゃなかったのかなぁ…と思いながら波動レッスンですが何か、と答えると二人は明後日の方向を向いてしまった。え?なんか悪いこと言った?



「(アレ訓練だったのか…)そ、そうか。お疲れ様だったね…アヤちゃん疲れてるんだったらちゃんと休むんだよ」

「アヤちゃん。思い詰めてることとかない…?てっきり精神的苦痛でおかしくなって寄行に走ったんじゃないかって思っちゃったよ」

「何か困ってることとかあるかい?俺ができることであれば何とか……」

「あれ?ボク、もしかしてバカにされてます?」

「お願いだからどうか変人だけにはならないでね…!」

「夜中に鼻息荒く鉱山に行くあんたに言われたかねぇよ」

「言葉使い悪ッ!!?」



ワタルーー!!と泣きわめいて抱き着こうとしたダイゴをドシィ!!と顔面に重いチョップを入れて沈めたワタル。一撃で変人を地面に沈めたチョップの威力は相当高いと見受けられる。

うわ…と少なからず同情したアヤ心の中で手を合わせた。

その時頭にボフッと手が乗せられ、驚いて顔を上げると嬉しそうに笑っているワタルが居た。クシャリと頭を撫でる手の感触が懐かしい。



「改めて、あの時ぶりだね。元気そうで良かったよ」

「あ、はは……お久しぶりです。ワタルさんもダイゴさんも元気そうで何より…」



元気は良いことだけどもうあんな奇妙な行動はしないでくれよ、と苦笑して言われてしまった。奇妙とはなんだ。あれは真面目にやってたんだけど!?
と心の中で怒る。どうやら本当に一瞬怯えたらしい。

それよりもやっとまともな挨拶が出来たと思う。あの時ぶり、とはシンオウに来る前のジョウトで最後に自分の家に訪れて以来の事だと思う。



「因みにさっきは何をしていたんだい…?」

「リオルの波動のコツを掴もうと思いまして…」

「え?アレで?」

「え?」

「ぇっ」



ワタルとダイゴがまた難しい顔をしているがまあ気にする必要無しと考えたアヤは一通り説明した。自分なりに考えた方法を伝えれば二人して「な、なるほど…?」と汗を垂らしながら考え込んでいるがシロナのルカリオが『まあ、その考えは間違いでは無いかもしれませんね』と。

どうやら良いトレーニング方法だったようだ。勝手にそう思うことにした。



「まあ考えた末にアレに行き着いたって訳か……いいんだか悪いんだか…。しかしあんまり他所には見せたくはない練習方法だったな…」

「いやほんとに」



どうやら二人には随分と心配かけていたらしい。ちょっと罪悪感を感じているとティーセットを持ったシロナが部屋に入って来た。

紅茶からはセイロンの匂いが漂っている。



「あらアヤちゃん!良かったわ。丁度起きてて」

「すいませんちょっと寝ちゃったみたいで…」

「良いのよ」

「「(殴った張本人が何を…)」」



フライパンでアヤを強打して沈めたのは他ではないシロナだ。
当の本人はにっこりと笑っていて完全に誤魔化すつもりだろう。

後が怖いし余計な事は言わない方が良いな、と考えた二人は大人しく黙っておく事にした。



「そうだアヤちゃん、ジムバッジを集め始めたんだって?」

「え?ま、まぁ………リーグには挑戦しませんよ!」

「わかってるって、ちょっと話しを聞いて。その事なんだけど……最近、壊滅した筈のロケット団がまたうろついてるって話が広まってるんだ」

「僕らリーグの人間の中でも騒ぎになってる話しなんだけどね」

シロナとダイゴがティーカップの中をくるくるとかき混ぜながらため息を着く。ワタルは至って迷惑そうな顔をして頬をかいた。



「各地方の犯罪集団がまたぼちぼち活発化してるっぽくて、リーグの方で問題になっててね。この間ではジョウト地方のコガネデパートに、ロケット団が10人弱で強盗に入ったらしい。でもその時偶然そこに居合わせた、ピカチュウ連れの赤い帽子を被った無口なトレーナーの少年が一人でメタメタに叩き潰したらしいけど……」

「………………あの、それってレッドじゃ…」

「………………レッド君だね、間違いなく。……刃物持った団員の顔面を殴り飛ばしたらしいよ」

「(顔面殴り飛ばしたー!?)」



ハハハハと笑うワタル。

うわ、と乾いた笑いが出る。ピカチュウ連れの赤い帽子を被った無口な少年。一人でメタメタにした強いトレーナー(団員一人殴り飛ばす男)なんてそんなの…そんなのレッドしかいないのでは。……いやでも、もしかしたらレッドじゃないのかも……と思った所でワタルは追加で一言付け足した。



「因みに刃物は真っ二つに叩き折ったらしい。余談だけどそいつは顔面複雑骨折で全治3ヶ月だって」

「間違いなくレッドだわそれ」



うんレッドだ!

絶対レッドだ!

いやそんなヤバそうなピカチュウ連れの無口な少年がそう何人も居たら困る。



「そうなのよアヤちゃん。最近各地方の犯罪集団が何故か活発に動き始めてる。シンオウ地方も昔ヒカリちゃんにプライドからペッキリへし折られた筈のギンガ団が今更動き出してとても危険なのよ。研究所にこの前押し入って来たのを撃退したんですって」

「因みに僕の管轄エリアもなんだよね」

「ヒ…ヒカッ…って、え?ホウエンもですか?」



なんか不穏な話をシロナから聞いた気がするがあえて一旦置いておくことにしたアヤはダイゴに話の続きを求めた。



「あぁ、もう問題無いと思うんだけどね。3ヶ月前マグマ団とアクア団の残党が何でか知らないけど一緒に居たのを見かけたんだよね…。僕、その時は趣味で深い石窟の中に居たんだけど、何かしらの目的がないと一般人はそんな所にいるはずがないし。また馬鹿な事しようとしてるんじゃないかって早々に潰して来たんだ。その時一緒に手伝ってくれた男の子も居てね、人数は多かったけど凄く楽だったよ〜」

「そ…そうですか……」



チャンピオンって恐ろしい。そんな簡単に組織を潰せるから恐ろしい。

自分の周りにはこんなスーパーマンばかりが揃っているのですが何で?そんな事って許されるんですか神様。

アヤの前に座るチャンピオン達は揃いも揃ってふーやれやれ、と言った心底疲れた表情で首を振っている。相当悩まされているようだ。



「私も精一杯ギンガ団の連中を捕まえようとしてるんだけど…生憎所在地があやふやでね。思うように行動出来ないのよ」

「まあ…チャンピオン自ら動いてるってなれば相手も警戒もするんじゃ……」

「まあ相手も馬鹿じゃないってことかな」

「そうなのよね。だから私も思うように彼らを捕縛することが出来ないのよね。だからアヤちゃん。外を出歩く時……特に人気がない所とかには充分気を付けてね。あなた、一般人より頭1つ分危険なのよ」

「え?」


ガシッと肩を掴んできたシロナにビクッと肩が跳ねた。何かぶつぶつ言ってる彼女が怖いけど何故かワタルやダイゴまでも腕を組んで頷いている。

というより何でボク!?

何故自分が一般人より危ないのか首を捻ったが、答えは直ぐにシロナから答えが出た。



「彼らの一番の狙いは何?」

「え?……か、金儲けと…珍しいポケモンですか?でもボクお金持ちでもないし珍しいポケモンも持ってる訳じゃ、」

「ええそうね。でも普段見掛けない珍しいポケモンとそれと同等……いえ、種類によってはそれ以上の価値が有るのは“色違い”なの」

「………ぁ、そっか」

「そう。それに普段の“あの子”は普通の通常色でも前回のグランドフィスティバルで公にされてしまったし、あなたの顔や手持ちはメディアでも詳しく取り上げられてしまっている。奴らにとってはカモみたいなもんよ。「こいつ色違い持ってるぞ」って。格好の的なの。だから、

――――気を付けて」



“気を付けて”。

シロナの言葉が嫌に耳に残った。その言葉がどれだけの大きな意味を持つかは、まだこの時はわからなかった。

パチ、と腰のモンスターボールが一瞬電気を帯びて揺れた。










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