act.08 波動レッスン





あの日、初めて貰った卵が孵化して生まれたポケモン。それがリオルだった。

生まれた時は元気よりもそれとかけ離れた状態、仮死状態であった事から相当焦った事を覚えている。息もろくにしていなくて体の構造も普通のリオルとは違い、まだ卵の中で体を作っている途中に未完成のまま早く生まれて来てしまったのだ。

このまま死んでしまうのでは、と真っ青になってポケモンセンターに駆け込んだっけ。

今ではこんな元気になって心から良かったと思える。けれどあれ以来リオルは一切進化の兆しを見せなかった。気にしてはいないが、それも生まれた時とその波動のせいなのだろうか?関係は多分あると思うが。

すくすくと“楽しい事大好きな子”に育ったリオルはやはり進化前ということもありパーティーメンバーで一番弱いものの、格別弱くはない。元より頑張りやな為、一生懸命アヤに着いてきてくれて強くなろうと必死だった。小さな体で精一杯努力しているのはトレーナーである自分が一番良く知っている。弱くても強くても、リオルは自分の可愛い大切な家族なのだ。

だからリオルが強くなりたいと言うなら自分はそれに精一杯手助けをしてやる、それがトレーナーと言うもの。



「さぁリオル、波動の練習をするよ」

「ばうー」

「………って言ってもなぁ…。波動の練習ってどうやったらいいんだろ」



互いに向き合い、頭に保冷剤を乗せながら力説する。昨日のルカリオに頭を容赦無く射し込まれた痛みはまだ今も続いている。あれから自分自身に何か変わった事は無いのだか、妙に頭がスースーするのはルカリオのお陰だろうか。

しかし波動の練習ってなんぞ。

一般人が超能力の練習するようなもんである。



「まあいろいろ試していくしかないよね!」



さぁ、今日も朝早くから起きて訓練だ!!



「いつでも準備は良いよリオル!ボクの体なんて無視してやっちゃって!」

「ばう!」



グググ、と踏ん張るリオル。だが相変わらず波動らしきオーラは一向に見えない。



「うばー!うばー!」

「頑張れリオル!体から光線出すイメージで!!」

「ばばばっ…」

「もっともっと!レーザービーム手のひらから出すイメージで!!」

「うばばばばっ!」



両手をバタつかせて変なステップを踏むリオルとそのトレーナーは拳をブンブンと振り上げながら叫ぶ。はたから見ればアホにしか見えないだろう。

だが自分達は今実に真剣である。

どうやったら波動を我が物に出来るか、…やはり努力は関係無くルカリオになるのが最短かついち早い使用条件なのだろうか。チラ、とリオルを見る。一生懸命に踏ん張るその小さな姿に首を捻った。

そもそも波動は目に見えないエネルギーだ。力でどうこうできるものではないと想像しよう。シロナのルカリオは『体感を経て敏感になることが大切です。頭からつま先まで血を通わすイメージが大切ですが…元々幼少期であるリオルの時から波動をキャッチする知覚は備わっているのです。本来なら親が子に教えるものではなく、自分で少しずつ学んでいくのが我々の一般常識なのですが……、』と。

そこまで言ってルカリオは言葉を切った。

どうやらルカリオでも言葉で説明するのは難しいようで、これでもかなり分かりやすく説明してくれている事が分かった。やるべき事はやってくれたし、あとはリオル次第といったところか。

そんなことをかれこれ1時間くらいやったところでアヤは口をへの字に曲げ始めた。



「クッソ駄目か…ならば方法を変えるまでよ!気迫で喋れるようになれ!無理に波動を出そうと思うから出ないんだよ!本気で人間の言葉喋るくらいの勢いならひょんな事から波動使えるかも知れない!!」

「ばっ…ばう!?」

「ボク、考えたんです。シロナさんのルカリオも人間に言葉を届ける時は口で喋ってる訳じゃなくて、“波動で伝えたい事を人間の言葉として翻訳して脳に直接響かせてる“って言ってたでしょ?ほら、それだけ聞くとエスパータイプみたいじゃん!エスパータイプって人に語りかける時、要は神通力とか念動力みたいな思念で直接脳語りかける力を使ってる訳で……聞いた限りではそこのところは波動に近しいものがあるんじゃないかって。ってことはだよ?今のリオルは波動がいつでも使える状態だから、もし勢いのまま会話ができたら波動で会話してるってことになる。波動がどんなもんか目にも見えないし触れないんじゃ知覚もできないしね。…言葉が通じた時こそ君は立派な波動を操る戦士になる。君はそう、最強だ」

「ばう…?」

「そうさそうさ、本当だとも」



それらしい事を言っているが全て適当である。



「よしリオル、気合いと熱い思いでボクの頭に直接語りかけるみたいに喋ってみて。ボクの言った事を後から続けて返事してね」



人差し指を立ててクルクルと回しながらリオルを指差すと力強く頷いた。
アヤは一呼吸置き、息を溜め込み一気に言い放った。



「ごきげんよう!!!」

「うばばう!!!」

「今日はいい天気ですねッッ!!!」

「ばばばうっっ!!!」



大声量である。
気迫が凄いので吊られてリオルも大声で返事した。

今更になって果たしてこの練習は波動と関係あるのか?と思えてくるがもう勢いに乗ったままどこまでも行けそうな雰囲気だった。

この“練習”がどこまで成果を運ぶのかわからないが兎に角自分達で出来る限りの事はしようと思う。これも実験だと思えば悪くは無い。



「あいうえお!!かきくけこ!!さしすせそ!!!」

「ばばば!ばばば!!ばばばう!!!」

「今日もムウマージがマジで煩いです!!!」

「ばばばうばうばう!!!」

「実は3日間便秘で辛いです!!!」

「ばばう!!!??」

「昨日そういえばカイリューがアナコンダの糞みたいな立派なうんちが出ました!!!」

「ばうばうばう!ばぅーばううんち」

「うんち!!??」

「うんち」

「う、うんち!!??しゃっ…喋った!!?」

『うんち』

「ヒェッ……」



リオルが喋った!!とアヤは四つん這いになりながらリオルに食い入るように詰め寄るが、当のリオル本人はよく分からん顔をしていた。

良く見ればリオルの頭部からうっすらと水色に近いオーラのようなものがフワフワと漂っているではないか。これが波動……なのか…?
いやしかし今普通に口でうんちとか喋ってた気もするが最後のうんちは脳内に響いてきたような響くうんちだった。



「よ、よし!よし!いい感じでは!!?きっとこのままの勢いで練習して行けば波動のコツが掴めるかも!いや〜リオル凄いよ!たった数時間で…さて。うーん、今度はリズムを付けて言ってみようか。その方が音楽の流れで自然と波動が飛ばせるかも知れないね」

「ばーう!」



リオルが楽しく波動を使いこなせるようにリズムを付けてみようと考えたが、あまり難し過ぎるリズムでは逆効果だ。
お子様視点で考えて、リオルがわかりやすくかつリズムにしなければ。考えてている内に自然と思い浮かんだ振り付けと一緒に軽快に歌い出す。



「生麦生米生卵〜!!温玉タマタマカレーライス!!」

「ばうばうばう〜!!」

「盗んだバイクで走り出す〜!!!」

「ばうばうばばう〜!」

「夢じゃーない!!あれもこれもー!!その手でドアを開けましょうッおー!!」

「うんち」

「祝福が欲しいのなら悲しみを手にひとりで泣きましょう。そして輝くウ〇トラソ☆ルッッッ!!!」

『high!!!』

「フゥッ〜〜〜〜!!!リオルniceフゥッ〜〜〜!!!!」



いややっぱり普通にうんちって喋ってんなこの子。

暫く歌い続ける彼らをサンダース達は関わりたくない、と言うように部屋の隅に集まり合い哀れみを含んだ目で自分達の主人を見ていた。彼女に忠実なウインディさえ顔を背けている状態である。見たくないらしい。

そして部屋の外では扉を少し開けてその様子を無の境地のような顔で覗くチャンピオン三人の姿があった。アヤの変なテンションがすでに臨界点を突破している為、その周囲の様子に気付く事は無いがその光景はあまりにも酷い。握り拳を作りリズムに合わせて左右前後に腕を振り、その上右足がダンダンとリズミカルにテンポを取っている。
床をゴロゴロと転がりながら腕を激しくバタつかせ、奇怪なステップを踏むリオル。

何かの儀式をしているようにしか見えなかった。

お分かり頂けるだろうか。

彼女はトップコーディネーターである。


久々に見た彼女の奇妙過ぎるその行動がチャンピオン達を激しく戦慄させた。まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。

シロナは背後に居るルカリオにどこで教育を間違えてしまったのだろうか…と小さく、小さく言った。ルカリオはそれに対して首をゆるゆると振る始末である。


もしかしたら、彼女は心のどこかで日々のストレスとレッドに会えないストレスで半狂乱になっているのかも知れない。

シロナは意を決して隠し持っていたフライパンを変な歌を歌い続ける彼女に振り投げた。








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