Happybirthday!!





七月七日。
そう、それは一年に一度の織姫と彦星が出逢える日──だけでなく!

「そう!今日はボクの誕生日なのさーっ!!」

ウバメの森の奥にある自宅。天井に向かって拳を高く突き上げ、高らかに叫ぶのは栗色の髪に蒼い瞳が印象的な元気一杯の少女──アヤ。

だが。その声に応える者はいなかった。同居人であり恋人でもあるレッドは、リーグの方に呼ばれているらしく、朝からいない。

各々家の中で自由に過ごしている手持ちのポケモン達がいるにはいるのだが、アヤの声には一切反応せずのんびりまったりと、時間が流れるのを楽しんでいる。

(今、ボク誕生日って言ったよね!?言ったよね!?)

チクショウなんて薄情なやつらなんだポケモン相手にプレゼント寄越せとは言わないがせめて鳴いて応えるくらいはしろよォ!!とアヤが地団駄を踏んだ時。

外から、声がした。

「アヤさーん!」
「!え、その声は!?」

特徴的な澄んだ声。聞き間違いでなければ、該当人物はアヤの中で一人しかいなかった。ドアの方に走り、勢いよく開けてみれば。

「やっぱり!スイちゃん!」
「こんにちは、アヤさん!お久しぶりですー!」

イッシュ地方出身のポケモントレーナー、スイがイッシュ地方のポケモンであるウォーグルを傍らに笑顔で立っていた。歳はアヤより一つ下。ある場所でアヤと出逢いを果たし、交流を深めた経緯があるがそれは今は置いておくとして。

突然我が家を訪ねて来たスイに驚きはしたが、久々の再会にアヤの胸は躍る。

「イッシュからわざわざ来てくれたの!?よかったら上がって!」
「えっと、その前に。アヤさん、確か今日誕生日でしたよね?おめでとうございます!それでこれ、ささやかなんですけど誕生日プレゼントです!」

対面時からアヤが不思議に思っていた、スイの肩掛けの四角形の青いバック。どうやらこの中に誕生日プレゼントがあるらしくスイは意気揚々とバックを開けてその中身をアヤに見せた。

「こ、これもしかして」

糖分に目がないアヤが即刻食いついた、それは。

「そうです!ヒウンのアイスクリームです!」

スイが持っていたバックの正体はクーラーボックス。容器に入った数個のヒウン限定アイスに蒼い瞳は極限まで耀きを増した。

「ありがとうスイちゃん!食べるっ!!」

両手を上げて飛び跳ねんばかりに喜ぶアヤ──文字通り飛び跳ねている──に、スイは一瞬目を見開いたがすぐに顔を綻ばせた。自分の誕生日プレゼントに喜んでくれることがまず嬉しいが、ここまで喜びをわかりやすく全開に体現されて、悪い気はしない。アヤさんらしいなぁ、と心の片隅でスイはコッソリ思ったとか。

「サンダース達の分もありますよ」
「サンダース達の分も!?ありがとう!」
「あ、レッドさんの分もありますよ。…食べるかどうか謎で、買っても大丈夫か悩みましたけど」
「バニラなら食べるから、大丈夫!」

と、アヤは即答したが。数秒後に“食べるかどうか謎”とナチュラルに言われてしまったレッドは、スイの中で一体何だと思われているのだろうと疑問が生じた。


(後からスイに聞いてみたら“バトルの強さ以外でも規格外にすごい人”の漠然としたイメージが強く、生活感のある彼を想像出来なかったらしい)





他にもジョウトに用があるらしく、一時間程でスイはアヤの家を出ることに。

短い時間ではあったが、アヤと互いの近況を含む様々な話題で盛り上がり、楽しい時間を過ごしたスイは、満ち足りた笑顔で去り際に

『今度逢った時は、アヤさんとポケモン達の演技間近で見せて下さいね!』

と言って、ウォーグルの背に跨がりジョウトの空に溶けるように消えていった。

「久々にスイちゃんに逢えたし、アイスも美味しかったし誕生日サイコー!!」

一年に一度の特別な日を謳歌し始めたアヤの元に、スイと入れ替わるようなタイミングで次なる来訪者が。

ピーンポーン

と、響くインターホン。

まるで見計らったようなタイミング。アヤは首を傾げながらつい先程空に消えたスイが忘れ物でもした可能性を頭に浮かべながら扉を開け、

「アヤちゃーーーん!!ハッピーバー」

バタン。
閉めた。なんかもう速攻で閉めた。扉を開ききることもなく閉めた。

「…今のは見なかったことにしよう」

一人静かに自身の言葉に頷いて、アヤは扉を背にしようとしたが現実は無慈悲。なんと扉の外では、アヤの誕生日を祝う台詞が続いているではないか。扉を閉められてもやめないとか鋼のメンタルか!鋼タイプの使い手だけに!?と的外れの感心をしながら仕方なく、再度扉を開けたアヤ。
「アヤちゃん!!今日という特別な日に!君に深海の鱗を贈──」
「ホワイトデーのお返しの時から何も進歩してねぇえええっ!!!!!」

いつかのバレンタインの時と同じようにアヤの渾身の鉄拳がダイゴに炸裂した。





「…はぁ」

ダイゴ来襲による疲労感と脱力感に額を軽く押さえながら、現在アヤはカイリューの背に跨りウバメの森の上空を移動していた。

先ほどアヤの拳に沈んだダイゴが再び目を覚ましてしまったら、深海の鱗を押し付けられるだけでなく下手すれば、石尽くしで誕生日が終わってしまう危険性がある──と判断したアヤは急きょ自宅を離れることに。

いっそこのままリーグの方に向かってしまおうか。レッドもいるのだからむしろ本望だ、と即刻決断した行動力の塊であるアヤを、地上から呼ぶ懐かしい声が。

「アヤさーん!」
「えっ」

なんだか今日は、懐かしい人に逢う日だ。





「ルビー君!それにヒカリちゃん、久しぶり」
「こんにちは、アヤさん」
「お久し振りです」


柔らかな微笑で応えてくれたルビーと、相変わらずの鉄壁無表情のヒカリ。だが丁寧に会釈してくれた。
スイに続いてまた一つ年下の後輩であり、友達である存在にこうして再会出来るなんて、なかなかどうして嬉しい誕生日ではないか。

「(あ、そうだ)えー、と二人はどうしてここに?」
「俺もヒカリも、コンテストの関係でジョウトに来たんですがそういえば今日、アヤさんの誕生日だったなと思いまして」
「お祝いに来ました」

自分の誕生日を覚えていてくれて、かつわざわざ自宅まで祝いに来てくれる。それは本来とても(某ホウエンチャンピオン以外)嬉しい事ではあるのだが。ヒカリの言葉には少々身構えてしまった理由がアヤにはある。

ヒカリが手に下げている、紙袋。あれにもし自分へのお祝いの品が入っているとしたら。

(…また、小豆かな?)

…まぁ、今はあの時のように入院中ではないから、お見舞いの品としては明らかに何かがおかしいが誕生日プレゼントとしてなら…?とそこまで考えたがやはり誕生日祝いの品としても小豆がアヤの大好物でもない限り、おかしい気がしなくもない。砂糖を入れて煮て食べれば、美味しいのは確かだが。とアヤがぐるぐると思考を巡らせていると。

「誕生日プレゼントというかお土産ですが。シンオウの、森の羊羮です」
「!!羊羮!?ありがとうヒカリちゃん!」

ギッシリの小豆を真顔で手渡される展開を想像していただけに、まともな和菓子が現れた事実に喜びを隠せないアヤであった。


(その後ルビー君からも彼らしいセンスの良い誕生日プレゼントを貰いました!)





今日は、不思議な日だ。誕生日だからと言ってしまえばそれまでだが。懐かしい後輩と計で三人に再会、石好きの変人、お世話になっているシロナ、実の兄(は、決して真っ当に祝いの言葉はくれなかったがユウヤがユイと連名のような形でプレゼントを手渡してきた)が誕生日を祝ってくれて。リーグに到着してからは、シロナ同様にお世話になっているワタルからも祝いの言葉と品を頂戴した。紙袋の中に詰まったプレゼントの数々。その一つ一つがアヤはとても嬉しかった。

だがやはり誕生日が終わるまでにどうしても逢いたい人がいる。自宅で待っていても誕生日である今日中には帰って来るのだが、それでもみんなに祝って貰えば貰うほど、嬉しいと思う度に彼に逢いたくなった。

「──レッド!」
「!アヤ、来たのか」
「うん!今日ボク誕生日で特別な日で、懐かしい人にも会えて嬉しくて、みんなからプレゼントも貰って、幸せで!だからますますレッドに逢いたくなった!」
「…アヤ、」

今日一日の興奮をアヤは捲し立てるように語る。楽しかった嬉しかった幸せだ。それでも、だからこそ、特別な今日だからこそ。一刻も早く、レッドに逢いたくなった──と溢れんばかりのアヤの想いがアヤの真っ直ぐに耀く蒼い瞳と表情からも痛い程に伝わってきた。……嗚呼、口許が緩んでしまいそうだ。

「…アヤ、誕生日おめでとう」
「ありがとう、レッド!」

刹那、紙袋を手にしたまま後先考えず勢いよく自分に飛びついて来た、色彩豊かな蒼い愛しい少女をレッドは力強く抱きしめた。








happy BirthdayAya!!











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