執着する■■ 前編






ずっとずっと言いたかったことがあった。

ずっとずっと、後悔していたことがあった。



「僕は化け物だ」

「からっぽで、意志を持たない」

「今まで、何のために生きてきたのだろう」



全て諦めたように、彼は落胆したような顔でそう言った。

同士と信じていた人達に勝手に王様にされて担ぎ上げられ、焚き付けられて騙されて。実の親には生まれた時から裏切られていたようなもので。



「ポケモンと話せる化け物がッ!人の皮を被っただけの分際がヒトの言葉を語るな!!」



父親にそう罵倒されて、あの時。

彼はどんな気持ちだったのだろう。

彼の表情は見えない。

見えなかったけれど。

あまりの酷い言いようにこれ以上見ていられなかった。

声をかけた。声をかけたが。



「大丈夫だよ。何も感じない」



嘘だと思った。

何も感じないのなら、どうしてそんなに今にも泣きそうな顔をしているのか。

スイはこの時事態の把握に時間がかかったこと。展開が大きすぎてついていけなかったこともあり殆ど棒立ちになっていた。何もできなかった。何も声を掛けることができなかった。



「化け物なんかじゃない」

「あなたは人間だよ」



私と同じ。

私と同じなの。

どこも変じゃないの。

そう。あの時、声に出して言うべきだったのだ。

不器用でも、ひしゃげた声でも、無様でも不格好でもよかった。

ただ、違うと。

そう言ってやればよかった。

そうすれば彼の心も幾ばくか救われた筈だから。



「君が歩む先を、その夢をね。もう少し見てみたかったけどれど……もう無理みたいだ」

「ごめんね。サヨナラ」



あの時、気の利いたこと一つかけてやれない自分に失望して。

せめて手でもなんでも握ってやればよかった。

何も出来ない自分は完全に彼を独りにしてしまった。



「君とはもう会うことはないだろう」



だから、これは私への罰なのだ。

どうしようもない。救いようのない馬鹿な私への。




____________
_______
___



「世界中のポケモン達を全ての人間から解放するため、あなたはプラズマ団の王となるのだ」



物心が着いた時から、彼はそう言われて育てられてきた。

父親、信者、同士。Nには沢山の“家族”がいて、その家族が守る城という揺籃の中で大事に大事に育てられてきた。ポケモンの声が聞こえ始めたのは何歳の頃からだったか。そんなことは覚えていない。ただ、その声が聞こえるのは普通ではないらしい。自分以外はみんな聞こえなくて、それを家族に言うと気味悪がられた。「それは普通ではありません」とも言われた。でも、気味悪がられたってどうしようとも思わなかったし、それは自分へ与えられたひとつの神様からの恵なのかとも思ったのだ。

なぜなら自分は特別だからだ。



「Nよ。あなたは特別なのです。我らの王よ」



自分は王様なのだから。

特別だから。

彼らの声が聞こえるのは至極当然のことだった。周りからなんと言われようと気にもならない。生まれてから外へは一歩も出たことがなかった。様々な教育は“先生”と呼ばれる人達が何人かいて、毎日毎日日替わりで勉強を教えてくれる。その先生は決まって「外の人間は悪いもの達がほとんどで、野生のポケモンを乱獲しては物のように扱い、日々虐待を続けている。ポケモンバトルという人の娯楽の為にポケモン達をボロボロになるまで戦わせて見世物にし、金を巻き上げているのが殆ど。外の世界はそれはもう昔からそのような悪習が培われており、当然のように思っているから誰もそれに疑問を抱いていない」というのが教えだった。



「かわいそうに」



ポケモンはトモダチだ。正直に言うと人間の家族達よりもポケモンのトモダチの方が自分を理解してくれているようだった。

王となる自分に宛てがわれた広い部屋には遊具と、トモダチ達がいて。

生まれた時から特別可愛がっているトモダチと、外の世界から来た人間がボロボロにしたトモダチをここで保護している。不自由なく遊べるように沢山の遊具を揃えた。
来る日も来る日も新しくここへ送られるボロボロになった彼らの姿を見て、その中にも命を落とすトモダチを見て、もっと酷いのは研究材料として使われる彼らの成れの果てをみて。

外の世界は悪徳の限りを尽くしているのだと知った。



「世界中のポケモン達を救済するのです」

「救いを求めているのは一匹二匹だけではない。彼らの声が聞けることが出来るからこそ、本当に救いを与えられるのは我らではない。それをできるのは王だけなのです」

「世界中のポケモン達を救済するのです」

「本来ポケモンと人間は相容れない」

「救済を」

「それは使命なのです」

「プラズマ団の使命」

「王であるあなたに課せられた使命」

「王よ」

「王よ」



幼少期から彼らの教えに従った自分は当然、外の人間たちは嫌悪の対象にもなったし善悪の価値観も歪められた。



「我らが王よ、何か欲しいものはありますか」

「……なにも、」



ない。

自分の欲しいものは大体手に入る。でも欲しいものったって特段欲しいものは思いつかなかった。



「キミのポケモン、今話していたよね」

「………え?」



そんな中、見つけたのだ。



「……あなた、ポケモンの言葉がわかるの?」



外の世界へ出るようになってから、数多の人間達と会った。どいつもこいつも私利私欲に塗れて子供から大人まで「欲しいから」というそんな理由でポケモンを乱獲するような連中だ。そこに罪悪感なんて欠けらも無く、あるのは好奇心と優越感や物欲を満たす為のエゴ。図鑑保持者に至ってはもう救いようもない。ポケモンの整体研究をする博士達はそれが彼らの為になればいいとは思うが、そんなものはひと握りだろう。

世界を変えていくには対話が必要だ。

彼らをボールに収めることに関して出会い頭の人間達に片っ端から疑問を問いかけたが、誰しも「何を言っているのか分からない」「頭がおかしいんじゃないか」とまるで会話がなりたたず失望する。やはり外の人間に道徳を説いても無駄だということがわかった。善悪の判断がまるで出来ていない。対話がダメなら、最悪暴力や権力でものを言わせなければならない。

王としての勤めを果たさなければ…。

誰か話のわかる人間はいないのかと。

その中で一人、反応が変わった女の子がいたのだ。



「ポケモン達が何を言ってるのかわかるの…?す、凄い!」

「え?」

「じゃ、じゃあ私のポケモン達が何言ってるのかわかる!?」

「あ……えっと、ね」



外の世界で初めて対話が出来た少女だった。



「もう少し落ち着いたらどうだって。あと最近食べ過ぎ。昨日お店でどんだけ食えば気が済むのか……ってダイケンキが……」

「はァ!!?」

「あと風呂上がりに肌着だけでウロウロするのはやめた方がいいって。目に痛いから」

「あ"ぁん!!?」

「いや僕じゃなくて」

「あっ、スミマセン」



顔を赤くしながら項垂れた女の子。見た目は僕とあまり変わらなさそうだ。

腰までの艶やかな黒髪に水色の瞳を持った子。



「それにしても本当にポケモン達の言葉が分かるんだ…!本当に凄いね!あっ、私はスイって言います!」

「……嘘じゃないかって思わないのかい?」

「え?だって最近食べ過ぎだったことも昨日もお店でめちゃめちゃ食べたことは本当だし…」

「僕が気持ち悪くないのかキミは」

「何で?」



彼女は本当に疑問だと言ったように首を傾げながら自分の顔を見た。

今までそんな反応をされたことはなかった。ポケモンと話していると家族でさえ気味悪がられる上に、外の人間がその事を知ると「知ったかぶりの頭が痛い奴」と異常者だと思われる。それゆえの、今まで見た人間たちとは大きく違った感性を持つその少女に興味が湧くのは至極当然だった。

しかし図鑑保持者だと聞いて、酷く落胆してしまった。

この少女なら少しは話が通じるかと思っていただけに残念だった。



「ポケモン図鑑ね……。そのために幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めるんだ?」

「……え、」

「ボクもトレーナーだがいつも疑問でしかたない。ポケモンはそれで幸せなのか、って。………そうだね、スイだったか。キミのポケモンの声を聴かせてもらおうか!」



ポケモンバトルは、嫌いだ。

結局自分達で戦えないからポケモンを使って傷をつけ合う。そして勝った方が正しい。勝った方が強い。

しかしポケモンを戦わせ所持するものは全てトレーナーという括りで片付けられてしまう。自分も表の世界ではそのトレーナーという枠に収まる一人の人間に過ぎない。それも気に食わなかった。自分はこの表の人間達とは違う。
バトルをして、結果少女に負けてしまったが何故か勝った彼女の表情は曇っていた。



「勝ったのに、なぜそんなに浮かない顔をしているの?もっと喜んだらどうだい」

「……ボールにポケモンを入れることは、悪いことなのかなって」



どうやら彼女も疑問に思ったらしい。

まさか自分の言っていることを理解して、それについて真摯に受け止めて悩むなんて思ってなかった。外の人間は基本的に話が通じないとばかりにずっと思っていたからだ。

暫く呆然としながらも、少しの希望が心に灯ったのは確かだった。



「図鑑も託されたけれど、やっぱり逐一ゲットするのはやめた方がいいのかな…」

「……図鑑完成を目指すなら、ボールに入れてまた野生に戻してあげるといい。人間にゲットされるのを好ましく思っていない子達も大勢いる。その中には家族で暮らしているポケモン達もいるから、その生活を人間の事情で壊してしまうのは良くない」

「………そう、だね……。うん、そうします」



彼女は恐ろしく素直で、初対面であったにも関わらず他人の言葉を理解し受け止めようとするかなりのお人好しで。

なによりポケモンがただ好きな、女の子だった。



「……みんな、キミみたいに物分りが良くて分かり合えればいいのに。ポケモン達の本質を忘れてはいけない。彼らはみんながみんな人間が好きでは無いだろうし、彼らは僕達の都合のいいペットじゃない。ボールに入れるとつい自分の所有物だと勘違いして思う人間も沢山いるから」



キミもどうかそんな人間にならないで欲しい。

そう伝えると彼女は神妙な顔をして頷いて。

黒い髪に水色の瞳。彼女の名前は、スイ。

初めて自分を怖がらず気味悪くも思わないで、理解をしようとしてくれた女の子だった。



「僕はN」

「か、変わった名前だね…」

「良く言われるよ」



彼女は旅の途中、自分は目的の途中で奇遇か偶然か何度も会う内に他人だと思っていたけれど、段々とそれは仲間のような、トモダチのような意識に上書きされていった。

街の中や旅の道中に会うと心做しか自分の気持ちが明るくなる。わざわざ自分を見つけて嬉しそうに声をかけてくれることが嬉しい。遠くから顔をみかけると、殆ど自分の方から足を運ぶ始末。成り行きでタッグマッチをしたり腕を引っ張られて一緒に昼食を摂ったことも何度かあった。基本食事はいつも一人か、ポケモン達と一緒だったから人と食事をすることがとても慣れない。

慣れない、けど。

楽しかったのだ。

スイと一緒にいることが楽しかった。



「王よ、何か欲しいものはあるか」

「………ある。一つだけ」

「珍しいな。言ってみろ」



欲しいものはいつでもなんだって、簡単に手にはいる。

手に入れてみたい。

欲しいもの。

欲しいもの。



「(スイがほしい)」



彼女が欲しい。

友達が欲しかった。

スイは自分を理解してくれる。笑って話をしてくれる。怖がらない。王としてではなく、一人の人間として接してくれる。眩しい、光の中にいるような女の子。

手に入れられるのなら願ってみたかった。自分の所有物のように、好きに、大事にしてみたかったけれど。



「(アレはきっと、簡単には手に入れられない)」



欲しいものは簡単に手に入るが、本当に欲しいものが手に入らない。

なんとも歯がゆい。

歯がゆい。


_______
____
___




スイと関わるようになってから、一つ意識が変わった。



「(ポケモンと人は、共生ができる?)」



今まで彼が教えを受けてきた教育はポケモンと人は共生できない。異なるものとして世界中のポケモン達を人から解放せよ、という教えでありNの使命だった。けれどスイと出会って、彼女なりの考えやポケモン達への対応、在り方を聞いて。Nは自分を理解してもらうのではなく相手を理解しようと思ったのだ。

人間と共存しているポケモン達の声は何も全員が全員、悲しみや怒りに染まっている訳ではなかった。むしろ共に生きていくことが彼らの幸せだとそう言っているポケモン達が殆どで。

N自身のトモダチであるゾロアも今はボールの中に収まっているのが普通であり、他のポケモン達もNにベッタリだった。絆以上の、愛情を感じているのは確か。そしてNのポケモンは皆揃って「キミと出逢えて良かった」と言うのだ。
それを聞いて、泣きたくなるくらい嬉しかったし、それを見ていたスイも笑って「良かったね」と喜んでいる。



「……僕のトモダチが、僕と会えて嬉しいと言うんだ」

「Nのことが皆大好きなんだね。皆Nに大事にされてるから、ポケモン達もそれをわかってるんだよ」

「………そう、なのかな」

「そうだよ!…っていうか言葉がわかるのに私に言われなくてもわかるか。それに私もね、Nに会えて嬉しい」

「………僕、も」



キミに会えて、嬉しい。

思わず手をギュッと握って噛み締めるようにして言えば、スイは少し驚いたようにしながらも嬉しそうに笑った。この頃だった。スイに対して友達としての好意ではなく、恋愛感情として好きなのだと自覚したのは。いや、スイを好きだと感じたのは、もっと前からだったのかもしれない。


ポケモンと人は共生ができる。

全ての人々がポケモン達を道具のように、奴隷のように扱っているのではない。

世界中のポケモンを人間から解放することは、必要ではない。

でも。

でも、



「(じゃあ、僕が今までしてきたことはなんだったんだ)」



今までの人生を省みて、自分の教えを。英雄となるためだけに様々なことを学び、その信念のまま生きてきた。信じてきたものを捨てることなんて今更できなかった。




_______
____
__




「プラズマ団だけがポケモンを独占し、全ての人々からポケモンを奪う」



それが父の本当の考えだった。

世界中の人間達からのポケモンの解放。とは。即ち、自分達プラズマ団だけがポケモンを所持し手中に収める。ようは生物兵器として力を所持し権力を持つということ。
それが本当の目的。

父の考えが分かってしまった今…野心を分かってしまった今、自分の役割とは。

それを考えたくはなかった。

家族達の教えを今更否定なんてできない。

否定したくなかった。

ポケモン達の為にと今まで全てを我慢してきた。



「トモダチはみな、人々から解放しなければならない」



本当に?

そうじゃないだろ。

今はもう欠片もそんなこと思ってさえいない。



「まず手始めにイッシュ地方最強のポケモン使いを打倒し、イッシュ地方全体の王として君臨する」

「N!!」

「その後はイッシュ地方から人間が作った街をあらいざい焼く。ポケモン達にとってより良い、住みやすい環境を作り上げるんだ。不要なものは全て破壊する」

「何言ってるの!?」

「退けよスイ。僕を止めたいなら、キミも英雄になればいい。ゼクロムと対になすレシラムに認められてこそ、ようやく対等になれる!ポケモンと人の絆を守りたいなら、レシラムを探してごらん。………きっとレシラムは、ライトストーンの状態でキミを待ってる。

―――僕達を阻止してみせてよ」



だって強いんだろ。スイは幾度となく自分とバトルしてきたし、都度勝ってきた。もうすぐリーグ戦だとも彼女は言っていた。恐らく、彼女は次のチャンピオンになるだろう。

それくらいの力が、彼女にはある。

彼女は正しい道を進む力がある。正しい道へ他者を導く力がある。

これではどちらが王なのか……英雄なのかわからない。いや、もしかしたら英雄は、二人いるのか。ゼクロムとレシラムは元々一つの魂を二つに分け合った存在だ。それなら、自分とスイも同じ魂を持つものか、志が一緒だという可能性。



「(僕達は対だ。対等でなくてはならない)」



世界中の人間からポケモンを解放したい僕と、ポケモンとの絆を守りたい彼女とでは。

どちらが正しいのか。

スイには元々、初めから特別な何かを感じていた。

きっと彼女なら。自分を理解してくれるだろう。精一杯ぶつかり合って互いの思いの丈を確かめ合った上でどちらが正しいのか証明した後、彼女を傍に置けばいいのだ。
失いたくは無い。だってスイは、たった一人の。



「(キミはボクの理解者だから)」



話を聞いてくれる。意見をしてくれる。今何を考えているのか聞いてくれる。楽しいと思ったことを共有してくれる。決して彼女は強要はしない。

嬉しいと思ったことを、欲しいと思った言葉を彼女はいつだってくれたから。

いつだって彼女は僕と向き合ってくれる。



「(キミは僕の好きな人間だから。僕が勝ったら、キミはもう一人の英雄として僕の隣で支えていて欲しいんだ)」



新しい世界を作る上で、キミだけは隣にどうしてもいて欲しかったんだ。





__________
______
___





「なに、それ……」

スイは。

彼≠ェ今までどんな風に生まれて、どんな風に育てられて、どんな風に生きてきたのかを。

Nの城で知った。

愛の女神と平和の女神とそう城で呼ばれている二人の女性に会って、N≠ニいう人物を教えてもらったのだ。ある程度Nとは短くは無い時間を過ごしてきたけれど、スイは彼のことを一切知らなかった。名前と、表向きな好きな物しかしらない。ただ、彼のポケモンに対する思いは一般的とはだいぶかけ離れて独自の思想を持ってはいたけど。しかしポケモンが好きなスイからしてみて、その考えは大いに共感できる部分がありすぎた。

ポケモンを心から愛しているからこそ、思ってしまう思想。一種の暴力的な慈愛。

彼と初めて話したことは図鑑に対する考え方。人間の勝手な都合で多くのポケモン達を乱獲し、一つの狭い機会の中に閉じ込める。ポケモンが本当に好きで、彼らのことを考えるならそれは正しいのか?否。スイは考えた結果、即答した。ポケモン図鑑完成の為とは言え、ポケモン達を根こそぎ捕まえて満足いくまでデータを取るなんてそれは、間違っている。完璧な人間の都合上成り立っている一方的な搾取。

彼女はNの考えを聞いて、背筋が凍った。

ゾッとした。

今まで当たり前のように、図鑑完成の為に知らないポケモンを見かけては捕獲して、博士の元へ送っていた。なぜ気付かなかったのだろう。



「彼らだって家族がいる。彼らの生活がある。いきなり侵入してきた人間にボールを当てられて、全く違った環境に放り込まれることがあっていいのか」

「……だ、ダメ……わたしだったら、こわい」

「…………そうだろう。いい子だね、キミは。想像することができて、理解ができる。賢い子は好きだよ」



Nはそう言って、目元を和らげて笑う。優しい手つきでスイの頭を撫でて、髪を一房指に巻き付けた。「世界中の人間達が、キミのような感性の持ち主であればよかったのに」と呟く。

けれどスイの目的はイッシュ地方のチャンピオンになることと、そしてポケモン図鑑の完成を目指している。ポケモン達に害を与えることなく、自分の目標を達成できる方法。だから、それを考慮した上でうんうん唸りながら自分の考えを述べた。



「でも、ポケモン図鑑完成は私の目標でもあるから……」

「……ならどうするんだい」

「1回ボールに入ってもらった後で、すぐに逃がす!」

「…………ポケモンの特性や性格にもよるけど。……うん、それが一番手っ取り早いね。でも人間の匂いが付くだけで群れから追い出されるポケモンもいるからちゃんとそこら辺は見極めなければいけないよ」

「うっ……そ、それは…それじゃあポケモン達にデータを取りたいからボールに一旦入ってくれるようにNが説得してよ!」

「は?」

「私と一緒に旅しようよ!そしたらなにも問題ないはず!」

「んー、ちょっとヤだなぁ」

「なんでよー!?」

「僕とキミとでは、あまりにも目的が違いすぎるからだよ」

「目的って?」

「……スイは頭が固いからなぁ」

「さっきは私のこと賢いって言ったじゃん!?」

「あはは、」



彼はそう言ってまた笑って、スイの頭を撫でた。

その目は随分優しかった。

Nは、スイにとって当たり前のことを教えてくれる先導者のような存在だった。当たり前すぎて、今では見向きもされなかったことを一からまた丁寧に教えてくれる。大切なことを気づかせてくれる。ポケモンがただ好き!では済まされないことを、知らないことを教えてくれる。そんな人。



「傷薬ばかり使ってはいけないよ。深い傷には命に関わるから仕方がないけれど、そんな浅い傷に薬ばかり使うのは良くない」

「なんで?」

「所詮人の手から作られた人口薬品だからだよ。ポケモンの体には長い目を見て良くない。元々ある自然回復力が損なわれるから、使うなら木の実にした方がいい」

「そ、そうなんだ…し、知らなかった…長年トレーナーやってるのに、恥ずかしい……」

「……いや。知らないことは恥ずかしいことじゃないよ。無知な癖に得意げに語る方が恥ずかしいことさ。あ、漢方薬を使うなら飲むより塗る方がいい。調合方法は……」

「わぁ……」



彼はスイに足りていないものを何でも持っていた。欲しいな、いいな、と思っていたものを何でも持っていた。スイの知りえないポケモンについて何でも知っている。様々な豆知識や知っておいたことがいい事、当たり前のように皆がやっている事が実はいけないこと。

そんなこと、どこで覚えるんだろうと言ったことを彼は知っている。

Nは博識だった。

それに頭がいい。



「僕は観覧車が好きなんだ。あの円運動…力学…美しい数式の集まり…」

「N…何言ってんの…」

「スイは数字は嫌い?」

「ワケワカメ」

「んー頭が固いスイには眠くなっちゃうかな。観覧車の円運動と力学的な方程式はね、」

「それやっぱり貶してる?」



Nはよく頭が固いとスイに表現する。喧嘩を売ってるのかと思うが、それは違うらしい。……とまあちょっと訳分からない部分もかなりあるけど。彼は数学とか、理系が好きらしい。難しいことが大嫌いなスイにはそこら辺は全く理解出来なかったが。



「スイ、ちゃんと寝てるのかい?」

「え?何で?」

「キミのポケモン達が言ってるよ。最近睡眠時間を削ってまでバトルの動画ばっかり見てるらしいね」

「え"」



彼は、ポケモンと会話ができる。

それはスイが喉から手が出るほど欲しい能力だった。

ポケモンが好きな彼女にとって彼らと話ができるのは、本当に意思疎通できることができることは願ってもないこと。素晴らしいことだった。


「(……いいなぁ)」



ポケモンとお話できて、羨ましい。

私も、みんなと話がしたい。

又聞きではなくて、Nみたいに大好きなポケモン達と直接話をしたい。

いいな。

いいな。

羨ましい。

ずるい。なんでこんなにポケモンが好きなのに、私には彼らの言葉が聞こえないのだろう。Nと何が違うのだろう。



「いいなぁ」

「?何か言ったかい」

「だから、いいなぁって言ったの」

「………何が、」

「ポケモンとお話できて、羨ましい!」

「またそれかい」

「ずるい!」

「キミは本当に変わり者だね」

「それNに言われたくない……私もNみたいに、なれたらなぁ」

「別にいいじゃないか」



Nはスイの頭をまた撫でて、耳元で呟いた。



「知りたいなら僕が教えてあげる。僕が通訳してあげるよ」

「通訳?」

「そう。一緒にいれば教えてあげるよ」

「えー?だってNがいない時は分からないもん。だったら一緒に旅してよ」

「それはイヤだ」

「じゃあどうしろってゆうの!」

「キミが僕の隣にいれば、教えてあげる」

「………?旅をするのと、どう違うの?」

「…………」



彼はまた、笑ってスイの頭を撫でた。

最近距離が近い。今では肩が触れ合う距離に居てもそれが普通だと思い込んでしまう。耳元で呟かれた時だって、かなり近くて。新緑色の柔らかな髪が頬に触れて思わずドキドキしてしまった。Nは意外と良い匂いがする。香水かなにか付けているのだろうか。



「ほんと、スイは頭が固いなぁ」

「だからどういう意味だって聞いてんの!」

「耳元で大きな声を上げないでくれよ」

「キッーー!!」



Nが羨ましい。

私に無いものを、皆もっていて。

いいなぁ。いいなぁ。ずるいなぁ。

でもそんな彼がずっと、凄いなぁと思って。

カッコイイなぁと思って。知らないことを教えてくれるNが好きだった。今まで教えてくれたことに対して「こんなことも知らないのか」などと蔑んで見られたことなど一度もない。ただ純粋に、知らないことに対して知識を与えてくれようとして、彼も一生懸命教えてくれる。「キミのその教えを乞う姿勢は美点だね。教え甲斐がある」と彼は笑いながら頭を撫でてくれる。

頭を撫でてくれるのが好きだった。彼のその困ったように笑うのが好きだった。



「賢い子は好きだよ」



知識は大切だ。なにより彼のその博識さは大いに魅力的で。

街で見かければ気づいて貰えるように名前を呼んで、成長を見せるようにバトルをして。「賢くなったね」と笑ってもらえるととても嬉しい。

Nに褒めて貰うのが嬉しかった。

なのに。

なのに。



「まず手始めにイッシュ地方最強のポケモン使いを打倒し、イッシュ地方全体の王として君臨する」



この人は何を言っているのだろう。



「その後はイッシュ地方から人間が作った街をあらいざい焼く。ポケモン達にとってより良い、住みやすい環境を作り上げるんだ。不要なものは全て破壊する」



今までで一番、彼が何を言っているのか分からなかった。

理解できなかった。



「退けよスイ。僕を止めたいなら、キミも英雄になればいい。ゼクロムと対になすレシラムに認められてこそ、ようやく対等になれる!ポケモンと人の絆を守りたいなら、レシラムを探してごらん。………きっとレシラムは、ライトストーンの状態でキミを待ってる。

―――僕達を阻止してみせてよ」



それは、自分の頭が固いからだろうか。

わからない。

わからない。



「なに、それ……」



スイは。

彼≠ェ今までどんな風に生まれて、どんな風に育てられて、どんな風に生きてきたのかを。Nの城で知った。

愛の女神と平和の女神とそう城で呼ばれている二人の女性に会って、N≠ニいう人物を教えてもらったのだ。

Nが何を考えているのかわからないから、知るために、理解するためにここまで来た。「僕達を阻止してごらん」とそう言われたから、レシラムが眠る石を手にしてまでここまで来た。

そこは閉鎖的空間だった。年齢と見合ってない子供部屋。小さな子が遊ぶ遊具に、おままごとするような小さな人形。そこから歩いて隣の部屋に行くと更に閉鎖的空間で、本と机しかない小部屋。どこにも窓がなかった。本棚にはあること無いこと書いた分厚い本の数。国語や数学、理学などの教科書。


「ここで、Nは今の今まで育ってきました」



スイは唐突に理解した。「全世界の人間達からポケモンを解放する」という意味を。

窓もない封鎖された空間。外界との関わりをシャットアウトするここは、この部屋の意味。この城の意味。



「Nに、何を教えていたんですか……」

「………」

「あなたの想像した通りのことです」

「………!!」



洗脳だ。

Nは英雄というものになるためにここで“教育”されたらしい。



「あの子を、止めてください」

「あの子の教育係をしていた私達が頼むには虫が良すぎることは承知しています」

「ですが、どうか……」

「どうか、」



なんのために?なんのために………。

なんのためにこんなことを?



「愚かな人々からポケモンを切り離すこと!」



こいつ、



「そう!世のトレーナー共がワタクシどもに逆らえぬよう無力にすることなのです。ワタクシ達だけがポケモンを使えばいいのです!」



こいつだ。

こいつのせい、だ。


「その準備は整いました。ワタクシの完全な計画が実行されれば……プラズマ団に逆らえない愚かなポケモントレーナー共が1人、2人とポケモンを手放していくでしょう。その人数は100人となり、1000人となっていく……。チャンピオンもジムリーダーもその流れには逆らえぬようになります」



最早Nは無力化された。

ライトストーンからレシラムを顕現させたスイはNのゼクロムを撃破した後だった。「止めてみせろ」と言われたからいざ手にしたライトストーンを持ってゼクロムと戦おうとしたが、そこから現れたレシラムはスイに牙を向いた。

なんで、と焦る。言うことを聞かない。聞いてくれない。なんで?あなたはゼクロムとNを止めるために、姿を現したのではないの?だって、だって聞いてよ。今彼らを止めないと、イッシュ地方は焼かれる。全て壊される。たぶん、Nは本気で世界をひっくり返そうとしている。全人類からポケモン達を取り上げようとしている。



「世界中の人間からポケモン達を助けるんだ。人間にいいように使われている彼らを放っておけない。僕は王だから」



Nの言っていることは本気だ。本気で全てを壊そうとしているのに。

イッシュ地方を焼いたら、今度は別地方を焼く。そうして、世界中を火の海に変えるつもりだ。人を殺す気はないのだろうが、Nがやろうとしていることは最終的に死人が……数え切れないくらいの死人が出るだろう。伝説ポケモンの記述は勿論知っている。神にも等しいその伝説ポケモンの力は天災に等しい。一つの伝説ポケモンが一頻り暴れればそれはもう厄災だ。そんなポケモンに対抗出来うるポケモンは同じ伝説ポケモンでないとならない。ゼクロムはNのそのとんでも願いを聞き入れて力を貸そうとしている。彼らは、ここにスイ達がいなければとっくにイッシュ地方を焼きにかかっていることだろう。

レシラムは地を踏み鳴らし唸り声を上げている。

Nやゼクロムなんて視界にも入れずに、スイを睨みつけるようにグルグルと喉を唸らしている。これじゃあ最早レシラムがどちらの味方かわからない。スイは対抗手段として、彼らを一緒に止めてくれるものだと…自分を助けてくれるものだと思ったのに。吹き荒れる炎からスイを守るように手持ちのポケモン達が一斉に飛び出すが、部が悪いのは明らかにスイ達だった。全匹がレシラムの咆哮に一斉に足が竦んだ。伝説ポケモンの威圧とプレッシャーなんて今までの一度だって受けたことがない。恐い。

初めてスイがポケモンに対して恐怖を抱いた瞬間だった。



「(ポケモンは、)」



ポケモンは。

今まで可愛くて、格好よくて。時々おっかない。

どんな時だって自分が大好きな、そんな存在だったのに。



「(…………っ…こわ、い)」



カタ、と手が、足が、歯が鳴る。

恐い。白い躯。大きな体。鋭い獣の、本能だけを映した獰猛な眼光。大きな鐘を思いっ切り地に振り下ろしたような地響きするかのような咆哮。恐い。畏れ。



「(これが、伝説のポケモン)」



冷や汗が止まらない。

スイの恐怖が伝染したらしい。ポケモン達も足が竦んで動けずに、あのダイケンキでさえ直視したまま動かない。生き物の本能だろうか。動いたら、死―――、



「スイ、しっかりするんだ」



レシラムの咆哮の中なのに、やけに静かに、けれどもNの声だけがしっかりと聞こえた。



「大丈夫。彼は、キミを殺しに来たんじゃない。手荒なことは絶対にしないよ」



あれだけ無表情だったのに、何故か彼はいつものように笑った。

スイの頭を撫でる時のように、穏やかな声で。



「―――さあ、頑張って」



彼は笑ったのだ。

なんだ、彼は、変わってしまったのではない。

おかしくなってしまったのだと思った。

ちゃんと、いつもの。スイが知っている優しいNだった。



「(―――がんばれ、わたし)」



硬直が解けた。

ぱんっ!!と両頬を引っ叩いた。まだ震えはあるけど、大丈夫。うごける。ポケモン達も、大丈夫。みんな動ける。レシラムを仲間にして、Nを止めるのだ。彼にイッシュ地方を焼かせるなんてそんなこと、させる訳には行かない。

―――動ける!!

スイのポケモン達は「とりあえずこの白いのをボコボコにすればいいんだな」「完膚なきまでにボコボコにして泣かしてやるよ」「土下座させて仲間にしてくださいって逆に頼ませてやる」「とりあえずこれが終わったらNをしばき倒して全裸にさせて観覧車に乗らせる」「観覧車なんて生温いから全裸にしてジェットコースターを3周させよう」なんて調子に乗りすぎたことを言っている。おい待て最後の方なんかおかしい。

スイはまだ震える足をバシバシ叩きながらレシラムと向き直った。

改めてレシラムを見たスイに、レシラムもスイをじっと見つめ返している。………話が通じない子ではない。不思議だ。ついさっきまでは獰猛な殺戮本能か何かで理性もないものだとばかり思っていたのに。恐怖で頭がバグってた証拠だ。落ち着いて見ると、何かを訴えているようにも見える。けど、やはりまだ恐い。伝説ポケモンとの邂逅。こんな、生きているうちに伝説ポケモンと会えるなんて……私はラッキーだ。

震える手を叩いて一喝した。怖がっているのか感動しているのかどっちだ。いや、たぶんどっちも。

そんなスイ達を見ながらNは鼻で笑い、少し安心したような顔で「キミと戦いたいらしい。自分を使いこなすなら、戦って仲間にしてみせろ。だと」とそう言った。

そうして。見せてみろ!とNは吠えた。……何か変だ。意地を張っているように見える。彼はいつも、余裕そうに、余裕を持って自分の目的のために胸を張れるような人だと。そう思っていたのに。迷いがあるのか。


結果として、スイはレシラムを掌握して。

レシラムの助けもあり、Nとゼクロムを止めることに成功した。

成功。した……のだが。




「(なに)」



それは、



「(なに、なんな の)」

「それでもワタクシと同じハルモニアの名を持つ人間なのか!」

「…………」



あまりにも、



「不甲斐ない息子め。いや、貴様は最早ワタクシの息子ですらない!」

「(えぬ?)」

「元々貴様に理想を追い求めさせ現代に伝説のポケモンを蘇らせたのはワタクシのプラズマ団に権威をつけるため!恐れおののいた民衆を操るため!その点はよくやってくれました。だが伝説のポケモンを従えたもの同士が信念を懸けて闘い自分が本物の 英雄なのか確かめたい……とのたまったあげくただのトレーナーに敗れるとは愚かにもほどがある!詰まるところポケモンと育ったいびつな不完全な人間かッッ!!!」

「………」

「(なんで、言い返さないの)」



あまりにも。



「……父さん、僕の話を聞いてく、」



あまりにも、酷すぎた。



「黙れ!黙れ!黙れ!黙れいっ!!ええいッッ!口答えするな!!ポケモンと話せる化物が!人間の言葉を語るな!!」



父親が子供を叱責するのはよくある光景だ。

しかし、これは違う。コレは、違う。叱責じゃない。



「貴様はな!英雄になれぬワタクシが伝説のポケモンを手にする……そのためだけに 用意したのが貴様だ!言ってみれば人の心を持たぬ化け物だ!!そんな歪で不完全な 人間に話が通じると思うのですか!!」

「…、」

「え、ぬ」

「…………スイ、」



ふと、彼はスイを見た。

困った顔で笑っていた。



「ここは危ない」

「え」

「キュレムが来る」

「えぬ、」

「今すぐここから離れるんだ」

「ちが、」

「彼はさすがの僕でもトモダチにはなれなかった。今の彼は生き物の掌握を外れているから。言葉が届かないんだ」

「ちがぅ、えぬ、そうじゃ、」



そうじゃない。

ちがうの。

言いたいこと。

いいたいことあるの。

ちがうの。



「スイ、」

「……!」




ずっとずっと、言いたかったことがあった。

ずっとずっと、後悔していたことがあった。



「僕は化け物だ」

「からっぽで、意志を持たない」

「今まで、何のために生きてきたのだろう」



全て諦めたように、彼は落胆したような顔でそう言った。

同士と信じていた人達に勝手に王様にされて担ぎ上げられ、焚き付けられて騙されて。実の親には生まれた時から裏切られていたようなもので。



「ポケモンと話せる化け物がッ!人の皮を被っただけの分際がヒトの言葉を語るな!!」



父親にそう罵倒されて、あの時。

彼はどんな気持ちだったのだろう。

彼の表情は見えない。

見えなかったけれど。

あまりの酷い言いようにこれ以上見ていられなかった。

声をかけた。声をかけたが。



「大丈夫だよ。何も感じない」



嘘だと思った。

何も感じないのなら、どうしてそんなに今にも泣きそうな顔をしているのか。

スイはこの時事態の把握に時間がかかったこと。展開が大きすぎてついていけなかったこともあり殆ど棒立ちになっていた。何もできなかった。何も声を掛けることができなかった。



「(化け物なんかじゃない)」

「(あなたは人間だよ)」



私と同じ。

私と同じなの。

どこも変じゃないの。

ポケモンと喋れる?いい事じゃないか。

羨ましいくらいだった。

私もポケモン達とお喋りしたい。

Nみたいに、みんなと、喋りたい。

そう。あの時、声に出して言うべきだったのだ。

不器用でも、ひしゃげた声でも、無様でも不格好でもよかった。

ただ、違うと。

そう言ってやればよかった。

そうすれば彼の心も幾ばくか救われた筈だから。



「君が歩む先を、その夢をね。もう少し見てみたかったけどれど……もう無理みたいだ」



何か、何か恐ろしい気配がする。

背中がゾワゾワする。レシラムの比ではない何か。

こわい。恐い。



「キミと旅をすること。少し想像して、楽しみにしていたんだ」



Nのもっと後ろ。もっともっと遠く。ゲーチスのその背後から、何かが出てきた。何も無い空間からナニかが出てきた。

なにあれ、

なにあれ。



「僕ね、キミが好きだったんだ」



ゲーチスがその何かに頭からばっくり、食われた。

バリバリと骨を砕く音がした。



「もちろん、今も好きだよ。スイ。何度も旅に誘ってくれてありがとう」



彼はいつものように頭を撫でて、そして抱きしめた。

さて、アレを呼び起こした責任を取らないと。

レシラム、お願いがあるんだ。彼女を連れて死ぬ気で逃げてくれ、と。

そう言って。



「ごめんね。サヨナラ」



あの時、気の利いたこと一つかけてやれない自分に失望して。

せめて手でもなんでも握ってやればよかった。

何も出来ない自分は完全に彼を独りにしてしまった。



「君とはもう会うことはないだろう」



だから、これは私への罰なのだ。

どうしようもない。救いようのない馬鹿な私への。







執着する■■




―――こ■が、お■く■が■■ない為せ■■とのできる、■■が生き■■分■■■点の■■■にな■たのだろう。











- ナノ -