共通点



真っ赤な唇から舌を垂らす女。
耳に絡み付くような粘ついた台詞が堪らなく不快で、体を離せば汗の浮いた肌を擦るようにしがみつかれる。頼みもしないのに無遠慮な手が体中に這い纏わり、キンキンと響くような嬌声を上げる。


下卑た笑いを口から漏らす男。
ぎょろりと飛び出した双眼は舐め回すかのように視線を泳がせ、脅迫めいた台詞を吐き散らす。膨脹した股間を見せ付けるように笑う姿はたまらなく醜悪で、そしてどうしてもない嫌悪で吐き気が込み上げる。


嗚呼、本当に、気持ち悪い。



【共通点】



「なんだよそのフードの耳。エネコか?エーフィかァ?」

「どっからどう見てもグラエナでしょう?私のアイデンティティです。貴方にとやかく言われる筋合いはありません」

「耳を4つも着けて何しようってんだよ。そんなに野郎の声が聞きたいってんならゴマゾウの耳でも着けてろ」

「なんですかそれゴマゾウタイプの耳は低周波音に優れているからですか?大きなお世話です低俗な発想ご馳走様です」


(「「うわぁ……!」」)


ひんやりとした空気の満ちる、"碧紫"の拠城である屋敷の一室。

ギラギラと鋭い目付きで睨み合いながら、一触即発な雰囲気の中でそれでも平淡な調子で言葉のキャッチボールならぬ撃ち合いをするユウとユイを、アヤとテツヤが遠巻きに見守っている。否、眺めている。
ここまで話が拗れてしまうと、もはやアヤとテツヤではあの二人に割って入ることは不可能だ。下手に介入をすれば痛い目を見ることを以前のトランプ大会の時に身に染みて学んだ二人は、こうして戦意の無いことをアピールしながら部屋の隅で小さくなっている。



事の発端は、確かユイの喫煙についてだ。
煙草を毛嫌いするユウが「私の純白の肺が汚れる」とテツヤの煙草を取り上げたことから話は始まったのだが、元々馬の合わなかった二人だ。些細な意見の食い違いから口論に発展し、こうして重度の男嫌いと極度の女嫌いが舌戦を繰り広げている。




「品の無い野郎の声なんて1ビットたりとも聞きたくありません耳が腐る。貴方こそ高周波音を拾い易いエネコみたいな構造の耳を手術で移植してケバい女の声で頭いっぱいにしたらどうです?」

「おぉ、奇遇じゃねぇか…俺も女のキンキンに高い声は大っ嫌いなんだよ……!!!」



ゴキキ、とユイが指を鳴らし、ユウもスッと足を引く。


あ、と思った頃には時既に遅し。アヤとテツヤが流石にマズイと察知し、待ったを掛ける前にユイの拳とユウの脚が激突した。



「うわぁ…!ど、どどどうしましょうテツヤさんッ!!殴り合い始めちゃいましたよ!!?」

「うあああ…ついに恐れていた事態が……!!」

「ギャアアアアッ!ユイ兄のビンタがユウちゃんの顔にモロに入ったあの馬鹿女の子相手に何考えてんのぉおぉぉおぉ!!!?」

「うぐぇッ!ユウの奴ピンヒールでマジ蹴りはルール違反だろッ…!!ユイの奴受けた腕に普通に穴開いてんじゃねぇか……!!!」



と、外野が悲鳴混じりに叫ぶが、当の本人達には一切聞こえて無い様子。プロレスラーやボクサー、格闘家顔負けの強烈な技を繰り出して行く。

アヤの言うように、ユイは「俺はフェミニストじゃない」と言わんばかりにユウの顔に平手を決める。多少は力を加減しているのだろうが、その眼光は本気と書いてマジと読める類のそれだ。
対するユウも本気の度合いは負けていない。ユイと比べて圧倒的に劣っている腕力をカバーするかのように、喧嘩のご法度とも言えるピンヒール装備で遠慮無く蹴りまくる。



「ッとおー!?凄いユウちゃんジャンピングニーしたよすっげぇー!!」

「うぉぉユイのコークスクリューパンチも決まったーッ!あいつらマジですげぇな!!!」

「行けッそこだ!良しその角度で一発ーッ!…って、いやいやいや何でボク達応援してんですか!?」

「ハッ!た、確かにそうだ……!!おいお前らいい加減…に………」

「……………………」

「…………………………」

「…………………………テツヤさん、あの中入れますか?」

「…………………………………………………………無理だな」



一瞬は仲裁に入ろうと試みたテツヤだが、その台詞は力無く尻窄みしていく。目にも留まらぬ速さで繰り広げられる技の数々に、とばっちりを受ける自分の姿がテツヤの頭にありありと浮かび上がる。
明らかに二人揃って頭に血が上り過ぎているようで、回りに気を配っているとは思えない。しかし、このままの放っておけば流血事故所の話ではなくなりそうなのもまた事実。



「こ、これはもう"あの二人"を連れて来るしかないな……!!」

「そうですね…!早く呼んできましょう!!!」



そう言ってテツヤとアヤはあわあわと部屋を飛び出したが、やはりユイとユウに気付いた様子は無い。
普段はわりと冷静沈着に事を運ぶ二人だが、今日はどうしたことか頭に血が上り過ぎている。恐らく、互いに触れられたくない事情や観点があったのだろう。故意にでは無いにしろ、そういった部分を剥き出しにされた二人は、理性を手放してただただ本能で闘いまくる。



「男なんて性欲の塊みたいな連中ばっかりよ!日がな一日中アダルトビデオや成人雑誌眺め倒して勃起してるんだから気持ち悪いったら無いわ!!!」

「女だって似たようなモンだろうがッ!欲求不満な目で人のことジロジロ見て頼んでもねーのに粘っこく纏わり付いてくる!!!」



殴られたことにより口の中が切れたのか、滲んだ血をユウは言葉と一緒に吐き捨てる。幼い頃から性欲を持て余した男が腐るほど居た組織の中、常に貞操の危機に曝されていた彼女の男性像はかなりシビアだ。
対するユイも、異様に顔が整っていたこともあり、群がる女はそれこそ山ほど居た。疎ましさのあまりかなり強引な手で追い払ってきたが、それでも街灯に群がる虫のように集まる女は後を絶たない。仮に情事に及んだとしても、やはり不快感は拭えなかった。


ここでふと、二人は互いの主張が正反対のものであれど根底は食い違っていないことに気付く。
しかし、気付いた時のユイの体勢は関節技を決めようと細い躯を床に押さえ付け、ユウも拘束から逃れようと端正な顔目掛けて脚を振り上げていた瞬間だ。そんな時に落ち着いて言葉を反芻する余裕など無く、ユイは飛びすさるように、ユウは転がるように詰まっていた距離を離す。逃れる直前、ヒールの先が掠めたようで、ユイは無言で切れた頬から伝う血を拭う。間髪入れずに床から飛び起きたユウは、関節が外される寸前だった肩を右手で押さえつつ、じんじんと響くような鈍い痛みに顔をしかめた。


一拍、二拍と乱れた呼吸を正すように間を置いた二人は、ぐっと顎を引いて互いの間合いを睨み据える。柔らかい絨毯の敷かれた床を踏み締め、再度拳を交えようと前のめりになった、その瞬間。



「「コラーーーーッ!!!!」」

「はぁ!?」

「えっ!?」



部屋中に響き渡った叱責に、二人は瞬時にビタリと動作を止める。
今の今まで殴り合っていた相手から目を離し、声のした扉の方を振り返れば、そこには出掛けていた筈のユウヤとナギの姿。肩を上下させながら息を切らす二人は、普段の温厚な様子からは想像もつかない形相で広い部屋をずかずかと横断する。



「まったく!何年下の女の子相手に本気出して喧嘩してんのさ!?だいたい家具がめちゃくちゃじゃないか!!このアンティークシリーズ揃えるのに幾ら掛かったと思うの!?」

「いや、あの……つうかお前も孔雀姫に手出したことあるだろ?」

「それとこれとは話が別!」



白衣を靡かせながら部屋を歩いたユウヤは、キリリと口許を真一文字に引き結びながらユイに詰め寄る。親友の突然の登場に鼻白らむユイだが、ユウヤは聞く耳持たぬと言わんばかりにぴしゃりと言い切った。



「…それ以上ぐだぐだ言うと、解剖するよ」

「スミマセンデシタ」



チャキ、と何処から取り出したのか鋭く光るメスを構えたユウヤに、ユイは棒読みで謝りながらビッと姿勢を正す。


対する反面。



「あぁもう、こんなに暴れて!あんな体格差のある男の人に何で突っ込んでくの!?女の子なのに顔に傷まで付けて!!!」

「だって…相手が男だからって理由では引けないし、怪我なんか慣れてるから別に平気よ」

「……傷口舐めるよ?」

「ゴメンナサイ」



普段は優しく光る飴色の瞳を吊り上げ、珍しく怒ったナギにユウは言葉を詰まらせる。
しかし、どうしたって譲れないものもあるのだと力無く反論すればまさかの提案。飴色の瞳に気圧されるて即座に謝る。今のナギなら人前だろうとやりかねなかった。


扉の影から様子を伺っていたアヤとテツヤは、そんな収束した事態にやれやれと胸を撫で下ろす。



「……どうにか収まりましたね…」

「あぁ…にしても、あいつら地味に似てるとこ多くないか?」

「あー…異性嫌いで、顔が綺麗で……あと、変なとこ負けず嫌いですよね」

「んでもって、苦手っつーか弱いタイプも同じみたいだな」



共通点


それは、憎いくらいに嫌いなものと、どうしようもなく苦手なもの。




**ユータナジア**




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