綺麗に歪む+α



「ユウ、ね。本当に趣味の悪い名前を偽名にしたね」

「あっ…!」



囁くような言葉と共に、ブチン、とブラウスの釦の一つを千切られた。
私が釦を外したせいで開き気味だった首回りは完全に露出し、冷えた視線がチクチクと刺さる。抵抗する間も無く、私の肩を壁に押し付けていた男にしては綺麗な手の力が増し、再び耳元に唇が寄せられた。



「ねえ孔雀姫、君の血はどんな味がするんだろうね?」



愉悦を含んだ囁き声に、ゾワリと背筋に冷たいものが走った。吐息を纏った生暖かい舌が耳裏を舐め上げ、そのまま下降した唇が首筋に触れる。
抵抗しようにも、肩を押さえ付けられたこの体勢では身じろぎすることすら叶わない。だから私は、今にも骨が砕けそうなくらいの肩の痛みと、じわじわと全身に浸蝕する恐怖に、ただ身を固くするしか出来なかった。



「――――…ッ!っぁ…」



べろりと濡れた舌で首筋を舐めると同時に、鋭い痛みが同じ箇所に走った。予期せぬ痛みに声を漏らした私を、目の前の男は嘲笑うかのように鼻を鳴らす。
人間の歯は人体の中でも骨に次いで固い外部分だが、獣のように柔らかいものを食い千切れるよう鋭くは出来ていない。必然、込められる力も強いものとなる。驚異的な力で突き立てられた歯はグジュリと生々しい音を出して皮膚を突き破り、蓋をしていたそれが抜けると同時に刻まれた傷口からは鮮やかな赤い液体が滲み出る。



溢れるように流れる血を舐め取った男は、見惚れるほどに美しく、背筋が凍るくらいに冷たい歪んだ笑顔を浮かべた。



密着していた体が離れ、肩を押さえ付けていた圧迫感も同時に薄れる。けれど、そのことに息着く間も無くぐらりと視界が反転し、今度は固い地面に放り投げられる。
背中から倒れたせいで受け身が取れず、その衝撃で一瞬息が止まった。起き上がれないようにするためか、間髪入れずに身体の上に何かがのしかかる。…ポケモンのニドキングだ。



「何をっ…、!?――――ちょっとッ!やめて!!」

「煩いね。ちょっと黙ってなよ」

「ふざけんじゃないわよっ…!!何かしたら許さないわよ!!その首今に飛ばしてやる!!」

「ハッ、やれるもんなら」



やってみなよ、と小馬鹿にしたように笑いながらニドキングの背後に立つそいつ…――――いや、そいつが持っているもの。見間違える筈もない、身につけていた筈のアレックスのボールがその手の中にあり、全身から血の気が失せたのが自分でも分かった。
そいつはボールから麻痺になったアレックスを出し、先程まで私に向けていたものとは異なる"研究者"の目付きでまじまじと観察を始める。「へぇ、もしかしてこのピアス?」と、楽しそうにオニキスブラックのピアス…――――新しく作り直したばかりの、ポケモンの色素遺伝子を組み替える作用を起こす装置『クローム00XY』を、ぐいとアレックスの耳を引いて興味深そうに眺めている。身体が麻痺さえしていなければ、アレックスはきっと今にでも男の喉元に噛み付いていることだろう。けれど、そんな意思とは正反対に自由の効かない身体をもどかしそうに揺らすことしか出来ず、低い声で唸りながら牙を鳴らす。

しかし、アレックスの射抜くような睨みなど全く気にせず、注射器を取り出したそいつは、何の躊躇いもなく針を突き刺した。



「い、やっ……!!!」



乾いた声が口から出た。耳の裏で脈打つように鼓動が鳴り響き、雨の中を走り回っていた時以上に呼吸が荒くなる。
瞬きすら出来ずに目の前の光景を凝視していたら、小さく痙攣していたアレックスは次第にぴくりとも動かなくなった。何を、何をしたんだこの男は。絶対に許さない。そう憎しみ隠った目で睨み上げた。…だけど。



「今、何の薬を入れたか気になる?」

「当たり前よ…!!アレックスに何をしたッ!!!!」



動かなくなったアレックスをボールに戻した男は、場違いなくらいに穏やかな口調で尋ねてくる。噛み付くように切り替えせば、男はやれやれと言うかのように肩を竦め、何も言わずに私に歩み寄る。


そして、ニドキングに押さえ付けられていた私に、覆い被さるように馬乗りになった。



「そんなに教えて欲しいなら、少しは僕を楽しませてよ?」



ぐっと髪を鷲掴まれ、鼻先が触れ合うくらいの至近距離まで顔を近付けた男は、歪んだ笑顔でそう言った。



* * * *



僕を楽しませて…――――そう、落とすように呟かれた台詞に、憎しみで埋め尽くされていた孔雀石色の瞳が瞬時に恐怖で塗り潰される。
何を、なんて聞かなくとも判る。告げられた言葉の意味を悟ったユウは、信じられないといった表情でユウヤを見詰め、冷え切った唇を震わせる。ふざけるな、冗談じゃない…――――言いたい言葉は山ほどあったが、ぴくりとも動かなくなった大切な存在が眼裏に散る。それと同時に、優しく微笑む愛しい存在の姿が揺れたが、想いを断ち切るように顔を背けた。



「……いい子だね」



抵抗を諦めたユウの気配を悟ったのか、くすりと笑ったユウヤは幼い子供をあやすように淡く囁き、雨で濡れそぼった白いブラウスに指をかける。
上手に捩り上げたユウの手をニドキングに押さえるよう命じたユウヤは、一つ一つの釦を焦ることなくゆっくりと外していく。全ての釦を外しきり、肌に吸い付くように張り付いていたブラウスの前を剥がすように開けば、胸部を包む淡いピンク色の下着があらわになった。



「へぇ、以外だね。こういう可愛いのも着るんだ?」

「……うるさい」



茶化すようなユウヤの言葉にぼそりと返し、ユウは瞳をきつく閉じる。羞恥心などを覚えはしないが、それでもその先に待ち受ける身に染みた恐怖を堪えるよう、ぐっと唇を噛み締める。
アレックスにいったい何の薬が投与されたのかさえ分かれば、どうにか対応を謀ることができる。だから、投与された薬品名、少なくともその薬効くらいは聞き出す必要がある。そのためには、自身の躯の一つや二つ、差し出す覚悟が彼女の中にはあった。



丸っきり無抵抗となったユウにユウヤは怪訝そうに眉をしかめたが、特に言及せずに再び首筋に顔を埋める。未だに止まる気配の無い先程噛み付いた傷口から滲む血をぺろりと舐め、そのまま軌跡を描くように顔を下ろし肩口に、鎖骨に、胸の膨らみへと次々に歯を立てる。最初の皮膚を突き破るほどの力ではなかったが、すべらかであった白い肌には内出血を起こして赤く腫れた箇所が点々と散らばり、痛々しい歯型の痕がくっきりと残される。
断続的に広がる痛みにユウは固く躯を強張らせ、堪えるように小さな声で呻いたが、それでも抵抗はしなかった。



「…っ、……!!」

「…………」



ガ、と左胸を鷲掴まれ、その衝撃に食いしばられていた唇から声が漏れる。
優しさなど欠片も無い、愛撫なんてものからは程遠い触り方。突き立てられた爪は深々と肌に埋まり、そのまま心臓をも握り潰そうと言わんばかりの力だった。



「83…いや、4くらい?随分と大人みたいな躯だね。上から84、59、87ってとこかな」

「……女性のスリーサイズを当てようだなんて、デリカシーが無いのね。そんなんじゃモテないわよ?」

「そう?」



今この瞬間、誰か事情を知らない者がこの光景に遭遇すれば、さぞや可笑しいものに見えたことだろう。どう見たって強引に犯されている女の口からは皮肉の込められた台詞が引っ切り無しに飛び出すし、対する男も場違いな軽口を叩きながら微笑を浮かべている。
けれど、ギリギリと胸に食い込む左手とは対照的に、ユウヤの右手はやんわりとした手付きで白い肌を滑り撫でる。つぅ、と下着に覆われた胸の膨らみをなぞり、そこから徐々に指を下ろしていく。女性特有のくびれた腰のラインに触れると同時に、にこりと口の端を吊り上げた。



「…」

「…っゃ……!!」



頑なに閉じられていた足を強引に割れば、食いしばられていた唇からは小さな抵抗の声。けれど、そんなものには構うことなく無防備にさらけ出された内股に手の平を添えれば、はっと息を飲む音。丈の短いスカートに指先を潜り込ませ、雨でぐしょぐしょに濡れている下腹部に触れれば、ビクンッと躯が跳ね上がった。

際どいラインを指先で探るように撫でつつ、その中心にぐっと親指を押し付ければ、怯えるように無理矢理開いた脚が震える。


強気なことを言っていても、やはり所詮は16ちょっとの小娘。ここまで来れば、さすがに…――――


そう思い、下ろしていた視線を上げたユウヤだが、目に映った光景にぱちりと瞳を瞬かせた。

自身を見据える孔雀石色の瞳。
その瞳には、恐怖も怯えも確かにある。しかし、それ以上に強く色となっているのが、「殺してやる」と言わんばかりのギラギラと光る静かな殺気だ。



「…――――」



しばし無言で向かい合う。倉庫の外の喧騒など忘れたように、静寂がピンと張り詰めた。
その、触れなば切らんと言うかのような鋭い眼差し。色も形も性別すらも、何もかもが違うのに……遠い日々に眺めた、海のように深い色の双眸を、思い出す。



「…――――もういいや」

「…………は、」

「ニドキング、もう良いよ。おいで」



急に興味が削がれたのか、ユウヤは体を起こして立ち上がる。黒い白衣の裾を靡かせ、今の今までユウを押さえ付けていたニドキングをボールに戻す。
呆気に取られながらも半身を起こし、突然行為を止めた深意を探るように孔雀石色の瞳を怪訝細めた少女に、男は変わらず笑顔を向ける。冷たい笑顔を貼付けたまま、諭すような口調で言った。



「確かに僕は女顔だし、ガタイもそこまでいいわけでもないけど、れっきとした男だ。君みたいな無防備な子を、抱くことだって出来る」

「…………」

「……でも、こんな場所で無理矢理犯すほど溜まってないし、欲求不満でもないから」



暇潰しにはなったかな。
そう独り言のように呟いて、男はクッと喉を鳴らすように、自嘲気味に薄く笑った。



**ユータナジア**




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