ガールズトーク
女の子だけの
秘密の共有
【ガールズトーク】
「……………………」
「…………あの、…………」
「……………………」
「…………ア、アヤさ……?…」
ぽかぽかと穏やかな気候の昼下がり、清潔なセンターの一室に気まずい沈黙が満ちていた。
隣の部屋では現在、ナギとレッドが熱烈なバトル語りを展開している。
トレーナーの鏡とも言えるようなナギは、生きる伝説であるレッドとの話に目を輝かせて夢中になり、対する伝説の人物も、ポケモンのこととなると話は別なのか普段の無口さ加減からは想像も出来ないくらい饒舌振りを披露した。
すっかり意気投合…――――したと言えるのかは普段のレッドの無関心っぷりを知る者には甚だ疑問ではあるが、二人揃ってセンターに着くなり部屋に篭ってしまったのだ。
取り残された女性陣はと言えば、「珍しいこともあるもんだ」と零しながらも特に気にした様子もなく、すぐに話題は変わって荷物の整理を始めた。
しかし、荷物整理も一段落したところで、旅衣装を脱いで身軽な恰好になろうと着替えだした二人だが…――――ユウがお気に入りの部屋着であるワンピースに着替えて以来、じぃ、と感じるアヤの熱い視線。
「あの………アヤさん、さっきから何か…………?」
「……いいなぁ…………」
「え?」
普段は空気清浄器の如く場の雰囲気を和らげてくれるナギが居ないため、ユウが腹を括って言葉を切り出せば唐突に言われた感嘆符。
一瞬意味が分からなくて首を傾げれば、唇を噛み締めたアヤはガバリと突然抱き着いてきた。
「…っわ………!?」
「いいなぁユウちゃんは胸大きくてスタイル良くて胸元の出る服似合って胸大きくて羨ましいぃぃぃ!!!」
「……はあ、…………」
むにゅ、とユウの胸元に顔を埋めたアヤは、キンと耳に響くような高い声で羨望の言葉を並べる。胸部に関する点を殊更主張されたのは、恐らく気のせいではないだろう(アヤ談:大事な事なので二回言いました)。
動き易そうなTシャツに短パンという恰好のアヤに対し、ユウの服装はモスグリーンのシンプルなワンピース。ユウとしては首回りがさっぱりしてるからこの服が好きなだけで、別段胸元を強調しようだなんてつもりは一切無かったのだが、アヤにとってはそうは見えなかったようだ。
取り敢えず飛び着いてきた華奢な肩を抱き留め、「落ち着いて下さい」とユウがアヤの顔を覗き込めばくりくりと丸くて可愛い瞳と向かい合う。吸い込まれそうな蒼い双眸を見詰めれば、渋々と言った様子で離れたアヤは大きなため息を吐いた。
「…はー……どうやったらそんな大きくなるの……………」
「私は、特にこれと言っては………」
「………………」
「…えっと……………」
自身の指先をいじいじと弄ぶアヤは、じとりとした視線でユウの顔と肌の露出した胸元を交互に見る。完全に目が据わっている。
普段のユウであれば「じろじろ見るな」とばっさり切り捨てるのだが、どうもアヤ相手では調子が狂う。アヤは自身の体つきにコンプレックスを抱えているとも聞いていたため、似たような体験をしているユウは、同じ女として気持ちが分からなくもない。
珍しく語調を濁しながら視線をさ迷わせたユウは、「そういえば、」とあらぬ方向を見据えながら口を開く。
「胸筋を鍛えれば胸囲が大きくなるなんて話もありますよね。ですがアレは…――――」
「…その手があったか……!!」
「は?」
話の種として出した他愛もないユウの台詞に、俯いてうちひしがれていたアヤがガバリと顔を上向ける。拳を握って肩を震わせ、たじろぐユウを余所にポケギアを取り出し、慣れた手つきでダイヤルを回す。
「もしもしテツヤさん!?胸筋を鍛えられるオススメの筋トレ教えて下さい!!!」
「え、アヤさん何でテツヤの電話番号を知って…――――」
「ベントオーバー・トランク・ツイスト!?なるほど、その手がありましたね!!それじゃあ早速道具を揃えてやってみますありがとうございました頑張ります!!という訳でユウちゃん、私はこれから修業をしてくるからー!!!!」
「…待っ……!!………、…」
不意に飛び出た聞き覚えのある名前に反応するユウだが、当のアヤにはまるで届いていない。電車口の筋肉男に何かを吹き込まれたらしく、蒼い瞳に不釣り合いなくらいの闘志を燃やして部屋を飛び出した。
「ユウ?今凄い音したけど、何か…――――と、」
「あぁ……うん」
「…………アヤは?」
「今しがた出て行かれました」
物音を聞き付けたナギとレッドが部屋から出て来るが、そこには虚しく手を伸ばしたまま硬直しているユウが一人取り残されていた。
胸元が開いたユウの服装に未だに慣れないナギは、不自然なくらいにぐるりと視線を外して頬を赤らめるが、さして気にした様子も無いレッドは、今は消えた恋人の消息を淡々と尋ねる。
「テツヤと電話しだしたかと思ったら、急に部屋から出てしまって……」
「…テツヤ………?」
「ただの筋肉馬鹿です」
「ト、トレーナーさんです!大人の男性の方、で……!!」
は、と嘲笑混じりにテツヤを言い表したユウの言葉を慌てて訂正するナギだが、レッドの耳には歪曲した情報しか届いていないだろう。
「ところで、ベントオーバー・トランク・ツイストって何か知ってる?」
「ベントオーバー・トランク・ツイスト……?」
ユウの口、正確に言えば先程ポケギアに向かって声を張り上げていたアヤの言った呼称を聞いたナギは、はて、と専門外の知識について記憶を探る。
「それって、確かバーベル使う筋トレ……ですよね?こう、肩に乗っけてぐるぐる回す………」
「…あぁ。外腹斜筋、腹直筋等の胴体の筋肉を鍛え、パンチ力を養成する運動だな」
「バッ…………!!?」
男二人が顔を見合わせて言った『ベントオーバー・トランク・ツイスト』についての情報に、ユウの顔からザッと血の気が失せる。
バーベル等という危険極まりないトレーニンググッズの姿と共に、先程部屋から走り去ったアヤの背中が瞼裏に揺れた。
ガールズトーク
「っ、アヤさんやっと見つ…け……キャアアア!!」
「あ、ユウちゃんどうしたの!?バーベルは怖くないよ!?」
「そんな危険な筋トレしなくたって胸を大きくする方法は山ほどありますから、速まらないで下さい!!!!」
**ユータナジア**