盃を交わす
まだミリとは出会っていない頃。
それは偶然にも、手繰り寄せられるように俺達はツラを合わせてしまった。
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「ったくよお…あんの女共ベッタベタしやがって…!!気色悪ィったらねぇぜ」
夜のナギサの道を不機嫌そうに歩きながらレンは言った。
ゆらゆらと風がそよぐ。今日は比較的にこの寒さが心地好い温度だった。月に反射するその束ねられた長い銀髪は美しく、その容姿も宛ら銀髪と同様綺麗な面持ち。一般的にいうと出来てる顔の作りをしている。闇に浮かぶような鈍い輝きを放つ、そのピジョンブラッドの色は煌々と光りを灯す。
…そんな大層な容姿をしているのだ。どんな所に居たにして、嫌でも人を惹き付けるその容姿に、女は我ここぞと虫のように集って来るのだ。それは街中に居れば毎日の様に。一人歩いていれば声は掛けられるし(それを逆ナンとかなんとか)酷いとしつこく後を着いて回り、最悪変なホテルに連れ込まれそうになった事もある。
そして、今日も無駄にベタベタと引っ付く女達を軽くあしらい、またげっそりとレンは若干俯き気味に夜の道を歩いていた。そんなにお前ら暇してんのか毎回毎回ご苦労なこった、と心底疲れ果てた彼は大きく息を吐き出した。
……が。こんな静かで風も良い感じな、自分に癒しをもたらす空間をぶち壊すように雑音が飛び込んで来る。それにまた不機嫌になり、眉間に皺を寄せたレンは今度は何だと音の発生源を探る。そしてそれは以外にも安易に見付かった。
激しいバイクのマフラー音。少し向こう側に居るバイクの集団。カラフルな頭。…どうやら世間一般に言う、暴走族とか言う連中らしかった。キキィイイイイ!!と急ブレーキが掛かった音がまた聞こえ、それを見てみれば先頭に居る男が急ブレーキをかけたそうな。眉間に盛大に皺を寄せたその男は、その急ブレーキをかけた直ぐ下をギロリの睨んでいる。大の字になって倒れる男に、もしかして轢いてしまったのかと思ったがそうではないらしい。「見ろ、今日も星は俺の為に美しく合唱をしているぞ喜べ。星の王子な俺に相応しいさあ今ここで飛び立つ時だ男デンジよ」…どうやら只の電波なようだ。
それに対して先頭の男はまたか、と言いたげな苛ついた表情で「邪魔だ退け轢き殺すぞ」と電波を脅迫している。
それを見て思わず鼻で笑ってしまったのだ。そう、只鼻で笑っただけなのだが。
「んんだァてめぇ」
「今鼻で笑いやがったろ。今総長の事鼻で笑いやがったなテメェ…」
「何だ、地獄耳なのかよお前ら」
「あ゛あん!?てめぇナメてんのかコラ!!」
やはり暴走族だ。少し挑発して直ぐに乗ってくる。
殴りかかって来るモヒカンをヒョイと避けて足を引っ掻ければ面白いくらいにスッ転んだ。それを見て俺にやる気があると見たのか、それともキレたのか知れないが他の数人も一緒になって殴り掛かってくる。…丁度良い。最近ストレス溜まってんだ。暴走族なら思い切り暴れても人様に迷惑かからないだろう。
そう思ってニイ、と口端を持ち上げたレンは手始めに迫って来る男を蹴り飛ばした。また蹴り飛ばし、殴り飛ばしを続けていると既に五人は片してしまったらしく、このまま六人目を手に掛けようとした。……が。ドシィイイッ!!と音を立て、その男との間に滑り来んでレンの蹴りを受け止める、茶髪のその男。
「おいテメェ…一体何のつもりだ?あ゛あ?」
「うるせぇ、今苛ついてるんだよ」
「餓鬼か。当たってんじゃねぇよ他所でやれ」
「その他所にテメェらがいたんだよ」
ギシ、と両者ガードと攻めに力を入れて動かない。
自分の蹴りをすんなり受け止めた男を、レンは改めて観察する。さっぱりとした茶髪に、鋭く深い意志の固そうな碧い瞳。整った顔立ちは自分と引けを取らず、また女も放っておかないだろう。醸し出す雰囲気にこいつが頭か、と察したレンはほくそ笑む。楽しめそうだ。
「レントラー!」
「煉!」
ほぼ同時に身を離した二人はボールの中に居る存在を呼ぶ。また同時にボールから飛び出した二匹のレントラーは目の前の標的を定めると牙を強く打ち付けた。ガチンッ、と音が響き、また牙を打ち付け合う。その繰り返し。バチバチと放電をしながら尚も放電をし、噛み付こうものならまた噛み付く。
何だ、強ぇじゃねえか。そう素直に思ったレンは久々に歯応えのある相手にニヤと笑みを浮かべ、茶髪の男も楽しいのか小さく笑みを浮かべている。だがどこで道を間違えたのか知らないが、終わらない攻防に痺れを切らして殴り合いになるとは流石に思っていなかった。
「うらぁああああ!!!死ねコラァアアア!!!」
「テメェが死ねクソッタレがぁああああ!!!」
バキィイッ!!
ドシャアアアッ!!
「テメェ何しやがる!!いきなり蹴りかかって来るたァ良い度胸じゃねぇか死ね白髪!!」
「うるせぇそっちが先に殴り掛かって来たんだろが!!何でもかんでも殴れば解決すると思ってんじゃねぇよ栗頭が!!」
「これのどこがが栗頭だクソがッ!!その白髪今に引っこ抜いてジジイ共に売ってやろうかあ゛あーん!!?」
「やってみろよ栗頭ァアア!!尖ってなくてもその毛ぇむしり取れば宝珠形の形してんじゃねえの!?ん!?」
「ブッ殺すぞ白髪野郎!!」
ドガァアアッ!!
バキィィイッ!!
…いつの間にかポケモンバトルがリアルファイトに変わっている事は、最早本人達は気付いてさえいないだろう。
そして戦っていたレントラー二匹は互いに戦う事をやめ、やれやれと言う表情で喧嘩する二人を眺めている。下っぱ達も「やべぇよあいつ、総長にタメ張って同等にやり合ってるよおっかねー…」とか関心して喧嘩を見守っている始末だ。
「てめぇもいい加減にしつっけぇんだよ白髪!!」
「しつけぇのはテメェだ栗頭ァア!!だから、白髪じゃねぇっつってんだろ栗頭が!!何べん言ったらわかんだその頭ん中焼き栗になってんじゃねぇだろうな!?」
「テメェこそその白髪もはや使い物ならねぇんじゃねえのかコラァアアア!!」
「だから、しつこいんだよ…!」
「何度言ったら分かんだ…!!」
「「違ぇっつってんだろがぁああああ!!!」」
ドシィイイイイッッ!!!
バキィイイイイッッ!!!
レンの腹に拳が埋まった。
茶髪の脇腹に蹴りが埋まった。
何かが折れた音がした。
何かが潰れた音がした。
途端に倒れる二人。
「総ォォ長ォオオッ!!」
「ヤベェこの銀髪!総長の本気のパンチモロに喰らっちまったぁあああ!!!!」
「それに何か全体的に危険な粉砕音も聞こえて来たぞ!!」
「運べッ!!今すぐ運べぇえええ!!」
* * * * * * * * *
「…………」
パチ、と目が覚めた。
視線の先には見慣れないモダンな天井。パチパチとそんな小さな音を立てて燃える暖炉に、レンは目を大きく見開いた。さっきまでナギサの夜の道並みで大乱闘していた筈だが…どうやら情けない事に意識を飛ばしてしまったらしい。何か暖かいと思ったらソファに仰向けになって寝ているし、何だここはと上半身を起こすと腹が死にたくなるくらいに痛かった。
「……っ…いってぇ…!!チクショウ何だってんだここは…」
頭には包帯。腕には湿布。頬にも湿布。…何故手当てしてあるんだ。悶えまくり苦々しく呼吸をした先、改めて周りを見てみるとそこはどこかの一室。無理してソファに座り、腹を擦ってみるがどうやらこの痛みは意識が途切れる前の、あいつの強烈なパンチの土産。
しかし、どう見ても豪邸かと思われるそれに凄ぇと素直に関心していると、ガチャリと部屋の扉が開いた。入って来たのは所々包帯や湿布を貼った茶髪の男で、男もレンも思わず動きを止めて数秒見詰め合ってしまった。
ズガガガガガ!!!
「ううおおおおおお!!!??」
「チッ、何で当たらねぇんだよ」
「てめぇこの栗頭…!!」
瞬時に飛んできたドライバー(5本)にレンは即座に身を捻る。
動悸が止まらない。ドライバー投げるなんてどんな奴だ死ね!と思いながら栗頭を殺すが如く睨み付けると、男はニヤリと笑った。
クックと笑いを喉で噛み潰すような独特な笑い声が部屋に響く。
「……白髪ァ、てめぇ面白ぇな」
「……栗頭、てめぇ何回言ったらわかんだよ。これは銀髪だってのくたばれ」
「てめぇがくたばれ」
「いやてめぇが……ハッ!」
「クックックック…!やっぱムカつく野郎だ」
気に入った、
「飲むかい?」
酒瓶をちらつかせるそいつに、俺は強ぇぞと吐き捨てて盃を手に取った。
盃を交わす
(さて、ムカつくてめぇの名を聞こうか?)
**十五夜**