魂をトレード
「(…………!!!??)」



朝、少し離れた所にいる自分へのピカチュウの反応が可笑しい事から始まった。


少女に対するピカチュウの寝起きの一言(態度)は既に朝飯にかぶり付き、「ちゃあ!」と鳴きながらブンブンと手を振る事から始まる。それは毎朝毎朝変わらない。変わらない筈なのだが。何故か一目合わせて「ぴかぁ!」と鳴く。それだけだ。

そして長年の相棒であるサンダースは必ずおはようと言えば「ブイ」と返す。…そう。返す筈なのだが、彼は一声も発する事もなく小さく頭を垂れただけだった。

二匹揃って同じ違う反応に、寝起きの頭は今一ついていかない。何故?そう考えて取り敢えず顔を洗おうとベッドから這い出た。

…………身体が重い。

何故だか身体が重い。熱だろうか?そう考えもしたが頭は眠気からのぼやっとした気だるさのみしかなくて、どうやら熱ではないことは伺えた。よく分からなくてこれまた重たい首を捻った時、ふと鏡に映った顔を見て絶句した。いやいやちょっと待て有り得ないじゃないかこんな事。そうだよ疲れてるんだよきっとそうだよ。こんなのきっとバロン閣下もビックリだよ。ビックリしすぎて頭の毛根腐り落ちるよ。


鮮やかすぎる赤い目。

…………レッドがいる。

そう、レッドがいるのだ。鏡に、レッドが。間違える筈もない。この無駄に整った顔立ちに艶やかな黒い髪、鮮やかな赤い瞳はどう揃ってもレッド本人だ。瞬きをしてみても鏡の中のレッドも同じ瞬きをする。恐ろしくて、すぐ隣に寝ている筈の存在を視界に入れたが、また絶句した。きっと、バロン閣下も、ビックリだよ(何て言ってみて落ち着こうとするけど逆効果だった)

……自分が、寝ているではないか。

これは見間違える筈もない自分だ。毛布にくるまってスヤスヤと寝息を立てるこの身体は正しく本来自分のものである筈なのに。

…頬をつねってみる。痛い。夢じゃない、現実だ。え、うそ現実?いやいやそんな冗談よしてくださいよ心臓が木っ端微塵に風船破裂の如く爆発しちゃうよ?本気だよ?本気で爆発しちゃうよ?え、嘘だよね嘘だと言って!…現実?いやいや現実だろうよ。だってほら、レッドの顔だけどつねっても痛いもの。


現 実 だ。



「(おぃぃぃぃいい!!!これ何!?何なのこれ!?テコ!?テコなのこれえぇええええ!?冗談にしてもこんなドッキリ何も楽しくねーよ!!何で楽しめってんだよ!?全くもって意味わかんないよこれボクにどうしろと!?何かで楽しめってことなのかバカヤローこんなんで楽しめる訳ないだろアホかチクショッー!!)」



いやいや落ち着け。落ち着け少女。心を鎮めろ。大丈夫お前はやればできる女だ。深呼吸。深呼吸をしろ。心拍数を下げろ。

さながら普段のレッドでは世紀末でも絶対にしないであろう顔をしているに違いない。汗いっぱいにかいたレッドが胸元をつかんで深く息を吸って吐いてを繰り返している。こんなレッドを外部から見た暁には、ショック死でもしてしまう威力だ。



「(何で!?あれ、これってもしかしてまさか中身トレードとかしちゃってる感じ!?ちょっ…ええええ…!?)」



やっぱり鏡をどう見ても、これはレッドだ。正真正銘の生ける伝説で美形な無口天才少年と唄われた、自分がどうしようもなく惚れている男だろう。

なぜこんな事になってるんだろうと考えても理由は見付からず。…………あ、いやちょっと待て。昨日何かリオルが持ってきた変な…変な“何か”をレッドがよそ見したその隙に、かき混ぜる鍋に一緒にぶちこんでいるのを見てしまったような。気付かない彼に珍しいなぁとか思いながら、まあ大丈夫かと仕方無しにそれを夜の晩飯に…。「…味が何かおかしくないか?」「え、そう?別に普通じゃない?美味しいヨー」「…いや、何か、何かと何かを足して2で割って四捨五入した感じの」「それ最早食べ物じゃないよ」「……気のせいか?少女、一口」「別に何も変わらないと思うけど…あ、じゃあボク、もッ!」とか何とか言ってレッドに自分の皿のスープを口内に押し込まれ、またボクの皿のスープを一口味にしたレッドはまた眉間に小さな皺を刻み、首を小さく捻った。どうやら彼は納得いかなかったらしいが、対してボクはその違和感には気付けなかった。レッドは超人なだけあってその味覚も人並み以上に優れているらしい。
彼に好き嫌いは特になく、食べられるなら何でも食べ、多少不味くとも全てを平らげる。因みにレッドは何故か料理が上手い。本人が言うには「少しかじっただけ」だそうだ。そんな彼とは逆にボクは料理が超絶下手で(何か気付いたら凄い事になっている)これは酷いと思った物体でも、彼は「癖になる味」だと言って全てを平らげる。嫌な顔一つしない彼を改めて優しい人だと思った。(だけども料理は出来ないが菓子やポケモン食だけは何故か作れる)

そんな訳で主食系の料理は全てレッドが担当しているのだが、彼は自分が作る料理にはかなり細かく細心の注意を払いながら食材を選び、味付けをしている。パッと見そんな感じはしないが、じっと観察していれば何となくだがわかってしまう。いつも大雑把というか無関心で、そんな細かなところは彼なら絶対に気にしないのに。一度「熱心だねぇ、料理好きなの?」と聞いた事がある。その時の答えはこうだ。

「他や俺一人なら構わない。だがお前が口にするならそんな訳にはいかないだろ」

さも当然のように切りかかっかってきたのだ。どたま抜かれた様に瞬きする自分に、レッドは薄く笑ったのを今でも覚えている。些細な事でも素直に嬉しかったし、それにそんな深く注意をしながら料理を作るレッドが意味不明な薬物を投与する筈がない。自惚れかも知れないが、健康を第一に考えてくれるレッドはまず有り得ないし、では原因は何か。そんなもの、言わずともあの時見て見ぬふりをしたリオルの“何か変な物体X” の原因に決まっているじゃないか!

今や知らん顔してウインディの毛並みに埋もれて眠るリオルを叩き起こそうと、ベッドから出て足を着いたその直後。

がしり、と手首を捕まれた。心臓が元気よく跳ねる。

ギギギと機械みたいな音が聞こえてくるような首の動きに、背後を振り返るとそこには自分が手を伸ばしていた。茶色い髪の隙間から見えた蒼色は、自分が作った事のない鋭さを放っている上に何故だか言いようの無い色気まで放っている。ベッドから這い出た艶かしく気だるそうなその態度。

それは正しく彼の、“朝の雰囲気”だった。



「…お、はようございます。元気ですか、」

「…………おはよう。…おい、どうなってるんだ。これは」



互いに互いが使わないような言葉使い。なんて新鮮。なんてシュール。

普段ならちょっとやそっとの事で見られないであろうひくりと引きつった笑みを浮かべる少女(外見レッド)に、レッド(外見少女)は深く溜め息を着いた。




* * * * * * *



「……で?その得体も知れん“何か変な物体X”をリオルが鍋に突っ込んでいた現場を見ていたと」

「あ、いや、何かの木の実らしかったんだけど見たことない木の実だったから取り敢えず“何か変な物体X”と…あ、でもリオルが入れるものは大半好物だからまぁ大丈夫かなって…」

「………………」

「(あああその視線死ぬうううう)」



現在。足を組んで腕を組んで僅かながら眉間に皺を寄せる、ソファを堂々と陣取るレッド。(外見少女)
そしてその前に静かに正座し俯く少女。(外見レッド)

普段なら絶対に、天地がどう引っくり返っても有り得ない逆の光景がそこにあった。「ボク…自分に説教されてる…」と不思議な気持ちになりつつもまた恐ろくも思う少女は、きっとレッドも同じだと思いたい。
そして遠目に見ている己のポケモン達はかなり珍し気にこちらの様子を窺っていた。中には面白そうに見ている奴や絶望的な面持ち(特にレッドの手持ちメンバー)でこちらを見る奴、そしてかなり煩く騒ぎ出す奴など。(特にカイリューとかカイリューとかカイリューとか)

取り敢えず朝から大惨事である。ひたすら謝りながら縮こまる少女と、向こう側にいるポケモン達をチラと見てレッドはまた深く溜め息を着いた。



「…これはこれで何も無かった訳じゃないが、もし命に関わるモノだったらどうするんだ。……危ないだろ」

「……ごめんなさい」

「取り敢えず、どうにかして戻る方法を…もう一度アレ、飲んでみるか」

「え゛!?」

『いや、木の実の成分が消化されればその内元に戻る』



にゅ、と少女の背後から突然現れたのはルカリオだ。
流石に悪い事をしたと思ったのか(いやまさか本人でも中身が入れ換わるなんて思ってもみなかったらしい)リオルから姿を変えた彼は悪戯を詫びた。
どうやら鍋に入れた木の実は状況と手段によって様々な効果をもたらす不思議なものらしい。消化すればその効果も消えるという。
だからと言ってまさか中身が入れ換わるなんてそんな摩訶不思議な事、そう簡単にあるんじゃたまったものじゃないのだが。



「ま…まあ良かった…!どんな状況でこうなったか分からないけど、戻れるなら…」

「…そうだな。消化…スープだったから昼前には戻るだろ」

「無事に戻ったらいいんだけど…でも何か不思議だねー?違う体ってこう…何か変な感じ。手も大きいし目線も高いし。とりあえずもう一回一緒に寝て………レッド?」

「………………」



返事がない事におかしく思い、ソファに座るレッドを見れば何故かじっと自分の手を見ていた。正しく言えば少女の手、だ。
只何をする訳でもなくじぃっと見つめるその手に、怪我か何かあったのかと少女はおろおろとレッドを見るが彼は何も言わない。そしてまたチラと少女を視界に入れ、何を思ったのか不適に笑う。


……笑う?



「そうだな、違う体、か」



すく、と立ち上がる。

スタスタとリビングを歩き、棚から無造作に引き出した手にはバスタオル。その一連の動作を少女は馬鹿みたいに眺めていたが、リビングを出ようと扉に手をかけたレッドに声をかけた。



「レッド」

「ん?」

「あの、どちらに」



蒼い瞳が彼女を映す。

そして一言、厭らしく、けれども楽しそうに彼は言った。



「風呂」



パタリ、と閉まった扉に光の速さでソファを飛び越えた。



魂をトレード

(丁度良い、この際普段では絶対に出来ない事をしようと思った)



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久遠様リクエスト
「何かを食べたら中身が入れ換わっちゃった」



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