ガールズトーク



夏です

暑いです


肌の出る季節です



【ガールズトーク Ver.Summer】



目の前に広がる光景、溢れる鮮やかな色に、少女は呆然と瞬きを繰り返した。


「え…と……ここ?」

「ここですよ」


俄かには信じられない、と言うかのように後ろに立っていたユウを見返したアヤだが、返ってきた答えにズッパリと切り付けられる。
ここ、と彼女が指差したのは、とあるショッピングモールの彩り鮮やかな夏専用の水場向け商品コーナー。つまりは、水着専門店だ。


「このお店の商品はしっかりとした作りだし、値段もお手頃なんですが……お気に召しませんでしたか?」

「いや、あの、気に入らなかったというか、きらびやか過ぎるというか……こう………ね?」


どうも慮しくない友人の反応に眉を下げたユウは、何が問題なのだろう、と言葉を連ねるが、どうやら単純に店の空気に気圧されているだけのようだ。服と言えばどこかの地方のチャンピオンやらお兄様やらから賜っていると聞く彼女は、どうもこういった若い女性客の多い店の雰囲気が苦手なようだ。せっかく可愛いのに勿体ない、と小さく嘆息したユウは、きりりと目許を吊り上げてアヤの腕をがっちりホールドする。
そもそも、女二人だけで買い物に来た理由は、アヤが「夏になったらレッドと海に行くかもしれないから、その時用に水着が欲しい」と言ったのが始まりだ。基本的に他人の要求には微塵も耳を貸さないユウだが、小動物のような潤んだ瞳で懇願されるとどうしても断ることが出来ない。どうしよう、と前述の小動物よろしく身を縮こまらせたアヤにそう話を持ち掛けられたユウは、こうして二人でショッピングモールに赴いたのであった。



「しのごの言ってないで店入りますよ」

「えっあの、ちょっと待っ……!!」

「やるからには徹底的にやります」

「あああああその名台詞久々に聞いたぁぁぁ…」



いつになくやる気を出して闘志に満ちたユウに、アヤは成す術も無く強引にズルズルと引きずられて行く。近寄って来た店員を直ぐさま追い払ったユウは、お洒落に消極的な友人の為に孔雀石色の瞳に鋭い色を光らせる。


手持ちのポケモン全てにアクセサリーを身につけさせているだけあり、彼女は誰か、もしくは何かを着飾ることが嫌いではない。普段から『やるからには徹底的に』と口癖のように言っているため、ここぞと決めた場合は暴走機関車の如く爆進する。
加えて、根っからの理系頭なせいか、ユウは物事を合理化して考える側面が些か強い。よって、自分の容姿に関してもその程度の認識しか持っておらず、自慢も慢心もするつもりは無い。アヤの持つコンプレックスが自分とは違うというだけで、ならばその他の利点を高めれば良いだけのこと。よって、足の長さや胸の大きさ、顔の器量などは単なる記号に過ぎず、持ち合わせた要素をどのように掛け合わせて答えと結果を導き出せるか。その過程を楽しんでいるに過ぎないのだ。



やはり、瞳と同じ涼やかな青系統か、清潔感のある白も良い。シックな黒で決めてもいいし、名前のように彩り鮮やかなものも…―――と、ユウはあれやこれやと言いながらアヤに似合いそうな水着を見繕い、渡された当人は呆気に取られたようにそれらを受け取りされるがまま。両腕いっぱいに水着を持たされ、ぐいぐいと更衣室に押し込められた頃になり、ようやく我に返ったように口を開いた。



「やっぱりボクはこんなの似合わないからいいよ!てきとーにスクール水着とか着るから!」

「……アヤさんのスク水姿、は…それはそれでそっちの趣味の人にとってはそそられるものかもしれませんが、私のプライドが許しません。なので却下」



蒼凰のスク水姿。新聞に載りそうだ、とユウは苦虫を噛み潰したような顔になる。もしもそんな事態になれば、過保護な兄や独占欲の塊みたいな恋人がどんな行動を取るのやら。考えるだけで頭が痛くなる。



「でも、やっぱり、その…こう……」

「?」



ごにょごにょと口ごもる様子に首を傾げるが、すぐにピンと合点が行く。それは、女ならば誰もが気にする観点。胸囲だ。



「胸が気になるというのでしたら、こういうフリルのたくさん着いたセパレートタイプの物にした方が良いですよ?スクール水着のようなワンピースタイプでは体型がモロに出てしまいますからオススメは出来ません。そもそもアヤさんは腰も脚も羨ましいくらいに細いんですから、それを見せないのは勿体な…――――」

「ス、ストップ!!ユウちゃん一旦ストップゥゥゥ!!!」



スイッチの入った普段は感情の起伏が無い友人のマシンガントークに、アヤは半ば悲鳴のような声で静止を呼び掛けた。



* * * *


ありがとうございましたー!という店員の明るい声に見送られ、二人は各々の買った品を持って店を出た。
最終的に選び購入した水着を胸に抱えたアヤは、心なしかげっそりと窶れた様子。流石に水着まで兄に頼むわけにはいかないし、とそういったことに詳しいユウに頼んで買いに来たものの……思った以上に大変な作業だった。



「あぁ…なんかどっと疲れちゃった……」

「大丈夫ですか?でも休んでる暇はありませんよ、次は下着屋ですから」

「!!?」



よれよれと体ごと気持ちが傾いでしまっているアヤだが、対するユウはこれまたキッパリ言い放つ。



「胸囲が気になるというのであれば、やはりきちんとした物を身につけなければなりません。アヤさんもまだまだ成長期、なんとでもなります」

「そ、そうかな……?」

「あと、以前はお伝えし忘れてしまいましたが、豊胸マッサージというものもありますよ」



拳を握って力説するユウの言葉に、アヤは弱々しく反応する。そんな友人を勇気付けるよう、持ち合わせている知識を全て引っ張り出す。
いつぞやのテツヤが奨めた"ベント・オーバー・トランク・ツイスト"のような危険な筋トレをしなくてもなんとかなる、簡単に出来るものなのだと続ければ、「本当!?」と食いついてきた。蒼い瞳に決意を宿して見詰めてきた期待に応えるべく、ユウは買い物袋を小脇に抱え直し、分かりやすく説明が出来るようにと自身の胸部に自らの手を押し当てる。



「そのマッサージですが、このように胸の反対側の手を下から添えて……反対側の肩に向けてポヨポヨと揺すります。一秒に三回ペースだとふわふわの大きな、五回ペースだとふわふわで少し小さめ。これにより肋骨に張り付いた皮下組織が剥がれ、柔らかい美乳になります」

「へぇー…」

「胸の善し悪しについては人それぞれの価値観によるとは思いますが、単純計算をするなら『胸囲÷身長』でその人個人に合った適切な結果が出せます。0.54以上なら大きめ、0.50から0.53が標準、0.49以下だと小さめです」


べらべらと言い連ねられた言葉にアヤは仕切りに「なるほど」と呟き、ユウに倣うように胸に手をあてる。納得するように頷きながら、ぱっと顔を持ち上げた。



「それじゃあ、後で測ってみようかな!これでボクの胸が小さいのかどうか、が……」

「え、」

「あら」

「お?」

「………………」



話しながら、マッサージもどきをしながら歩いていたアヤとユウ。会話に盛り上がり、前方に注意が向いていなかった。明確な数字を出されたことで目標を立てやすくなり、希望を持ったアヤの台詞は、曲がり角で偶然鉢合わせた集団…――――ナギ、テツヤ、レッドの三人組の顔を前に、みるみる尻窄まりしていく。



「え、えっ、……レッ……!!?」

「アヤ、まだ胸のこと気にしてたのか?」



やってしまった、という表情でパーカーを深く被り直すユウに、聞こえていた会話の内容にぱくぱくと口を開閉しながら赤面するナギ。あまり状況を掴めていなさそうなテツヤ。
対するアヤは、突然の出来事に頭が追い付かずに混乱した様子だったが、レッドの淡々とした調子の問い掛けに全てを聞かれていたのだと覚る。顔から火が出る、という表現がピッタリな勢いで、ボフンッ!とアヤは顔を真っ赤にさせた。



ガールズトーク
 Ver.Summer



ショッピングモール内に、蒼凰の紛糾が響き渡った




アヤの胸の悩みは今世紀最大のミステリに値する事項です←
そんな胸の悩みを解決すべく立ち上がるユウちゃんはマジ天使なのよ!!←

素敵な小説ありがとうございました!




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