ポケモンバトル、冥利につき



「うーん……」



なにやら一人、無駄に考え込んでいる人物が居ました。



【ポケモンバトル、冥利に尽き】



何やら文字の羅列された薄っぺらい紙を前に、大きな図体を構える人物が約一名。
考えるよりもまず行動、と言った表現の似合うテツヤにしては珍しく、活動するにはうってつけの快晴の中での室内作業。先ほど通りすがったユウに「あんたが考え事してるなんて、雪でも降るのかしら」と歯に衣着せぬ発言を浴びせられていたが、それでもいつものように売り言葉に買い言葉を返すこともなく、ただひたすらに頭を捻らせていた。明らかに普段の様子とは違うテツヤに付き合いの長いユウは僅かに懸念を抱いたが、すぐに興味は無くなったようだ。こんな奴の奇行に時間を割くほど暇じゃない、とさっさとどこかへ行ってしまう。



「やっぱり一番手頃なのは…でもバレずに近付けるかどうかも怪しいし……」

「あ、居た居たー。テツヤさん何してるんですか?」



きらびやかな陽光の差し込む室内で考え込みながらぶつぶつと呟いていたテツヤの許に、今度はアヤがひょこりと顔を覗かせた。「テツヤが何やら考え事をしていて気色が悪い」とユウに聞いたらしく、突如姿を現した彼女は好奇心に瞳を光らせる。



「おー、アヤか。何か用か?」

「ユウちゃんにテツヤさんが普段らしからぬ奇行をしている世紀末な事態が起きていると聞いたので!」

「(あの小娘……)」



悪意無く笑うアヤの背後で嘲笑を浮かべる少女が見えた気がして、テツヤはヒクリと口許を引き攣らせる。世紀末とは失礼な、と此処には居ない人物への怒りを募らせながら、テツヤはここで顎に指をあて、一瞬悩むようなそぶりを見せる。それから、ぽつりと小さく呟いた。



「……鉄面皮は、ユウ一人で十分だと思わないか」

「え、」



脈絡の無い唐突な発言に、アヤの口からは乾いた声が零れる。
何のこっちゃ、と疑問符を浮かべるアヤとは対照的に妙にテンションが上がってきたテツヤは、「そう!」と拳を握り締めていきり立つ。



「あんな絶対零度の視線を発するような奴はユウだけで腹一杯だ!あいつはまあ無理だとしても、これ以上俺の周りに鉄面皮人間を増やさないようにしたいんだ!」

「はぁ……」



目を閉じれば容易に思い出せる過去の出来事。
風呂を覗けばピジョットに吹き飛ばしを命令し、捕縛後も延々と説教。というよりは説経。ストーカーの野郎から助けてやった時もろくな感謝の言葉も無し。病院から抜け出してドンパチやらかした後始末をしてやった謝罪も貰っていない。そういえば、初めて会った14歳のユウはまるで野犬のような手の着けられないくらい凶暴さだった。元々の素養に加え、既にあの頃から片鱗は見えていたんだ…――――と、ノンブレスで一気に語り尽くしたテツヤはバッと俯いていた顔を上げる。



「というわけで、ユウに負けず劣らず無表情のレッドに取り敢えず表情出させようと作戦練ってたんだが、@膝カックンA落とし穴ドッキリBナマハゲ奇襲…どれが良いと思う?」

「ほッ…本気で言ってるんですか……!!?」



レッドの無表情を崩そうという試み自体は別に何の問題も無いのだが、その方法にアヤは本気で戦慄した。自分でも分かるくらいにザァッと一気に血の気が引き、わなわなと指先が所在無くさ迷う。提案されたもの全てにそれこそ生命の危機に曝されるような、実行不可能なものばかりだ。
何もそんなことをしなくても、と友人の身の安全を案じると同時に恋人を犯罪者にしたくない一心で提言するが、対する向こうも困ったように頭を掻く。



「あー…俺、あーゆー無表情の奴は苦手だからさ。正攻法は最初から諦めてんだ」

「(苦手になった理由は明らかにユウちゃんだな……)」



普段の豪快さからは掛け離れた乾いた笑いを漏らすテツヤに、アヤはふぅ、と小さくため息を落とす。



「まあ、そのユウちゃんは置いといて…テツヤさんがレッドに対して苦手意識を持ってしまうのは、きちんと喋ったことないからじゃないですか?」



やはり膝カックンは近寄るのが難しいから落とし穴か、それともナマハゲで特攻を掛けるか……と、再度間違った方向に頭を悩ませ始めたテツヤに、アヤは真正面から向き合う。
アヤとテツヤの仲が良いのは、馬が合って会話が弾むから。年齢差はあるものの、そんなものが気にならないくらいに騒ぎ回れる。それもこれも、こうやって対面して言葉を交わし、互いのことを知ったから。



ああ見えて優しいところも、ポケモンに関しては熱いものを持ってたりする人なんですよ。



にっこりと笑いながら恋人について語るアヤに、テツヤは何か言いたげに口を開くが、すぐに唇を引き結んで身を固くする。かと思えば、肺にあった空気全てを吐き出すような勢いでため息を漏らし、降参だ、と言うかのように両手を挙げた。『背後からコブラツイスト』だの『ラリアット特攻』という物騒極まりない単語の羅列された紙を放り投げる。



「分かったよ。こうなりゃ正面突破、話し合いとやらをやってやろうじゃないか」

「テツヤさんのナマハゲ姿も見てみたかったですけどね」



朗報を期待してます、と笑う少女に背を押され、テツヤは部屋を出た。



* * * *



「よ、よぅ…」

「…ああ」

「きょ、今日は良い天気だなー!」

「…ああ」

「(があああああああ会話続かねぇぇぇぇぇぇ!!!!)」



アヤには担架を切って出て来たものの、正攻法でレッドと向き合うテツヤは冷や汗をダラダラと流しながら会話の糸口を探していた。
テツヤにとって無表情、無感情、無関心とトリプルコンボが炸裂する人物と相対するシチュエーションは、もはやトラウマに近い。そうなるほどに彼がユウに身に染みる残酷かつ散々な仕打ちをされてきたわけだが、裏を返せばそれだけ馬鹿な真似をしてきたと言え、完璧なる自業自得である。



「(ああああ…やっぱり駄目だ……この無機質な目に見られると変な汗が………)」

「あれ、何してるんですかー?」

「!?」



レッドにとっては別段何かしらの意図があるわけでは無いのだが、本人の意思とは関係無しにテツヤの体力メーターをどんどん削っていくようだ。そんなシャツの胸元を握り締めて深呼吸を繰り返すテツヤといまいち状況の掴めていないレッドの二人を見掛け、声をかけてきた人物が一人。
聞き覚えのある声にガバリと顔を上げれば、そこには状況を全く理解していないほのぼのと笑っているナギの姿。救世主だ!と活路を見出だしたテツヤは、グォォッとナギに詰め寄った。



「ぅわっ…!!な、何ですか……?」

「なあナギ!人類滅亡にも値する冷酷非常な奴みたいな敵をこれ以上増やさないため、俺達無力な人間は生命の危機から回避するために出来得る限りのことをするべきだと思わないか!!?」

「……テツヤさん、昨日何か観ました?」

「SFアクション映画を少々」



いきなり何を言い出すのか、と尋ねるよりも前に確認を取るあたり、ナギも大分テツヤの扱いに慣れてきたようだ。
SF映画、という単語に納得した様子のナギは、「そうですか」と呟きながら苦笑を浮かべる。どうりで普段の彼であれば決して出ないであろう小難しい単語を連発する筈だ、と若干失礼な感想を抱くも、そんな当の本人は「俺のチビの時の夢は地球防衛軍の長官でなー」と一人で勝手に昔の記憶に思いを馳せている。



「で、何してるんですか一体…」

「いや、まあこれには深い理由があってだな……」



かくかくしかじか、と簡単に説明された話に、ナギは「はぁ、」と気の無い合いの手を打つ。しかし、言われてみれば確かにこの二人が喋っているところは見たことが無い気がする。ナギとしては「テツヤさんが風呂敷を広げられるような、普通に当たり障りの無い話をすれば良いんじゃないですか」としか言いようが無いのだが。
そんな、ぼそぼそと小声で言葉を交わす二人の様子を伺っていたレッドだが、ひたすら無言を貫いていた口を静かに開いた。



「……用が無いなら、俺はもう行くぞ」

「ああ悪い悪い!それでまあ…あれだ。今夜俺行きつけの旅館にでも行って、女湯の着替えや風呂を覗かないか!?」



テツヤの突飛な発言に、ナギはブバッ!と吹き出し、顔中を真っ赤にしてテツヤの背中を見た。何でそうなるんですか!?というナギの心の声が聞こえて来そうだ。
何をどう履き違えれば覗きなんて犯罪行為の誘いが当たり障りの無い話題となるのか、テツヤの持つ一般常識を疑いたくもなってしまう。



「別にわざわざ覗きなんかしなくてもアヤの裸くらい見れる」

「分かってねぇな〜…バレないようにこっそり見るのがイイんだぞ……!?」

「……ほぅ」



普段とは違うシチュエーションは、そりゃあもうそそるもので……と、"オツ"という言葉を強調するテツヤの発言に、レッドは予想に反して食いついてくる。
興味を持ったか、と会話の種に希望の光を見出だしたテツヤだが、無防備な背後に、ゆらり揺らめく黒い影。



「……ほぅ」

「……ッ!!!?」



地を這うような低い声。

先程の赤面顔から一変して真っ青になったナギに、紅い瞳でちらりと一瞥するレッド。ギギギ…と、油の切れた機械のような動作で振り返ったテツヤが見たものは、この世のものとは思えないくらいに優しい笑顔を浮かべた、ユウの姿がそこにはあった。



「随分と楽しそうな話のようね……?」

「え…いやぁ……それほど、で…も……」

「それはそうと、テツヤ」



テツヤのしどろもどろとした口上を遮り、ユウは更に表情を和らげて開いていた間合いを詰める。テツヤの頭の中で、全力の警鐘が鳴り響いた。



「シヅルさんから電話」

「…………ッ!!!!!!そーだレッド俺もトレーナーなんだしポケモンバトルしようぜ交流といえばやっぱりこれだろうハッハッハッー!!!!!!!!」



差し出されたポケギアの画面にくっきりと表示されている文字は、『通話中』の単語。
今日一番の冷や汗をかいたテツヤは、グルンッと方向転換をしてレッドの背中を押しながら全速力でその場から逃げ出したのであった。




ポケモンバトル、
冥利に尽き。


(そんな諺無いわよ)




テツヤさんがレッドを犯罪の道へカムバァアアアアック!!!←
きっとレッドさんはアヤがいるなら犯罪の道へ何のその!だって既に興味を持ち始めているもの!シヅルさんに後でキツい愛のお灸を据えられてください\(^o^)/

素敵な小説ありがとうございました!





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