blue girl


例えるならばそんな色だと


君は言った



【Blue Girl】



「……」

「………」

「…………」

「……………」



重々しい空気が満ちていた。随分と長いこと沈黙が続いているような気がする。何故こんなことになったのか、と誰かに聞かれでもしらたら、俺の方こそ知りたいくらいだ。
気晴らしに、と連れ出した街中の喧騒に埋もれるように、人波に流されながら目的もなく歩き続ける。一応繋いでいる手の平から伝わる温度も、今はどこかよそよそしい。



理由は分からないが、今朝からずっとアヤに元気が無かった。
誰にだって調子が悪い日くらいはあるだろうが、俺の知るアヤはそうそうへこたれるような人物ではない。野に咲く花が綻ぶように笑い、どこまでも広がる空のように透き通っていて、優しく手を引いてくれる。自らが燃えて輝き、道を照らして周囲を導く、太陽そのもののような人間だ。



そんな、明るい表情が一番に似合う彼女の珍しく沈んだ顔に気付いた俺は、言うまでもなく「どうかしたのか?」と尋ねてみた。最初は「なんでもないよ」とはぐらかされたが、そんな言葉で納得出来る筈がない。
偶然立ち止まった信号前で、再度アヤの顔を覗き込む。赤いランプが灯された信号機の下、繋いだ手に力を込める。弱々しく逸らされた視線を外すことなく見詰め続け、至近距離で顔を向き合わせればたじろぐアヤの蒼い瞳。俺の無言の圧力に堪えられなかったのか、少しばかり頬を赤らめたアヤは観念するようにため息を吐いた。



「ちょっと、ブルーになってて……」

「ブルー……?」



ようやく聞き出せた原因を示す言葉を、思わず声に出して復唱する。

ブルー。
赤や黄色に並ぶ基本色名の一つ。光の三原色の一つとも言われている。外来語の寒色。それがどうしたと言うのだ。



「……レッド、声に出てる」

「それが何だ」

「二回も言わなくたって………」



はぁぁぁ…と、魂を搾り取られるような深い深い嘆息を漏らしたアヤは、暗い表情のまま視線を落とす。力無く垂れた栗色の髪の隙間から、濡れた蒼い双眸がちらりと覗いた。



「憂鬱とかへこんでるって意味」

「それくらいの知識はある」



馬鹿にするな、と続けて言えば、アヤは酸素を噛み潰すように唇を引き結び、「そうですか」ひどく他人行儀な台詞を吐く。再び隠れた碧瑠璃の輝きが、どこか拒絶しているように思えた。
『ブルー』という色素を表す言葉が、憂鬱・陰気などの意味を併せ持つ。世間事に興味が無く、一般常識に些か疎いと言われている俺だが、いくらなんでもその程度の知識は持っている。



俺が疑問に思った点は、そんなことでは無い。



「理解出来ないな」



思ったことを素直に言えば、ピクリと震える小さな肩。
ゆるゆると持ち上げられた顔からぱらりと髪が滑り落ち、睨み付けるような、険を含んだ眼差しが向けられた。



「…………レッドには、確かに解らない感情かもね」

「………………」



ひそやかに囁く彼女の唇。普段は所構わず塞いでしまいたくなるくらいに可愛いそれが、今は不機嫌そうに歪んでいる。


たまにあるのだ、こういう事が。
長いこと一般常識とやらから離れていた俺は、他人とは逸脱した思考回路を持っている。自分でそう自覚出来るくらいなんだから、他人からすれば相当なものなのだろう。それによりアヤを仰天させたり、憤慨させることもしばしば起きている。
けれど、意見の相違などは俺に限らず誰と居たって起きることだ。自分は常識を心得ている、と豪語するアヤですら、行動発言その他諸々に俺が逆に泡を喰うこともある。


しかし、だ。


「ブルー、なんて感情は、俺には理解出来ない」

「………そーでしょうね、レッドみたいに強い人には、そん、…――――!?」



拗ねたように唇を尖らせ、そっぽを向いたアヤの顎に指を掛けて無理矢理に視線を合わせる。
突然の出来事に驚いてぱちぱちと瞳を瞬かせるアヤを、アヤだけを視界に映した。



「青は、お前の色だろう?」



互いの呼吸が重なるくらいの至近距離。


世界を映す透き通った蒼い瞳。こんなにも美しいお前を表すその色が、憂鬱な感情を示すだなんて、俺には到底理解出来ない。否、理解なんてしたくない。



「…それに、青は"進め"の合図だ」



赤から移り変わった青い信号灯を見据えながら、アヤの手を引いて進むべき一歩を踏み締める。
そんな屁理屈、とぽつりと零して笑った彼女に、静かに口許を緩めた。



Blue Girl



元気が出せなくてもいい

声を出して泣いてもいい


ただ、進める道があることだけは



お前だけは、忘れるなよ?




私が!私が一時期ブルーになっている時に応援でくださった作品です…!
そうだよ青は進めの色だよ…!「こんなにも美しいお前が〜」というレッドさん。相変わらず惚れ込んでる感満々で私も胸焼けが止まらない…!お陰で少し元気が出て次の日はっちゃかめっちゃかだった記憶があります\(^o^)/

素敵な小説ありがとうございました!




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