今一番に思うこと


ふらふら

ひらひら


揺れるのは、理性か留金か道徳か



【今一番に思うこと】



朝、いつものように執務室にやって来た人物の顔を見て、キリリと痛むこめかみに指を押し当て、その原因である魔女を睨み据えた。



「……どうやら、俺の忠告は聞かないつもりのようだな」

「…………何のことかしら」

「とぼけるな」



ふらふらと覚束ない足取りで自席についたアリアは、誰の目から見ても明らかに具合の悪そうな表情でシラを切る。



この手の話題は、ここ数日これでもかと繰り返してきた。

ここ最近は大きな事件や祭事が続き、王宮はその対応で膨大な量の執務に追われていた。その中には王であるガッシュにしか解決できないものもあり、当然王補佐である俺やアリアの仕事量も倍増した。そのせいで、アリアの生命線でもある睡眠時間は大きく削られ、日に日に体調を悪化させていったのは当然の結果と言える。
仕事はいいから休めという俺とガッシュに、冗談じゃないというアリアの主張が曲がること決して無く、話し合いは並行線のまま今日に至る。すっかり恒例となってしまった掛け合いに、俺は深々とため息を吐いた。



「休めと何度言わせる気だ。いい加減にしろ」

「それはこっちの台詞よ。今は猫の手も借りたいくらいに忙しいっていうのが、まだ分からないのかしら?」

「……視界をふらふらと歩かれたら不愉快だ」

「見なければいい話よ」

「…………」

「……………」

「(くっ空気が……!空気が凍っているのだ……!!)」



体調不良であろうと、減らず口は今日も健在。
明らかに室温が下がっているのが分かり、この城の主である筈のガッシュが一番肩身が狭そうにしているが、今はそれどころでは無い。相対している魔女をギロリと睨み、更なる進言をしようと口を開いたら、もう堪えられないと言わんばかりにガッシュが声を張り上げた。



「二人とも止めるのだ!ほ、ほら、こういう時はお茶でも飲んで落ち着いて…――――」

「「…………」」



渇いた笑みを口許に貼付けたガッシュは、場を取り繕うように控えてあったティーセットを指で示す。無言を通す俺達に気を遣ったのか、「温かいお茶は美味しいのだ!」だのと訳の分からない事を口走りつつ、率先して茶の準備を始める。ここまで来て、俺を睨み返していたアリアが、ようやく席を立ち上がる。



「ガッシュ、お茶なら私が淹れるから……」

「いいから、アリア殿は座っているのだ」

「何処の世界に部下に茶を淹れる王が居るのよ」

「…………ここ…?」

「………………」



へらりと笑ってアリアに応えたガッシュの姿に、王の威厳は皆無に等しい。相変わらずの馬鹿さ加減に苛々が募り、思わず舌打ちをすればビクリと跳ねる、弟の肩。



「と…とにかく!今日は私がお茶を淹れてあげるのだ!」

「そうも行かないわよ。ほら、私がやるか、ら……!」

「放っ……おわっ!?」

「…―――!!?」



ああだこうだと言い合っていた二人はついに道具の取り合いを始め、ガッシュの手から、ポン、と水の入ったポットが飛び上がった。



* * * *



「こんのっ…大馬鹿野郎!!!!」

「ごっ……!ごめんなさいなのだあああああ!!!!」

「………………」



執務室内に、俺の怒号が響き割った。


固い床に落ちた陶器のポットは無惨なまでに砕け散り、頭から水を被ったアリアは惨憺たる様相。沸かす前だったのがせめてもの救いだが、体調不良の者に水をぶちまけるなど、更に体調を崩せと言うようなものだ。



「本当にすまなかったのだアリア殿……!」

「……別に、これくらい平気よ。ところで、何か拭く物…」

「私が取ってくるのだ!!」

「おい、待っ…………」



そんなものはメイドにでも命令しろ、と俺が言う前に、ガッシュは弾かれたように執務室を飛び出す。「すぐに戻るのだああああぁぁぁ……」と叫ぶ声は、激走する速度に伴って消えていく。



「ったく……大丈夫…か?」

「……えぇ、…」



全身ずぶ濡れとなったアリアは、ぽたりと髪を伝う雫を拭って気丈に振る舞うが、すぐにぶるりと身を震わせる。
そして、何を思ったのか、唐突に濡れすぼった上着を脱ぎ捨てた。



「ばっ…おい、何を……!?」

「何って、濡れたから脱ぐのよ……このままじゃ、体温を奪わ、れ……」



突如現れた白い肌に動揺する俺とは反対に、平然とした様子で言ったアリアだが、そこで小さなくしゃみを零す。
鼻を啜りながら、バツが悪そうに顔を歪めるその姿に、俺の目は釘付けになった。



ふるふると寒さに震える白い肩に、髪から落ちた水滴が伝う。

濡れたせいでぴたりと躯に張り付いた服は、胸の膨らみや腰の細さをまざまざと俺に見せ付ける。



「…〜――――――!!!」

「……え、?」



本人の自覚の無さが余計に質が悪い。
手に取るように分かる女性特有の線を見ていられなくて、俺は自身の身に纏っていたマントをがばりと頭から被せてやった。



「なに……?マント…」

「今はそれでも被ってろ……!!」



体調が思わしくないからから、とろんとした眼差しで俺を見るアリアの肩を掴み、脱がないようにがっちりと押さえ付ける。


これ以上は勘弁してくれ、と唸るように言おうとしたら、ふいにガクンとアリアの躯が大きく傾く。
慌てて抱き留めれば、既に意識は手放しているようだ。

水を被ったせいで熱でも出したのか、堪えていた不調の箍が外れたのか、それともその両方か。腕の中に納まったアリアから、穏やかな寝息が聞こえてくる。



どちらにせよ、もたれ掛かる細い躯を放り投げる事も出来ず、欲求のままに気を失った彼女に手を出す訳にもいかない。
暴れる鼓動と崩れそうな理性の壁に頭を悩ませながら、俺は今日一番の大きなため息を吐いた。



【今一番に思うこと】


取り敢えずガッシュ、早く帰ってこい!




「大馬鹿野郎!」と叫んだゼオンさん素敵過ぎるうううう…!!最後の早く帰ってこい!は何か可愛いとか思ってたりニヤニヤ(^^)やっぱりゼオンさんはレッドさんより奥手と見た\(^o^)/

素敵な小説ありがとうございました!





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