蒼凰守護壁


そんな人間の存在を

鮮血の守護者が許すはずも無い



【蒼凰守護壁】



「…――――?」



久々の買い物の最中、鼻歌でも歌い出しそうなくらいの上機嫌で歩いていたアヤは、ふいにスキップでも踏みそうだった足を止める。



「…?アヤちゃん、どうかした?」

「あ、いえ……なーんか誰かに見られてるような気がして……」



共に並んで歩いていたシンオウ地方チャンピオンであるシロナが振り返り、急に立ち止まった若い友人の顔色を覗き込んだ。栗色の髪を揺らし、後ろを窺っていたアヤは前に向き直り、おかしな感覚に首を捻りながらシロナの言葉に答える。
実は、この"誰かに見られている"ような感覚、アヤにとっては今が初めてではなかった。


元々感覚が鋭敏なアヤは、ここ数日の付き纏うような視線に早い段階で気付いていた。
けれど、勘違いという可能性も捨て切れず、その後も誰に相談する事なく黙認していたのたが、人通りの多い場所では殊更顕著に感じてしまう。



「あらヤダ。それって変質者とか……?」

「いえ、そこまでは分からな…………シロナさん、どうしてモンスターボールを握ってるんですか……?」

「だって危険な芽は早々に摘むべきでしょう?」

「素敵な笑顔で何危ない事言ってるんですか止めて下さいボール仕舞ってぇぇぇぇぇ!!!」



アヤの保護者的立場にあるシロナはにっこりと爽やかな笑顔を浮かべ、鍛え抜かれた相棒の入ったボールを揺らす。優しい笑顔の裏に見える黒いオーラに、アヤは頭をぶんぶんと振りながら慌てて絶叫するが、シロナに納得した様子は無い。く、と綺麗な唇を不満そうに尖らせる。



「でもねアヤちゃん、貴女って一応有名人なのよ?」

「へ!?……あー、まぁ……トップコーディネーターですし……それが……?」



嘆息混じりのシロナの台詞に歯切れ悪く答えたアヤは、心底不思議そうに首を傾げる。
そんなアヤの反応に、シロナはもう一つ大きなため息を吐いた。



「有名人ってことは、それだけ顔が出回るってことよ。アヤちゃんになら、ストーカーの一人や二人居てもおかしくないわ」

「…ス、………!?」



普段聞き慣れない単語の登場に、アヤはヒクリと口の端を引き攣らせた。けれど、すぐに強張った肩から力を抜き、ヘラリと緊張感の無い笑顔を浮かべる。



「まっさかぁ!シロナさんみたいな美人ならともかく、ボクみたいな奴にストーカーなんか……」

「何言ってるのアヤちゃん!貴女自分の魅力分かってるの!?」

「ふぇ!?」

「サラサラな栗色の髪、空のような透き通った蒼い瞳にスラリとした華奢な体型……魅力的な要素は山ほどあるわ!!」



一つ一つの要素を指を折りながら数え上げたシロナは、身長差があるため唖然としているアヤを自然と高い位置から見下ろす。



(えーっと……仮にもし、ボクにストーカーが居たとすれば…――――)



シロナの言葉で多少の危機感を抱いたアヤは、仮定の場合を頭の中で描いてみる。

もしもそのような事態に陥れば、チャライ恰好をしたドラゴン使いのお兄さん、石マニアの変態お兄さんだけではなく、僻地に済む暴力万歳な実兄までもが飛んで来ての大騒ぎになるだろう。想像するだけで背筋が震えてしまう。
更には、恋人である鮮血の瞳の彼がそんな人物が居ると知れば…――――色んな意味で戦慄した。



* * * *



「おい、今こっち見たんじゃねぇか……?」

「あー…かもしれねぇが……ま、気付かれてはないだろ」



薄暗い路地の一角にて、数人の男が群れを成していた。
その手にはあるのはデジカメ等の画像、映像機器で、ディスプレイ映るのは…―――今まさにストーカー疑惑に頭を悩ませる、一人の少女の姿。



「はー…にしても、可愛いなぁ……蒼凰……」

「声聞きてぇなー……」

「おい、後で写真と動画のデータコピーさせろよ!?」



恍惚とした表情を浮かべ、自身で撮影した動画や離れた場所に立つ蒼凰ことアヤを眺めるこの集団こそ、まさにストーカーの一団であったりする。陰湿な会話を繰り広げる者達にとって、隠し撮りしたこれらの品がどのような目的で使用されるのかは想像に難くない。



小声で会話を続ける集団の背後で、パリ、と静電気が走った。


* * * *


あれもこれもとアヤの美点を挙げていたシロナだが、ふいに言葉を切って微笑みを浮かべる。悪戯っぽく瞳を光らせ、「でも、」と言葉を付け加えた。



「此処は私の出る幕じゃないわね」

「……?」

「ほら、」



くすりと笑ったシロナは、目を丸くするアヤの後ろを指で示す。
不思議に思ったアヤが首を巡らせたその瞬間、けたたましい音を立てて眼前を何かが飛び抜けた。



「…………!!?」

「容赦無いわねー」



空を飛んだ何かを視認する間も無く、更なる追撃の電撃が走る。


周囲が騒然となる中、電撃の発せられた路地裏から姿を現わしたのは、生ける伝説その人だ。



「レッド……!?いいい、今の何……!!?」

「知らん」

「えぇぇぇぇ……!?」

「ふふ…」



突然の出来事に舌が回らず、吃るアヤとは正反対に、ぱたぱたと埃を払うレッドの口調は非常に淡々としたもの。肩に乗っていたピカチュウはパリ、と頬にある電気袋から静電気を発し、嬉しそうにアヤに向かって一鳴きする。
ストーカー達の末路を哀れに思いつつ、それでも同情心など欠片も抱いていないシロナは淡く笑い、ぽんとアヤの肩を叩いた。



「もう少し買い物して遊びたかったけど、午後からは彼との約束があるものねー……大人しく退散するわ。あ、ついでに後片付けもしといてあげる」

「ちょ、あの、シロナさん……!?」

「行くぞ、アヤ」

「え…えぇぇ……!?」



本日の待ち人であり、ストーカー軍団を蹴散らしたレッドは混乱するアヤを連れて歩き出す。
その後、その街ではシンオウ地方のチャンピオンが、黒焦げになった謎の集団を引きずっていたと少し話題になったらしい。



蒼凰守護者壁


「い、一体何だったの……?」

「……よそ見していて良いのか?」

「え、」

(お願いだから、少しは自覚を持ってくれ)




はい。まずは彼女に手を出すなら俺を踏み越えてみろと言わんばかりのレッド氏!
壁は厚いぞ…!黄色い悪魔に焼き付くされる覚悟でとっかからないと駄目です、というお話!死を覚悟した方がいいと思った\(^o^)/

素敵な小説ありがとうございましたぁああ!





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