伸ばした手の先



その先の感情に胸が震える

貴方が、足りない



【伸ばした手の先】



しんと静まり返ったリビング。
ほかほかと温かな湯気を出すティーポットを前に、本日何度目かの深いため息が落ちる。



「あーあ……」



机に突っ伏し、脱力しながら息を吐けば、唸るような低い声が絞り出た。情けなさ過ぎる自分に呆れつつ、ちろりとボク以外誰も居ないテーブルを眺める。


一緒にお茶を楽しむ筈だったレッドが、突如訪問したグリーンさんに強制的に会議へ連れて行かれたのは、ほんの数分前の出来事。



「行きたくない」と駄々を捏ねるレッドの背中を押して見送ったものの、ボクだって内心では離れたくなんかなかった。

シンオウでの辛い冒険を終え、長い旅の末に再開出来たボク達は、ようやく結ばれることが叶った。
それ以来、片時も離れることなく側に居られるようになり、今まで離れ離れになっていた期間を埋めるようにその時間を堪能した。


たくさんたくさん、愛してもらった。そこに不満がある訳じゃない。
でも、それでも"これ以上"を望むボクは、一体どれだけ我が儘なんだろう。



そんな子供のような独占欲をグリーンさんやチャンピオンの人達…――――何より、当人であるレッドにも知られたくないから、溢れる想いを堪えて燃える瞳を見送った。彼の友人やその周囲の人間に少なからず嫉妬しただなんて、とてもじゃないけど言えないから。

その結果、一緒に楽しむために用意していた午後のお茶は全てが無意味に。敷かれた真っ白なテーブルクロスにティーセットやお茶受けなど、今となっては広すぎる机に在るもの全てが虚しかった。


彼の瞳にそっくりな模様のティーカップを、腹立ち紛れにピンと弾いた。


* * * *


随分と長い時間が経過したように思う。
明るかった室内には今や色濃い影が満ちていて、すっかり冷めきった紅茶の香りが鼻を刺す。手持ち達も皆ボールに入っているため、静寂を砕くものは何も無い。



机に突っ伏したまま身じろぎ一つしなかったため、硬くなった体の節々が地味に痛かった。けれど、早く、早く会いたいという気持ちばかりが先立って、他の事に頭が回らない。
色を失くしたように無機質になった世界で、貴方の帰りを、ひたすらに待っていた。



…―――――バサ、


聞き慣れた羽音が空に響いた。


研ぎ澄まされたボクの聴覚は確かにその存在を受け取って、その瞬間にボクの体は跳ねるように起き上がる。
確認せずとも分かる。窓からちらりと見えた橙色の体にぱっと世界が輝いて、転びそうになりながらも玄関に向かう。もどかしく思いながらドアノブを捻り、勢いよく扉を開いた。



「お帰りなさい!!」

「……ただいま」



走る勢いをそのままに、帰って来たレッドに抱き着けば、その手は優しく受け止めてくれる。
広い胸に頬を寄せれば、聞こえる鼓動や伝わるぬくもりに愛しさが込み上げて、無意識の内に顔が緩んでしまう。確かに此処に居るのだという感触を体全体で味わっていたら、静かな囁きが落とされた。



「―――――…悪い、アヤ」

「え?―――ひゃあっ!?」



唐突な謝罪の言葉に首を傾げたら、そのままひょいと体を抱き上げられた。ボクの口からは、相変わらずな変な声が飛び出す。この状況が理解出来なくて呆然としていたら、我慢出来ない、と低い囁きが耳朶を掠めた。
言葉の意味を悟った瞬間に自分が赤くなったのが分かり、溢れる愛しさで胸が震える。

けれど、用意したまま放置していたお茶のセットを思い出し、そのまま行為に発展するのに躊躇する。先ずは、あれを片付けなくてはならない。そのことを伝えようと口を開いたけど、ボクを抱いたレッドはそんなものはお構い無しに家に入り、寝室へと直行した。


照明を灯していないため、ほの暗い室内には色濃い影が充満している。

ボクをベッドに下ろしたレッドは、赤い帽子を脱いでから隣に来る。二人分の体重に、元々はボク一人で使っていたベッドのスプリングが悲鳴を上げた。



ボクを見詰める紅い瞳と視線が合う。

艶っぽく濡れた瞳は無言でボクを映していて、それ以外のものは何も無い。自分だけを見てくれているのだという事実に、愛しさや嬉しさが堪らなく増していく。


壊れ物を扱うように優しく触れた指先が、そっとボクの頬を撫でる。そのまま白いシーツに散らばる髪を追い掛けて、何も言わずに唇を重ねた。



「…ん……」

「…………っ、」



触れるだけの優しいキスに、頭の中が溶けてしまいそうなくらいに真っ白になる。薄着をしていた為、馬乗りのようにしてボクに覆い被さるレッドの体温がストレートに伝わり、それすらも理性を崩す一因となった。


広い背中に腕を回し、更に深く抱き合って隙間を埋めるように密着する。
絶え間無い口付けで、躯の奥の奥に隠れている、普段はピンと張り詰めている芯が揺れるような感覚にさえ陥った。



深まるキスの合間、求めるように手を伸ばせば、応えるようにレッドの指先と絡められる。
甘い感覚に溺れ、ただただ広がる愛しさに身を委ねた。


伸ばした手の先
その手の先には
必ず貴方が 居てくれるから






ごちそうさまでした…!
もう!もうお互いが好きだぁあああああ!と伝わって来ますビシビシと…!彼にはいつまでも愛出て欲しいです(^^)
やはり十五夜はこのカップルが幸せの形が一番よく出ていると思います。それを形にできるミコちゃん凄く尊敬…!

素敵な小説ありがとうございました!




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