真夏の予防線



越えられない一線

踏み込んだのは、暑さ故の理性の崩壊



【真夏の予防線】



ここ数日、蒸し暑い日が続いていた。
近年稀に見る太陽の活躍ぶりに農作物がやられただの、水源が干上がり生活水すらままならないと問題が多発し、王宮はその対応に追われている。

魔界の民を襲うあまりの現状に、王であり弟であるガッシュは精力的に取り組んでいたが、そろそろ集中力の切れる頃だろう。今にも暑さにやられて「川に泳ぎに行きたい」だの「ブリを釣りに行きたい」だのと言い出しそうで、お目付け役でもある俺にはこっちの方が頭の痛い問題だ。



(全く…この糞忙しい時に……)



そんな王補佐である筈の俺は、王立図書館で貯水処理についての資料を目下捜索中。こんな仕事はもっと下級の部下にやらせたいところなのだが、人員不足が祟って欲しい資料は自分で捜さなければならないのだ。



古くからの書籍が数多く保管されているため、王立図書館は常に空調が完備されている。あまりの居心地の良さから離れがたくなる前に、さっさと資料を集めてしまおう…――――と、手当たり次第に書棚を漁っていた時だ。



(……ん…………?)



色素の薄い何かが、ふらりと視界の隅を横切る。
活字を追っていた視線を上げ、その正体を捜して目を泳がせれば、豪奢な金の髪が風に揺れた。



「あら……ゼオン…?」

「…………アリアか」



互いに仕事が山積みだったため、王補佐であるこの魔女殿に会ったのは随分と久しぶりだ。
そんな、数日ぶりに見たアリアの姿に、俺の眉間に一気に皺が刻まれる。



「お前、どうしたんだ?」

「…………………え?」



少し眠たそうな表情のアリアは、気怠そうに肩を揺らして俺に向き合う。一拍置いた後、小さな頭を僅かに傾けながら疑問符を浮かべる。
アリアは体の構造が俺や他の魔物と異なり、限りなく人間に近いものとなっている。そのため、連日の猛暑で睡眠を脅かされ、寝不足による体調不良と言ったところか。


問題が無い、と言えば語弊が生じるかもしれないが、俺としては彼女の体の構造に対して特に意見するつもりは無い。



問題なのは、その服装だ。



「何がどうして、そんな薄着なのかと聞いている」

「あぁ………」



ようやく合点がいったのか、ぼんやりとした調子で自信の体を見下ろしたアリアは、「だって、」と言って唇を尖らせる。



「だって、ここ数日とっても暑いじゃない」



今日のアリアは、普段の黒と白のツートンカラーな服装とは異なり、膝丈の白いワンピースを身に纏っていた。暑いから、という理由が示す通り、その服は普段のものと比べて極端に布が少ない。肩や背中、二の腕等があられもなく露出していて、その肌の白さにくらりと目眩がする。


そういえば、さっき図書館に向かう途中の廊下で、見回りをしていた兵士が妙に浮足立っていたが……こいつが原因か。



「上着を着ろ」

「はぁ……?……なんでまた、そんな事しなくちゃならないのよ」

「風紀が乱れる」

「……学校の教師みたいな台詞ね、それ」



呆れたように俺を見るアリアは、つい、と柳眉を吊り上げる。暑さと怠さで機嫌が悪いのだろう。今日のこいつは、いつになく反抗的だ。

王族教育を受けついたため、一般教養の何たるか、教師とはどういうものなのかという疑問の答えは、どうしたって俺には知る由も無い。そのため、風紀云々の発言が本当に教師じみた台詞かどうかは分からないが、今の言葉が褒め言葉ではないことくらいは分かる。
話しが終わったと思ったのか、アリアはため息をつきながら「それじゃ、お仕事頑張って下さいね」等と言いながら背を向ける。くるりと短くも長くもないスカートの裾を翻し、歩き出したその背中を衝動的に抱き寄せた。



「きゃっ……」

「……――――」

「な、なにを…………!?ふぁっ……!!」



互いの手から零れた資料が、固い床にバサバサと落ちた。

細い腰に腕を回し、しっかりと逃げられないようにしてから露出している肌に指を這わせる。暑かったため、普段は着用している手袋を外していたから、その体温が直に伝わった。

どうにか抵抗しようとするアリアを力ずくで押さえ付け、普段は隠れている肌にゆっくりと顔を寄せる。露出している肩甲骨に唇を押し当てれば、高い声が図書館内に響く。
自分の出した声に驚いたのか、それとも図書館の反響の良さに危機感を覚えたのか、アリアは蒼白だった顔を真っ赤にして口を手で塞ぐ。こちらとしては、騒がないなら好都合だ。



「…ふっ……やぁ……!!」

「………………」



堪えていても、その口からは弱々しい嬌声が漏れ聞こえる。慣れない行為に成す術も無いアリアの背中を、つぅ、と舌で舐め上げれば、華奢な肩がビクリと跳ねた。
気休め程度の僅かな抵抗は全て無視し、そのまま上へ上へと位置を変え、折れそうな細い首に、かぷりと噛み付いた。



「……痛っ…」



滑らかな肌に吸い付けば、思わぬ刺激にアリアの体が強張る。
白い肌にくっきりと咲いたキスマークに満足した俺は、カタカタと震える体から腕を解いて開放してやった。



「な……!?…ちょっと!!」

「薄着をしているお前が悪い」



こんな目立つ所に、と憤慨するアリアだが、こちらの言い分も弁えて欲しい。



「…悪い虫避けをしたければ、上着くらいは着るんだな」

「…………!!!」



紅い花の咲いた部分に手を押し当て、わななく魔女の耳元で笑いを堪えながら言ってやる。そうすると、二の句を告げなくなったアリアは悔しそうに唇を噛み締め、踵を返して走り出す。


遠退く背中をクツクツと笑いながら見送り、落とした資料を拾い上げた。



真夏の予防線

なんの予防かを考えるのは、いつかの日に取っておこう




雷帝と魔女ああああああああ!!!←
つつつついに手を出した雷帝様ぁああああ…!彼はきっとレッドさんとはまた一味違った良い感じの独占魔だと思います。
他人にも彼女にも気付かなさそうな処に刻み込むこととかしてそう…!

素敵な小説ありがとうございました!




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