千年の節目


千年の折

その瞬間は訪れる



【千年の節目】



ぼんやりと王宮の廊下を歩いていたゼオンは、ズキリと走った腕の痛みで顔をしかめた。激痛により額に滲んだ汗を拭い、怠さが充満した体で赤黒く染まった腕を押さえ込む。



(俺としたことが…――――堕ちたものだな)



嘲笑めいた表情を浮かべたゼオンは、とん、と廊下の壁にもたれ掛かって目を閉じる。痛みを紛らわせるように息を吐き、ぼんやりと紫雷の瞳をさ迷わせた。



今日のゼオンの仕事は、王都からそう離れていない街を襲った暴徒の捕縛と討伐だった。
討伐任務での負傷。今更珍しいものでは無い。魔物という種族であるが故、ゼオンにとって戦闘とは生きる事と同じ意味を持っている。戦わなければ生き残れないし、戦わなければ生きていることを実感出来ない。


かつて訪れていた生温い世界を思い出し、ゼオンは苦笑を漏らしてもたれていた壁から背中を浮かす。甘い種族である、と散々馬鹿にした頃もあったが、結果としてこうも感化されてしまった自分が居るのも事実だからだ。



「……――――ゼオン」



ふいに、凜とした声が静かな廊下に響いた。
名前を呼ばれたゼオンはその声で誰かは分かったため、嫌な奴に見付かった、と眉間に皺を寄せてゆるゆると首を巡らせる。



「……何だ」

「何だ、じゃないわよ。そんな怪我で何処に行くつもり?救護室は反対方向よ」



暗く長い廊下に、豊かな金の髪が僅かな光源に照らされる。
突如現れた忘却の魔女の台詞に、ゼオンは不機嫌そうにマントを翻す。カツカツと靴音を立てながら近付いて来る魔女と向き合い、白いマントの下に血に濡れた腕を隠す。



「お前には関係無い」

「関係有るわ。仕事に支障が出るもの」

「この程度なら、どうということは…――――」

「嘘言わないで」



ぺし、とアリアの手がゼオンの額にハンカチを押し付ける。滲んだ汗を優しく拭ってやり、ため息を吐くアリアの表情も、ゼオンに負けない程に不機嫌そうだ。



そのまま無言でゼオンの手を掴み、反論も無視して救護室に向かって歩き出した。



* * * *



「……っ!!おい、染みるぞ!」

「当たり前よ。消毒してるんだから」



びりびりと痺れるような感触に、ゼオンは腹立ち紛れにアリアに怒鳴る。けれど、それに対する反応は実に淡々としたもので、恐怖の雷帝に叱責されようと怯えた様子は全く無い。嫌がるゼオンの主張などには耳も貸さず、アリアは黙々と作業を続行する。

医師が偶然不在だったため、ゼオンを救護室に連行したアリアはそのまま手当てを施していた。
免疫の無い者が見たら卒倒してしまいそうなくらいに悲惨な切り傷を前に、顔色一つ変えずに治療をする。彼女も王を決める戦いに参加した猛者の一人であり、流血などと言った怪我に対する抵抗は滅法少ないのだ。



「今日の怪我、随分と大変な状況で負ったようね」

「誰から聞いた?」

「ガッシュ」



消毒を終えたアリアは、深い切り傷に魔法薬を塗り込みながらぽつりと言う。眉をひそめながら問われた言葉に、これまた淡々と答えた。



「今回の任務は捕縛、若しくは殲滅でしょう」

「………………」

「よくもまあ、全員殺さないで捕まえたわね」



シュル、と白い包帯を手の中で伸ばし、アリアは薄紅色の瞳にそれを映す。えぐれた傷口にガーゼを添え、上から包帯を巻いていく。



「殺さないにこしたことは無いけど、変に苦心して負傷したんじゃ意味が無いわ」

「…………五月蝿いぞ」

「反論はそれだけ?」



包帯の端を切り、しっかりと結んで手当てを終えたアリアは、俯き気味だった顔をようやく上げる。感情の乏しい瞳をすっと細め、睨むようにゼオンを見据える。



「貴方、昔と比べて随分と変わったわ。善くも悪くも、ね」

「…―――――」

「甘くなった」



遠慮の無い一言に、紫雷の瞳も細められる。けれど、そこには暴君と呼ばれたかつての姿は無い。孤独な統治者が一人、牙を収めて静観している。



「……やっぱり、あの戦いは試練だったのね」



茫洋と囁かれた言葉が示すのは、かつて繰り広げられた千年に一度の戦い。魔界の王を決めるために人間界で行われた、総勢100名のサバイバルレース。



「…私にとっては、得たものも失ったものも多い戦いだったわ」

「……何が言いたい?」



脈絡も無く話を続けるアリアを訝しく思ったゼオンは、ついに疑問の言葉を投げ掛ける。
そんな刺すような視線を受けるアリアは、"魔女"の名に相応しい、怪しく艶めいた微笑を浮かべた。



「……今の貴方は、嫌いじゃないってことよ」

「…―――――は、」



散々こき下ろした末に言われた肯定的な言葉に、ゼオンはぽかんと間の抜けた声を出す。それは、年相応の幼さを残した、久しく見ることの無かった表情。


くすりと笑いを零したアリアは、静かに椅子から立ち上がって「安静にするのよ」と言い残して身を翻す。
言葉を失う雷帝をそのままに、ひらりと服の裾を揺らして救護室から姿を消した。



千年の節目


想いの代わり目も、唐突に



雷帝に傷の手当て…!渋々治療を受ける彼も、やれやれと言った感じで治療する彼女も雰囲気が似合いすぎていてニヤニヤ\(^o^)/
二人には静かに思いあっていて欲しいと思うのですが、ドストライク過ぎてミコちゃんを崇めたくなりました!

ありがとうございました!




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