大切な人と


偶然出会った、不思議なトレーナーさん



【大切な人と】



すっかり暗くなった空の下、微かに夕の色が残る方へ歩く、パーカーの彼女。
いくらなんでも、このまま別れるわけにはいかない。巻き込んでしまったことも、助けてくれたことにもお礼をしないと。



「ちょっと待って!」

「……何か?」

「えっと……助けてくれて、ありがとございます」

「…感謝されるほどのことはしていません。ただ単純に、私がああいった類の人間が嫌いなだけなので」

「でも、ボクはとっても助かったので…それで、お礼にお茶でも…ご馳走させてくれませんか?」



早足にこの場を去ろうとするパーカーの彼女に追い付き、何とか呼び止める。こちらを振り向いた彼女の淡々とした声に、しどろもどろ用件を伝えれば、何だか困ったような雰囲気が微かに滲んだ。パーカーのフードで顔の半分以上が隠れていても、ボクならそれくらいは分かる。



「……先程の電話の方は、よろしいのですか?」

「え?ああ…向こうはまだ時間掛かりそうだし、大丈夫ですよ」



レッドなら、今頃暴走族を再起不能なくらいに痛め付けているだろう。それを待つ間、彼女にお礼をしていても問題は無いはずだ。
僅かな逡巡の後、「それでしたら、」と短く言った彼女の返事にほっと安心したボクは、取り敢えずと手近な喫茶店へと入る。



財布を持たないボクがその事実に気付いたのは、店に入ってメニューを目にしてからなのだった。



* * * *



「それでは、やはり、あの伝説の…―――」

「あ、うん。そうなん、です…」



財布を持っていないことを思い出したボクは冷や汗ダラダラに、けれど誘った手前何も口にしないわけにもいかないので、取り敢えず注文した紅茶のカップを手に包む。こうなったらレッドが来るまで話し続けるしかない。

今の話題は、もっぱらボクの待ち人、生ける伝説レッドについて。先程の電話の相手が“あの”レッドだと知ったパーカーの彼女…――――ユウちゃんは興味を持ったらしく、どんな方なのですか、と綺麗な丁寧語で尋ねてきた。
会話を途切れないようにと必死になったボクは、レッドの性格や超人っぷり、ジャケットコレクターであることなどの他愛のない話をして、仕舞にははボクとの馴れ初めなんかも話してしまった。何を言ってるんだと自分で自分にツッコミたい。



「それで、無理矢理連れてかれた怒りの湖からロケット団のアジトに侵入して、そこで助けたイーブイをレッドにあげたんだ」

「…イーブイを?」



悪人面が見たかった、という今考えるとかなりアレだった侵入理由は伏せ、今はレッドの手持ちとなったイーブイについて話す。ボクにはちっとも懐かなくて正直可愛くなかった子だけど、やっぱり研究に使われていたあの子は可哀相だと思う。あ、なんか段々怒りが沸いて来た。



「ポケモンを実験台にしたりして、ロケット団って本当に酷いよね!そう思うでしょ!?」

「いえ、私は特には」

「……え?」



当時のことを思い出したらあの時の不快感が蘇り、ついつい語尾が熱くなった。けれど、ボクとは反対に冷静なユウちゃんは、優雅にカップを口に運ぶ。コーヒーを一口飲み、淡々と言い切った。
フード越しに見える、孔雀石色の瞳が静かに細められる。



「アヤさんは、お優しいんですね」

「いや……」



す、と緩む口許とは対象的に、瞳は温度を失くしていく。
柔らかく弧を描く唇や、穏やかな口調から今の言葉が本心なんだとは分かる。でも、氷のような眼差しは、笑っているけど笑っていない。僅かな緊張感がテーブルに満ちた。



「あ、レッド」



カラン、と入口の開閉を知らせる鈴が鳴り、そちらを見れば今さっきまで話題となっていたレッドが居た。そっちが終わるまで喫茶店で待ってる、とメールを送っておいたから、多分暴走族達を片付けてきたんだろう。服に泥すら着いていないのは、流石レッドと言うべきか。遠くからサイレンの音が聞こえるけど、それは気にしないことにしよう。



「それでは、今度こそ失礼します」

「え!?」



中身が半分残ったカップをソーサーに置き、ユウちゃんは鞄を手に腰を浮かす。椅子の横で寝そべっていたグラエナも、主人に倣って立ち上がった。



「ご馳走様でした」

「もう行っちゃうの!?折角レッドも来たんだし、もっとゆっくり…――――」

「いいえ、」



慌てて喋るボクの言葉は、ユウちゃんの「恋人達の逢瀬を邪魔するわけにはいきません」という台詞にやんわりと遮られる。
レッドとの関係を『恋人』などと露骨な言葉で表すのに未だに慣れていないボクは、火がついたように顔を真っ赤にさせ、その間にユウちゃんは鞄を肩に掛けてくすりと笑う。



「お話、楽しかったです。機会があればまた誘って下さい」

「あ…はい……」



口許に笑みを浮かべ、ユウちゃんは丈の短いスカートをふわりと揺らしてボクに背を向ける。そのまま出口に向かって歩き出し、フードの耳がピコピコと可愛らしく揺れた。



「……今の、誰だ?」

「ぅおわ!?…レ、レッド……」



ぽかん、と離れていく耳の付いたフードの後ろ姿を見ていたら、唐突に背後から話し掛けられた。
油断していたボクは喉から心臓が飛び出るかというくらいに驚き、レッドはすたすたと歩いて店を出るユウちゃんを見る。



「暴走族に絡まれたところを助けてくれたトレーナーの子だよ。今はそのお礼してたの」

「……トレーナー?」

「うん。ところで、何で電話途中で切ったの?」

「あいつらが『電話なんかしてる余裕あんのか』と言ってきたから、本腰を入れて捻り潰してきた」

「…………」



うん、そんなこったろうと思ったよ。

やれやれと痛む額をさするボクを余所に、トレーナーという言葉に反応したレッドは、紅い瞳をすっと細めて早足に店を出る。
ポケモンオタクでありバトル狂でもあるレッドは、ユウちゃんの連れたカント−、ジョウトでは珍しいグラエナに興味を引かれ、そしてそれなりの実力有りと見なしたのかバトルを申し込みに行ったのだろう。いつかの石化したダイゴさんが脳裏に浮かび上がり、レッドの絶対零度の視線にユウちゃんを晒すわけにはいけない、と後を追おうとしたボクだが…――――



「お客様、お会計」

「!カムバーック!!レッドォォォォォォ!!!!」



財布を持たないボクは店から出ることも叶わず、他のお客さんの迷惑も考えずにレッドの名を叫ぶのであった。



* * * *


「おい」



太陽はほぼ沈み切り、ちらほらと星も見え始めた中、それでも微かに残っている夕闇に向かって歩く一人の女に短い言葉で呼びかける。喫茶店でちらりと見ただけだったが、特徴的な服装とこの地域では珍しいポケモンを連れていたからすぐに追いつくことができた。
俺の声に気付いたのか、女は半身だけを捻らせてこちらを見る。俺と似た黒い髪がパラリとフードから零れ、小さく息を飲む音が聞こえた。



「貴方は…レッドさん、ですか?」

「……ああ。お前はトレーナーのようだが」

「まぁ、一応。でも、貴方よりは弱いですよ」



俺が追いかけてきた理由が分かったのか、先んじて暗に勝負を拒否される。
隣に控える、確かグラエナとかいう他地方に生息するポケモンのよく育てられている様を見れば、ある程度の実力なのだということは分かる。けれど、相手に闘う意思が無いのであれば、無理に勝負を仕掛けてもその実力を発揮してくれる訳がない。
諦めて、もう一つの要件を言うことにする。



「アヤを助けてくれたようだな」



礼を言う、と端的な言葉を続ければ、女は唇を噛み締めて俺を見据えた。睨んでいる、という表現が的確だろうか。



「…降り掛かる火の粉を払うのは当然の行為ではありますが、自分の恋人を守りたいなら、もう少し考えるべきでしたね」



僅かに険の含まれた言葉に、思わず眉根が寄る。別に不愉快だと思ったわけではなかったが、相手はそう捉えたようで「まぁ、いいです」と話を無理矢理に終わらせる。
そして、女はくっと顎を引いて俺を見返した。それにより目深に被っていたフードが若干ずれ、隠れていた孔雀石色の眼差しが垣間見える。



「お礼の言葉でしたら、もう結構です。既にアヤさんにお茶をご馳走になっていますし、なにより…―――私の方こそ、貴方に感謝するべきなのですから」

「……何だと?」



要領を得ない言葉に、眉間の皺は更に深くなる。訳が分からない、という俺の感情を読み取ったのか、女は強張らせていた口許をふっと緩めた。ずれたフードを被り直し、唐突に新たな会話の種を撒く。



「数年前に、貴方はロケット団を壊滅させましたよね」

「……確かに、あいつらを壊滅させたのは俺だ。けれど、それと何の関係がある」

「………貴方の知らないところで不幸になった者も居れば、救われた者も居るんです」



女は明確な表現をせず、どこか遠回りで、ひどく主観に沿った言葉を選ぶ。
その真意の奥を探るために更なる追求をしようと口を開けば、女はすっと手を上げ、互いに淡白であり続けた会話の終わりを告げる。これ以上は、もういいのだと。



「恋人は大切にするべきです」



少なくとも、一緒に居られるその間だけでも。



そうとだけ言い残し、背を向けた女は夕闇に溶けるようにして歩き出す。最初から最後まで、意味深な言い回しをする奴だった。



* * * *



喫茶店に戻ったレッドは、ぽつんと席に座ったままのアヤに何故追ってこなかったと問い詰めた。
すると、対するアヤは涙目になりながら財布を持っていなかった自分がいかに居たたまれなかったかと逆上し、レッドが持ちっぱなしにしていた鞄を引っ手繰るようにして取り戻す。胸に抱いた鞄から財布を取り出し、よほど怒っているのかさっさと会計を済ませて店を出てしまった。


肩に居るピカチュウに視線を移せば、早く追いかけろと目が言っている。


恋人は大切にするべき。

一緒に居られる間だけでも。



落とすように呟いたユウの言葉を思い出し、レッドは歩調を速めてアヤの後を追った。
今日アヤに会えたのは『バレンタイン』という特別な日だからであって、このあと別れれば再び互いの道を進むことになる。また暫く会えなくなるのだから、このまま喧嘩別れするのは勘弁したいと思ったのだ。



数十分後、レッドがアヤを背後から抱き締める様子を偶然見かけたユウは、自嘲気味に笑いながら相棒の頭を撫でる。そして、何となしに、決断した。



「……ホウエン地方、行こうかな」


あったかいところに行きたい。
独り言のように、そう漏らして。



大切な人と

限られた時を共に過ごして



――――――――――

なななななまさか続編があるなんてっーー!!
ユウちゃんが相変わらずカッコイイクールビューティーな女性でもうニヤニヤニヤニヤ←
そしてレッドさんの一挙一動がもうニヤニヤものです(ニヤニヤ)もう再起不能になった不良共ドンマイですね!本腰入れて捻り潰しされた救急車行きな不良ドンマイ!

アヤが財布を忘れるだなんて普通に有り得る話しでウケました…!!財布忘れたぁあああ!!とかイイ感じ叫んでそうです^^*カムバックレッドの叫びも素晴らs(何か主旨反れてるぞ)

ミコちゃん素敵な小説ありがとうございました!




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