暮色恋模様



聞き馴染んだ高い笛の音が鳴り響き、傾きだした太陽を見上げる。

早くしないと、間に合わない。



【暮色恋模様】



胸元のスカーフを結びながら更衣室を飛び出し、扉を閉める前に壁に掛けていた時計を見る。
今日はシャワーを我慢したから、大分時間を短縮できた。尤も、シャワーを浴びない代わりに、制汗剤を噎せる程に体に吹き掛けたのだけれど。


「あ、居た」


どうも上手くいかないスカーフを諦めてテキトーに結び、鞄の紐を持ち直して走り出そうとした瞬間、聞き覚えのある声がして大きく肩が跳ねる。
恐る恐る、ゆっくりと振り返れば、そこにはタオルで汗を拭いているヒカリちゃんが。


「ヒ、ヒカリちゃ・・・」

「あれだけ走り込みした後に、よく走れましたね」


鞄を胸に抱き、一歩二歩と後退れば、ヒカリちゃんも同じ歩数分前に出る。腰の引けているボクと彼女との距離はあっという間に詰まり、感情の読めない漆黒の瞳に見据えられる。


「ミーティングの最中に突然走り出すんだから、皆大騒ぎでしたよ」

「いや、あの、これにはのっぴきならない事情が・・・――――」

「ワタル先生怒ってましたよ」

「・・・・・マジで?」


陸上部顧問とは思えないくらいにジャラジャラとアクセサリーを飾り付けた、国語科教師の姿を思い浮かべる。
普段は授業の最中にドラゴンポケモンについてばかり語るような、教師としてどうかと思うような人だが、凄く優しくて人望もある先生。けれど、普段温厚な人ほど、怒らせるとかなり怖い。


(笑いながら怒るのが怖いんだよね、あの人・・・)


ボクの問い掛けに首肯で返事をし、「かなり、怒ってました」と続いたヒカリちゃんの情報に目眩がする。


「それにしても、どうしたんですか?急いでいたようですが」


『陸上部』とロゴの入ったタオルを右手に持ち、首を傾げたヒカリちゃんの言葉に、うっと息が詰まる。


急いでいるのは事実、大切な用事なのも、本当。だけど、理由を言ったら、きっと怒る。
だから、


「〜――――っごめん!」

「!アヤさ――――」


ガバッと一度頭を下げて謝り、その場から逃げ出すように(実際、逃げたんだけど)走り出す。
部活でさんざんグラウンドを走らされた上での逃走。明日確実に筋肉痛だ。

でも、それでも、


「あ、アヤさん」


バタバタと廊下を騒々しく走っていたら、反対側の曲がり角から出て来た人物に名を呼ばれる。衝突しないようにと慌ててスピードを落とし、一旦立ち止まる。


「おー、ルビー君も部活終わったの?」

「えぇ、今日はプール開きの日だったので、久しぶりにたっぷり泳げました」


確か、ルビー君は水泳部に入ったと言っていた。よく見れば髪がしっとりと濡れているし、深紅の瞳も満足そうに光っている。
彼のベルトに掛かっているボールも嬉しそうに揺れていて、そのボールはラグラージのかなぁなんて思いながらほのぼのしていると、「そういえば、」とふと思い出した様子のルビー君が言う。


「さっきワタル先生に会いましたよ」

「――――え、」

「なんかアヤさんのことを探してるみたいで・・・俺シャワー浴びてたんですけど、男子シャワー室にまで乗り込んで来ました」

「・・・・・!!」


思わず頭を抱え込んだ。
これは本気でヤバイ。


のほほんとした温い空気は一瞬にして吹き飛んだ。


「というか、アヤさん急いでたんじゃないんですか?」


引き止めちゃってすみません、と謝るルビー君の声で、はっと顔を上げる。
窓の外を見れば、微かに夕闇が迫っていた。これはいよいよもって時間が無い。


「ルビー君ごめん!また明日ー!!」


後ろ向きに叫びながら走り出すと、ルビー君は「また明日ー」と、笑いながら手を振ってくれている。
相変わらず爽やかで紳士的だ。



* * * *


西校舎裏の非常階段。
校舎を増設する際に見捨てられ、忘れ去られた過去の遺物。

電球なんてとっくの昔に切れていて、嵌め込み式の開閉不能な窓から差し込む脆弱な日の光を頼りに駆け登る。


さっきからずっと走りっぱなしだから息も切れて、正直体中が怠い。けれど、こんな薄暗くてカビ臭い場所でゆっくりなんてしていられない。



シロナ先生に提出する予定だった歴史のレポートは、明日にしよう。
ダイゴ先生に授業で使う石(一体何に使うのやら)の採集を手伝ってと言われてたけど、これは無視して良いだろう。
ワタル先生には帰りに謝りに行けば、多分、大丈夫。
ヒカリちゃんとルビー君にも明日謝りに行かなくちゃ。



やならきゃならないことは山積みで。
だけど、それでも優先すべきことがこの先にある。



最後の一段を登りきり、乱れた呼吸をととのえもせずに、鍵の壊れた扉のノブを捻る。>重い鉄製の扉を押し開けば、少しひんやりとした風が頬を撫でて、燃えるように橙色に染まった空の下、静かに振り返る、夕闇の人。


「・・・遅い」

「あああごめんなさい!部活が思いの外長引いちゃいまして!これでもミーティングぶっちして急いで来たんです・・・・・!!」


膝に乗せていたピカチュウを下ろし、ぽつりと零されたレッドの言葉に全力で弁解する。
ピカチュウがぴかーと鳴きながら足に擦り寄ってきたが、今はいつものように抱き上げてはしゃいでいる場合ではない。


部活の走り込みに加えての、校内の端から端、女子更衣室から屋上への全力疾走で、足がふらふらする。もつれた勢いでえいやっとレッドに抱き着けば、無言で受け止められた。
背中に回された腕にぎゅっと力が込められて、どうやら怒っていないのだと分かり息をつく。



そっと顔を持ち上げれば、赤い瞳と視線が合う。


レッドのことを良く思わない人は沢山居る。
成績は良いけど授業はサボりまくりだし、制服だってちゃんと着ない、ワタル先生の影響でピアスやらネックレスやらを身につけるようになってしまった彼のことを怖がるのは、まあ、分かる。
だけど、中にはレッドの赤い眼を、血みたいで気持ち悪いとか、不吉な色だとか言う人が居るけど、ボクはそうは思わない。
凄く綺麗な色だと思う。
特に、夕焼け空の下で見た時が、一番綺麗。


「ボク、レッドの眼が一番好きだな」

「・・・そうか」


自然と頬の力が抜けて、凄くだらし無い顔になっちゃっただろうけど、レッドも微かに笑って応えてくれる。そのままおでこをレッドの体にくっつければ、頭をわしわしと撫でられた。



柔らかな日の差す朝や、昼下がりの澄んだ青空でも、一面に広がる星の光る夜でもない。
どんな時間に会っても綺麗で大好きなことに変わりはないんだけど、夕暮れ時にレッドに会うのがボクは一番好きなんだ。そのためには、ミーティングだってサボっちゃうし、可愛い後輩に無理を言ったりもしちゃう。



だって、レッドとお揃いの空の下、夕焼け空に滲むように優しく光る彼の眼差しが、本当に大好きだから。



【暮色恋模様】
(そういえば、今日はいつから屋上に居たの?)(朝から)(・・・・・)



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なら授業出ろよ(^p^)
遅くなってすんませんっしたああああああ!!ミコちゃんから相互記念の品物を頂きましたご馳走さまですっ…!うへへ初学パロですよ学パロッ!!一度はやってみたいと思っていたシチュをなんと嬉しい事にミコマチ様が私めの要望を飲んで作品をあげてくれました…!それにしても陸上部という!!この内容ッ!!!!(カッ!!)ヒカリちゃんまで陸上部というこの衝動ッッ!!!(カッー!!)
ニヤニヤが止まりませんでしたきっと二人で競り合ってるんですねえへへへへ…!(アヤは恐がっていると思う)
ルビー君もチャンピオン三家までこんな濃く演出している事に激しく胸が打たれました(*^_^*)ルビー君水泳部エースだよきっと!
赤様のいちゃつきぶりも見ててニマニマが押さえきれませんでしたずっとニヤニヤしてましたすいませーん!(ニヤニヤニヤニヤ←)

改めてミコちゃん、相互記念ありがとうございました!





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