空色想慕情



無機質で、形の無い曖昧な世界。

その中で唯一、色鮮やかな、



【空色想慕情】



ふらふらと歩きながらとっくに閉じてしまった校門を飛び越え、校舎に入る。
靴を履き変えて一応教室に向かおうかと思ったが、今が歴史の授業であるのを思い出し、一瞬にして行く気が無くなった。歴史の教師は遅刻などに煩いからだ。

俺の肩でうとうとしていたピカチュウが大きく欠伸し、それにつられて出そうになった欠伸を噛み殺していると、ポケットに入れていた携帯が震えた。

ちらりと見れば、アドレスを登録する際に勝手に設定された緑色のランプが点滅している。
グリーンからのメールはあまり見ない。どうせ「早く来い」だの「今どこに居る」だの、そんな内容だ。



あまりに眠いものだから、もう帰ってしまおうかとも思ったが、今日はそういう訳にもいかないのだと思い直す。
頬に擦り寄るピカチュウの頭を撫でてから、俺と、もう一人しか絶対に来ない、いつもの場所に向かった。



* * * *



今日一日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、ぼんやりと霞がかった意識を覚ますように頭を二、三度振る。大きく身体を伸ばして一息つけば、大分すっきりした。

太陽の光で大分温くなった屋上の地面から腰を浮かせ、フェンスに歩み寄る。
帰宅部連中の群れを眺めながら、待つこと更に数分。


ピカチュウが大きく跳んで俺の肩に乗り、嬉しそうに喉を鳴らした。恐らく、こいつも見付けたのだ。
身軽そうな空模様のTシャツに、学校指定の短パン。豊かな栗色の髪を風で揺らし、スラリと伸びた細い足で大地を蹴りながら、ここからでもはっきり認識できるくらいに笑っている。

青空の下で走る彼女を、飽きることなくずっと見ていた。



* * * *



走りまくって陸上部の部員全員がへとへとになった頃、赤い髪をした顧問の国語科教師が笛を鳴らし、ようやく活動が終わったようだ。

グランドの外周を走っていたあいつは集合場所に向かっている途中で立ち止まり、ふいに顔を上げる。
つられて視線を追えば、傾きだした太陽が真っ赤に燃えていて、あまりに鮮烈な光に目を細める。

夕日が沈む前には必ず来ると昨日の電話では言っていたが、このペースではかなり怪しい。
自分からした約束も守れないのであればそれなりの事はさせてもらうが、こうして上から、間に合うかどうかとそわそわしている様子を見ているのも楽しくもある。
膝の上で転がるピカチュウの背を撫でながら眺めていたら、あいつは何の前触れもなしに、唐突に走りだした。
部活後の定例ミーティングを部員の一人が急に抜け出したんだから、周囲の人間は皆唖然としている。あまりに突飛な行動なものだから、俺まで一瞬肩が揺れた。
グランドを横切り、校舎の中に逃亡者の背中が消えた頃、ようやく顧問が反応した。
何事かを大声で言い、部員の一人に追い掛けるように命令している。
今から行っても無駄だと思うが、立ち上がった黒髪の女を見て、思わず眉間に皺が寄る。
表情の読めない(人のことは言えないが)、あの・・・・・名前は忘れたが、どうも馬の合わない奴。

グランドを歩いて校舎に向かう黒髪の女から目を反らし、あいつの向かったであろう女子更衣室の方を見る。
更衣室なだけあって窓には磨りガラスがはめ込まれているから中の様子はわからないが、扉の開閉くらいは見える。入ってから数分は経ったから、そろそろかと思ったとたん、勢いよく扉が開いた。もどかしそうにスカーフを結ぶ姿に、自然と笑みが零れる。


追い付いた黒髪女を振り切り、凄まじい速度で走りだしたかと思えば、曲がり角で突然急停止をした。
もうここからだとよく見えないが、誰かと話しているようだ。随分と余裕があるじゃないか。

ふん、と鼻を鳴らして頬杖をつき、もはや背中しか見えないあいつを眺めていたら、ようやく再び走りだす。
俺の見える範囲から消えたあいつに手を振っているのは、確か・・・――――ラグラージを使っている奴。名前は忘れた。


ずっと見ていた東校舎の一階廊下から視線を反らし、この屋上唯一の出入り口を見る。
あの調子なら、あと少しのはずだ。


* * * *


扉を見るのも飽きてぼんやりと夕焼け空を眺めていたら、鉄の扉が鈍い音をたてながら開く。
そちらを見れば、白い雲の似合う青空のような蒼い瞳と、視線が合った。



「・・・遅い」

「あああごめんなさい!部活が思いの外長引いちゃいまして!これでもミーティングぶっちして来たんです・・・・・!!」


ミーティングを途中で抜け出したのも、全力で急いで来たのも知ってる。
けれど、それでも待たされたのは事実だ。アヤ以外の誰かなら拳一発では済まさない。


さすがに疲れたのか、こちらに歩いてくるアヤの足取りはふらふらと覚束ない。しかも足をもつらせ、突然抱き着いてきたから、取り敢えず背に腕を回して受け止めてやる。
額を押し付けるようにしがみつく仕種や、髪から香る甘い匂いに、何となく安心する。

いつまでくっついているのかと思えば、そっと密着していた体が離れて、蒼い瞳が俺を見上げ、ふにゃりと笑った。



「ボク、レッドの眼が一番好きだな」

「・・・・・そうか」



今日のこいつは、何をするにも唐突だ。
ミーティングを抜け出したり、抱き着いてきたり、俺の眼を好きだと言ったり。

気味が悪いと疎まれてきた、俺としてはどうといったこともなかったこの両目も、アヤが好きと言うのなら嬉しく思える。


柔らかく笑うアヤにつられて口許を緩めれば、再び額を俺の胸に押し付けてきた。
顎の下にある柔らかい髪の感触が心地良くて、手の平で頭を撫でてやると、くすくすと小さく笑う声が耳に届く。ぴたりと頬に手を添えれば、察したアヤが俺を見上げた。



頬に添えていた右手をするりと後頭部へと滑らせ、背に回していた左手を腰へと移動させ、ぐっと顔を寄せる。鼻先が触れ合う程の近距離になり、アヤは驚いた様子で瞳を瞬かせた。


晴れた冬の日の空のような、真夏の正午頃の穏やかな海のような蒼い瞳は、相変わらず綺麗だ。



モノクロの世界の中で、お前だけは、目も眩むほどに鮮やかだから。



「アヤの眼の方が、綺麗だ」



俺よりもずっと、と続ければ、一拍置いた後に反論しようと開かれた唇を、その言葉を発する前に塞いでしまう。



遅刻したんだから、これくらいのわがままは許されるはずだ。



【空色想慕情】
(・・・・・って、ちょっと待っ・・・!どこ触って・・・!!)(ふともも)(・・・・・・!!セクハラ!!!!)



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んぎゃぁあああああと叫びたくなるようなミコちゃん第5作目!今度はレッドさん時点です!

もうニヤニヤが止まりません校門を飛び越えるなんてまさかの超人っぷりを発揮しましたレッドさん流石レッドさんニヤニヤ!アヤにベッタベタでわたくしもうニヤニヤが止まりませんでしたわニヤニヤニヤニヤ!!

もうミコちゃん大好ガフッ!!





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