Contradiction
全ては君の熱に酔ったせい。
【Contradiction】
カーテンの隙間から入る朝日と、活動を始めたのであろう野生と手持ちのポケモン達の声で目を覚ます。
霞む目を手の平でこすりつつ、欠伸を噛み殺しながら上半身を起こすと、隣で寝ていたアヤがもそもそと動く。栗色の髪から覗く小さな肩やうなじを震わせ、「さむい・・・」とくぐもった声で言われた。
俺が起き上がったせいでめくれてしまった布団を掛けてやれば、枕に乗せていたしかめっ面から力が抜け、ふにゃりと間抜けな顔になった。
その表情の変化が面白くて、小さな鼻を軽くつまむと、きゅっと眉間に皺を寄せ、「くしゅんっ」とくしゃみをされた。すると、今ので起きたアヤは、焦点の合っていない瞳で俺を見上げる。
「おはよう。朝だぞ」
「・・・んぅ〜・・・おは、よう・・・・・」
まだ寝ぼけているのか、かなりぼんやりとした様子のアヤはそれだけ言うと再び枕に顔を埋める。
「俺はシャワー入って来るが・・・起きないのか?」
「うん・・・もー・・・ちょっと・・・・・」
「・・・・・アヤ?」
起きたら即行動を始めるのが常のアヤにしては、今朝は随分と反応が鈍い。布団にくるまりもう寝息をたてているアヤに小首を傾げ、浴室に向かった俺が原因に気付いたのは、その数分後のことだ。
* * * *
軽くシャワーを浴びて朦朧としていた頭をスッキリさせ、タオルで髪を拭きながら寝室に戻ると、アヤは起きていて着替えをしているところだった。
それでも覚醒仕切っていないようで、その手際は恐ろしく遅い。しかも服の前後が逆。
「アヤ?」
「・・・ふぇ?」
先程から胸の中でぐるぐるしていた違和感が大きく膨らみ、大丈夫か、と声を掛ければ首だけを巡らせてこちらを見るアヤ。その表情や動作の緩慢さは明らかにおかしい。
「なに?どーしたのレッド、そんな顔して」
「いや・・・・・」
どうしたのか、とはこちらの台詞だと思いながら生返事をすると、アヤは「あ、朝ご飯作らないと」等と言いながらクローゼットから離れる。力無い足取りで俺の横を通り過ぎようとした、その時だ。
「!」
グラリと傾き、倒れそうになったアヤの体をかろうじて抱きとめる。
服越しでも判る、常温とは異なる熱い体。
まさかと思い慌てて額に手をあててみれば、案の定だ。
「・・・・・お前、熱出てるな」
言葉にならない声を漏らしているアヤを抱き上げ、唸るようにそう言った。
ぐずる赤ん坊のように何事かを言うアヤに寝衣を着せて再びベッドに押し込み、静かにした方がいいだろうと俺とアヤの手持ちのポケモンを全てボールに戻し(ボール嫌いのピカチュウにも、今回ばかりは入って貰った)、水と氷を入れた洗面器とタオルを用意する。慣れないことだからかいやに時間が掛かってしまった。
「なんか、ブルーメチルの時と逆だね」
「・・・そうだな」
あはは、と布団に埋もれたアヤに笑いながら言われ、俺はタオルを絞っていた手を休めて相槌を打つ。
確かにあの時とは逆だな、と思いながら濡らしたタオルをアヤの額に乗せ、熱のせいで潤んだ瞳を覗き込む。
「あーあ・・・早く風邪治さないと・・・・」
「?・・・別に、急ぐ必要は・・・・・」
「あるよ!」
正直、アヤが倒れた時は驚いたし慌てもしたが、こうして看病をするのに不満は無い。一日中傍に居られる口実を得て嬉しいくらいだ。
だが、そんな俺の意志に反してアヤは唇を尖らせる。
「だって、風邪引いちゃったら一緒にポフィン作ったり買い物に行ったりも出来ないし、それに・・・・・」
「・・・それに?」
「・・・・・イ、イチャイチャも、出来ないわけ、ですし・・・」
何故か語尾を敬語にし、だんだんと尻窄みになっていく彼女の言葉に思わず頬が緩む。
そして、同時に小さな悪戯心が首をもたげた。
「・・・アヤ」
「ん?」
「風邪は、他人に移した方が早く治るらしいぞ」
「・・・・・え!?」
覆い被さるようにしてベッドに乗ると、眠りそうだったアヤの意識は瞬時に俺に集まる。スプリングがぎしりと鳴った。
「ちょっ・・・待っ!!なにを・・・―――」
風邪の熱とは絶対に違うであろう熱で顔を真っ赤にし、何かを言いたそうに口をぱくぱくさせていたが全て無視。頬に手をあて、半ば強引に唇を重ねた。
病人相手に何をやっているんだ、という考えが一瞬浮かぶが、そんなものはすぐに消えた。
頬に添えた手、髪に絡ませた指、触れ合う互いの唇、それら全てから伝わる熱に理性が溶ける。
「レッドのくちびる・・・つめたい・・・・・」
「お前が熱いんだ」
長いキスの後、吐息と共に零れた舌足らずな言葉に短く応える。
震える唇を舌でなぞり、次いでキスをすれば火照った手が俺の首に宛てがわれ、弱々しいながらも力が込められる。柔らかな唇を舌で割って入れば、添えられた指がピクリと震えて身じろぎし、すっかりぬるくなったタオルがずり落ちた。
執拗にアヤの舌を追って絡め、もう無理だと言わんばかりに胸を押されても、重ねたそれを離すつもりは無い。深く深く、もっと深いところまで、熱に浮かされた頭で強く求める。
全てを溶かしてしまいそうな彼女の肌の温度にくらりとした。
ようやく唇を離せば、洗い呼吸と熱い息が混ざり合い、何とも言えない感覚に胸の奥がじんと震える。
布団をよけて直接アヤを抱きしめれば、しがみつくように背中に腕が回された。
はだけた服から覗く鎖骨に軽くキスをして、そのままつつつ・・・とゆっくり上へと舐め上げ、かぷりと細い首に噛み付く。
その時、くすぐったいのか、もしくはそれ以外の理由で、アヤが笑っていることに気付いた。喉の奥を震わせるように、くすくすと柔らかく笑う声が耳に心地良い。
顔を離して視線で問い掛ければ、なんでもないと言うかのように首を振って笑うだけ。
体をアヤの横に転がせば、甘えるように俺の胸に擦り寄ってきた。そして、間を置かずに穏やかな寝息が聞こえてくる。
少し肩透かしを喰らった気分だったが、気持ち良さそうに眠るアヤの顔を見ていたら、自然と笑みが零れる。
丸い額に唇を落とし、布団にくるまり小さな肩を抱きしめた。
【Contradiction】
(・・・ボクが治っても、レッドが風邪引いたら駄目じゃん)(俺は風邪は引かない)(えー・・・・・)
*解説メモ*
Contradiction(コントラディクスィオン)
フランス語で意味は「矛盾」