espressivo



ふわふわしてて
くるくる変わる

そんな、表情豊かな、



【espressivo】



「あー・・・気持ちよかった」


ほわん、と溶けてしまいそうな表情で声を漏らしたアヤを、シャツを着る手を止めて見る。
濡れているからか、普段よりも濃く見える栗色の髪を拭いているアヤは、既に服は来ているものの、着方がかなりだらし無い。ボタンは一カ所掛け間違えてるし、肩もあられもなく露出している。


「お風呂を考えた人は天才だね!お湯に入るっていう発想が凄い!!」

「・・・あぁ」


湯に浸かっていたせいか、それとも気分が高揚しているからか、頬を赤くしたアヤは目許を緩ませながら話を続ける。
上機嫌の理由は、おそらく新しく買った入浴剤だ。白い花の形をしたそれを幾つも湯に浮かべ、鼻先をくすぐる芳香にはしゃぎ、だんだんと乳白色に染められていく浴槽の中で楽しそうに笑っていた。

色の抜けきった花をひとつ、形が崩れないように注意しながら髪に挿してやれば、照れたのか俯かれてしまった。


今もその余韻に浸っているようで、うっとりと頬に手をあてて目を閉じている。
出会った頃から変わらない、見ているこっちもつられてしまいそうになる笑顔に口許を綻ばせ、俺は中途半端に腕だけを入れていたシャツに頭を通した。



* * * *


ベッドに腰を下ろすと、アヤも俺と並ぶようにダイブしてシーツに転がる。
いつの間にかやって来ていたリオルとピカチュウも、ふかふかのシーツの上で転がっていたかと思えば、小さく丸まる。寄り添うようにして眠った二匹を見たアヤはふにゃりと破顔。なにやら「可愛いなぁもうちくしょーめ」だの「リオルもいつもこうならもっと・・・ゲフンッゴホッ」だのとぼそぼそ言っている。ほっとくといつまでもそうしていそうだったから、小さくため息をついて声を掛けた。


「頭、乾かさなくていいのか?」

「あぁ!はい、はい、乾かします!!」


放置は髪が傷むとか騒いでいたのはお前だろう、と畳み掛けるように言えば、アヤは顔を引き攣らせながら頭を掻く。
そして早足に洗面所に向かい、浅葱色のドライヤーを片手に帰ってくる。そのままコードをコンセントにつけ、左手に持っていた櫛で俺の髪をとかし、ベッドに膝立ちをしてドライヤーのスイッチを入れた。

緩やかな稼動音と共に流れてきた温風に思わず目を細め、次いで髪を撫でるように触れるアヤの指の感触に、そっと目蓋を下ろす。
最初はむず痒く感じたこの行為も、今や日課のひとつと言え、一日が終わったのだと実感出来る瞬間だ。


他愛もない事を話すアヤの声と、優しく髪を撫でる指、加えてこの温風。なんだか眠くなってきた。


「はい!もう乾いたよ、レッド」

「・・・・・あぁ、・・・ありがとう」


一瞬だけ、夢の中に片足を突っ込んだような感覚に陥りぼんやりしてしまたった為、ふるりと頭を降る。
どういたしまして、と歌うように応えたアヤはブラシをサイドボードに置き、ドライヤーを手渡してくる。そして、俺の足の間にちょこんと座った。


「それにしても、お前髪伸びたな」


既に充分とかしてある髪に指を絡ませ、カチリとスイッチを入れてぬるい風をあてていると、目の前の人物からは「そぉー?」と間延びした返事。
耳のあたりの髪を触れば、くすぐったそうに身を縮め、くすくすと笑う心地良い声が耳を掠めた。


「確かに、一回切られてから大分経ったもんね。もう、初めて会った時と同じくらいまで伸びたかな?」

「かもな」


懐かしそうに当時を振り返るアヤの話を聞いているうちに、彼女の髪はすっかり乾いてふわりと揺れる。
ドライヤーのスイッチを切った時、ふいに自分と同じシャンプーの匂いが栗色の髪からも香ることに気付き、それを無性に嬉しく思う。

堪らずアヤを背中から抱き竦めれば、「ふひゃあっ」と色気の無い声を上げて硬直する。


「・・・・・レッド?」


柔らかな匂いに満ちたアヤの首筋に顔を埋め、回した腕にぎゅっと力を込めれば、窺うような声音で名を呼ばれる。>ゆるゆると顔を上げれば、そこにはキョトンとした表情のアヤが俺を見詰めていた。


「どうかした、」


の、と言い切る前に、言葉ごと呑み込むようにキスをする。
顔を離して表情を窺うと、蒼い瞳をくるりと丸くさせ、頬を淡々しく染めたアヤはぽかんと俺を見上げていたが、再び唇を重ねれば幾度か瞬いた後に目蓋を下ろす。


互いの手を重ね、啄むようなキスを繰り返しながら、ゆっくりと、太陽と若葉の匂いのするシーツに二人で倒れ込んだ。



【espressivo】
表情豊かな、彼女のことを。
ずっと、見ていたいと、
そう思う。



*解説メモ*
espressivo(エスプレッシーヴォ)
音楽用語で、意味は「表情豊かに」など。



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ミコマチ様否ミコちゃんから頂いた小説第2段!
お風呂ネタでリクエストしたらこんなにも素敵な小説が出来上がってしまいましたそして甘ぁぁああああああいッッ!!ドライヤーで髪の毛乾かすところとかほのぼのして和むそして甘過ぎる…!ああぁミコちゃん貴女って人はとことん私のツボを突くのがとても上手い方で…!

小説ありがとうございました!




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