ギリアにキス


ぽかぽかの春の陽気。
それは、確かに眠気を誘うものですが、



【ギリアにキス】



しっかりと沸騰したお湯でティーポットとカップを温め、先日ワタルさんにお土産だと渡された紅茶の缶を開ける。かぱん、と景気の良い音を立てて蓋を開けば、紅茶の葉の甘い香りが鼻をくすぐり、思わず口許がふわりと緩んだ。
高そうな茶葉をお湯を捨てたポットに入れ、新しいお湯を入れたらしっかり蒸らすためにポットカバーを被せる。可愛い小物のイラストが刺繍されたお気に入りの、この間行ったデパートで一目惚れして買った一品だ。

次いで、シロナさんお手製の美味しそうなクッキーを花模様のプレートに盛り、ダイゴさんからプレゼントされたこれまた高そうな角砂糖を出す(一緒に貰った石の置物は無視!)。

最後に、去年の秋にレッドに貰って庭に埋めた種の花が今朝方ようやく咲いたから、それを一輪花瓶に挿してテーブルに飾る。簪のような、可愛い小さな花を指先でつつけば、自然と顔が綻んだ。

これにてセッティングは完了、自分のセンスに酔いしれたくなっちゃうくらいに完璧!と思い、いそいそとレッドを呼びに行ったら・・・


(お、おぉ・・・これはまた・・・・・)


ソファに腰掛け、テレビを見ていたはずのレッドは、窓から入る春の陽射しに珍しく完敗したようだ。こくりこくりと小さく船を漕いでいる。
視聴者不在のテレビからは、お昼寝日和の陽気が続く、と元気に言うお天気お姉さんの声が虚しく流れている。握られていたはずのリモコンは、哀愁を帯びながら床に転がっていた。
とりあえずリモコンは拾ってテレビを消し、レッドの足元にしゃがむ。


「レッド、お茶入ったけど・・・」

「・・・んぅ・・・・・」


恐る恐る、小さな声で呼び掛ければ、かくんと折れた彼の首。そして、鼻の奥から抜けたような、小さく漏れた甘い声。
え、なにこれ可愛いんですけど。


「ふぉぉ・・・こんな無防備に眠るレッドとかかなりレアだよ写真撮っちゃ駄目かな駄目ですかそうですかでももったいないよていうかレッド顔整い過ぎだよ本当神様って不公へ・・・」

「・・・・・アヤ、」

「―――――ッ!!」

「うるさい」


またやってしまった、というのが最初に思ったこと。
考えてることを知らず知らずのうちに声に出してべらべら喋っちゃうのはボクの悪い癖だ。

そして次に思ったのは、起こしてしまった、ということ。


「・・・・・」

「・・・・・」

「お、・・・・・」

「?」

「おはよう、ござい、ます・・・」


今日は天気が良いぽかぽかの春の日のはずなのに、ボクの体は氷のように固まる。沈黙に堪えられずに口を開けば、出てきたのはなんとも白々しい挨拶だった。


「・・・・・」

「いえあの本当に気持ち良く眠っていたのをお邪魔しちゃったのは悪いと思うし邪魔するつもりはなかったんだけどボクはただお茶が入ったのを伝えたかっただけでして・・・」

「・・・・・」

ぐいっ

「わっ!」


言えば言うほど白々しさの増すような、言い訳とも取れる謝罪の言葉をまくし立てていたら突然腕を引っ張られた。そして、ぽふりと落ち着いた場所は、レッドの胸の上。

喉元まで出かかった悲鳴を飲み込み、慌てて顔を見上げれば、そこにはとろんと濡れた紅い瞳。
完全に寝ぼけてらっしゃる。

抱き枕よろしくレッドの腕の中に納まったボクは、抗議の声を上げる間もなく二人揃ってソファに転がった。


「ああああの、レッドさん?お茶入ったん、」

「うるさい」


本日二度目の「うるさい」
大事なことだから二回言ったんですね分かります。



でなくて!



彼の唐突な行動に意義申し立てをしようと口を開けば、「静かに」と低い声がはらりと降ってきて、顎に指をかけられる。
クイと上向けられたと思ったら、唇には柔らかい感触。それが何か分かった瞬間、体はビキリと硬化した。

石化したボクのことなど気にもせず、こてん、と落ちたレッドの頭。


「お茶は・・・後でいい・・・・・」

「え、あの、ちょ・・・――――!」


首筋にかかる、彼の口から漏れる吐息と揺れる黒髪がくすぐったい。小さく体をよじらせたら、逃がさないと言わんばかりにボクを抱く腕に力が込められた。

ふいに唇が触れたかと思えば、首筋を熱い舌が這い、その感触に摂取したこともないアルコールを彷彿とさせる。熱に浮かされたかのように、頭がクラリとした。


耳許で、ボクの大好きな声で名前を呼ばれ、応えるように眼を細めれば再び唇を重ねられる。
ぎゅっと彼の服を掴んで、紅い瞳に微笑んだ。



二度寝を決め込む彼の胸に頬を乗せる。
ボクとは正反対にどんどん熱を失っていくのであろう紅茶の運命を想い、そっと息を吐いた。



【ギリアにキス】
(うぅ・・・紅茶渋くなっちゃったよ・・・・・)(俺はこれでちょうどいい)(え、)(だから、)
だから、明日も、



*解説メモ*
・ギリア
ハナシノブ科の1属。一、二年草または多年草
花言葉は「ここに来て」など。



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ミコマチ様否ミコちゃんから頂いた、品……!あぁぁ初めてですこういう小説を頂くのは!
うぁぁぁぁあああ船漕ぎレッドさん可愛ぃぃぃぃ…!!もう本当にありがとうミコちゃん二人の性格が全く一致していると言うこと、果てしなく凄い!凄いですキャアァァァァ!!

素敵な小説ありがとうございました!




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