act.40 あいなき





プルルルル、プルルルル…

――――ガチャ、



『ハイ、シンオウ地方グランドフィスティバル本部…』

「……あ、その声ミクリさんですか?お久し振りです。……アヤです」

『……、アヤさ、ン?』



真っ暗な森の中で、電話を掛けた。

5年振りにシンオウ地方にあるグランドフェスティバル本部に電話をした。目当ての人物の声は相変わらずなまってるけど、あまり変わっていない声色に固く引き結ばれた口元が緩んだ。

ミクリさんと少し話しをすれば暴力を受けたことなんてなかったように、彼から元気だったか今どこに居るんだ、などと言った自分の身を案じる言葉を投げかけられた。
5年前自分が仕出かした暴力(ラリアット)が本当に申し訳なくて。自己嫌悪に浸る。

ミクリさんボクがラリアットした事に恨み持ってないよ。

どんだけ良い人なのよ。



「はい、はい……あ、そうです。近々そっちに行ってちゃんと自分がやる事はしたいと思うので。はい。………本当にすいませんでした。軽率な行動を…。お騒がせしました……。はい、じゃあ失礼しますね」



そう言って青いポケギアの通話を切った。

腹をくくる事にした。

ヒカリちゃんに根性を底から叩き直された…違った。ヒカリちゃんに圧倒的な力量差で負けてしまった事が悔しいのだ。自分がコンテストバトルを今までしなかったブランクもあるが、ヒカリちゃんの強さは経験を積んで積んで沢山のものを乗り越えた強さが滲み出ていた。自分にはいつの間にか失って、無くなってしまったもの。

なので、一年後のグランドフィスティバルでもう一度戦うと約束した。

だからその時は絶対に勝たなければ。今からそれを一から積み直す為のボクなりのケジメ。


ヒカリちゃんはあの後、今度はトレーナー同士のバトルのセンスを磨くと言って旅に出た。そう、コンテストの…コーディネーターのバトルの仕方はどうしてもムラが出来てしまうから。行き先は言ってなかった。困った。これじゃあどんどん突き放されてしまう。

そんな事を思いながらシンオウ地方に戻るのをミクリさん、ワタルさんにシロナさん。…それにダイゴさんにも報告して家を出た。

苦笑いしてポケギアをポケットに突っ込むとクンッと袖を引かれる。その先を見ればリオルが期待を込めた目で自分を見ていた。



「どうしたのー?ん、あぁ…そうか。シンオウは君の故郷だもんね。ごめんね今までボクの我が儘で連れ回して…」

「ばうー」

「気にすんなって?あははごめっ、痛い!!?げ、元気!元気出たからパンチしないで!いいい痛っ…」

「ゲゲゲゲゲゲッ」

「そこッ!笑うなー!!」



何故だか珍しくボールから出ているムウマージにからかわれながらウバメの森を真っ直ぐに歩き、この森の神様を祭っていると噂の祠に向かう。

不気味な笑い声を発するムウマージは薄暗い森にかなり怖いイメージを植え付けるもんだからボールに戻してしまった。

そんなやり取りをしている内に祠は直ぐに目の前にあり、ボクはその前で手を合わせた。リオルも真似をして手を合わせる。(可愛いなチクショウ)

どうか自分の、ポケモン達第二の旅路を事故無く健康に過ごせますように。それと……。



「レッドと………、……いや、」


いや。これはいいや。自分で叶えるものだ。

とりあえず今は目の前のことを。お願い神様!

何故か初詣のお参り気分でパンパン!と手を叩くとお供え物として木の実を置いた。

よし、と意気込んでからカイリューを出し空に飛び立った。行き先は最も大切な人が居るシロガネ山。



(森の神は大空に人間が消えるのを見送るとその空に微笑みをひとつ残し、残し物に手をつけました)

(それは、嬉しそうに)




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「………あれ?」



カイリューに乗ってワカバタウン付近の空を満喫している最中、ふと下を見ると随分見馴れた二人組が居た。ゴールド君にコトネちゃんだ。この前の怒りの湖以来だが何となく会えた事が嬉しくて手を振りながら名前を呼ぶ。



「ゴールドくーん!コトネちゃーん!久しぶりー!ご機嫌いかが!」

「あ、アヤさんだー!」

「挨拶が異様に長いよアヤさん」



カイリューに降ろして貰い改めて二人と向き合った。二人を比べて見てみると何だか以前にまして逞しくなったような気がして、新人トレーナーの成長って怖いなぁと染々と思った。



「あ、そうだアヤさん。俺達、違う地方を旅する事にしたんです」

「え、そうなの?何でいきなり……リーグとかは?」

「いやぁ…そのリーグに挑戦したんですけど、ワタルさんに見事にボロボロにされちゃって……だからカントーを旅してもう一度経験積んで、また挑戦するんです!」

「私はリーグには挑戦しなかったんですけど一緒にカントー行きます!ジムジム綺麗だから集めるのが楽しくて…」

「へぇーそうなんだ…カントーにねぇ。ワタルさんに挑戦して………って!?ま、マジで!?」

「「マジマジ」」



あっはっはと笑い事のように語る二人に一瞬話しを流そうとしてしまった。リーグに挑戦して、ワタルさんのところまでゴールド君は辿り着いたのだ。そんな話し聞いてない。セキエイリーグは各地方の中でも特に最難関と言われるのに。

どうやら挑戦したのはほんの一週間前だったらしい。

でもさっき電話した時何も言って無かったよねあの人!
人の成長って恐ろしい。まさかこんなにも早くドラゴン使いのあの人の足元にたどり着くなんて。え?四天王も倒したの?凄すぎだろこの子。

じゃあ暫く会えなくなるね、と言った自分に今度ジョウトに戻ったらお土産持っていきますよと笑いながら言った二人に苦笑いした。ボクも今から別地方に足を運ぶし、そもそも次会うのは何年後だろう。似たような境遇に引きつった笑みにもなった。

カントーへはセキエイリーグから続く道があるから、きっとそれを通ってカントーに行くのだろう。あぁ、そういえばカントーってレッドが初めて旅をしていた地だったな。レッドが見たものを今度はこの二人が見るんだろうな羨ましい…。

話す事数分、そして何故かひょんな事からあのシルバー少年の話しになった。二人と知り合いだった事に驚き、彼の話題で話が弾んだ。あの時シルバー少年を見て感じたデジャヴュだったかデリシャスだったか知らんが感じたそれは研究所でポケモンを盗み、新聞に乗った名前が原因だった。

ポケモンをまるで道具の様に扱う少年だったが今は改心して仲良くしているらしい。そして驚く事に彼はツンデレだったとかないんだとか。

「シルバー?ああ、私が矯正しました!」



悲しきかな、シルバー少年はコトネちゃんに矯正させられたらしい。何をしたのかはあえて聞かなかった。ロケット団の幹部に対して全裸で亀甲縛りしてアジトの前に吊るすとか鬼のようなことを企画していた子だったから。

でもたぶん。似たようなことをしたんだろうなぁ……とそう思って。僕は明後日の方向を向いた。



「じゃあアヤさん!俺達もう行くから!今度会ったらバトルしてな!」

「アヤさんまた会いましょうねー!」

「じゃあね二人ともー!(絶対バトルしないよ!…今はね)」



手を振りながら歩く二人の背中が見えなくなり、またカイリューに飛び乗った。

…皆違う道を歩いて行くんだなぁ…少し物淋しい気持ちになる。

シロガネ山を目指して飛び続ける事、やっとその目に白い降り積もる雪を捕らえた。今日は天気が良く、悪天候でも無いので飛んで山頂まで行く。すると赤い帽子を被った…今はもう随分見馴れた人物が空を見ながら自分を迎えていて、満更にもなく笑顔になった。


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「…………な、なんですと…」

「……………」



無事に山頂まで着いた。レッドにも会えた。それは嬉しい。嬉しい、が。



「………アヤ、お前…イーブイなんて持ってたか?」

「………」



あのイーブイがレッドになついてしまった。しかも尻尾を振りながら。

レッドと共に他愛ない話をしながら洞窟の中に戻り、ピカチュウがポケモンを出さないのかと足にへばりくっついて来たので(ここ重要)出さざるを得なくなった。その時に勢いのあまりイーブイも出してしまって、その瞬間真っ先にレッドの元にすり寄って行きやがったのである。ま、まさかあんたメスだったか…いやそれよりも!この子面食いだったのか迂闊だった!!

ポケモン好きなレッドは無言でイーブイを撫でる。あの何してもなつかなかったイーブイが嬉しげに目を細め、噛み付きもしない。それにショックを受けて唖然としていたらなんとそのイーブイは鼻で笑ったのだ(!!)

なんとなくビキ、いやイラッとして嫌がらせに毛の一本や二本抜いてやろうかと手を伸ばしたら、噛み付かれた。



「何!?何なのこれ嫌がらせ!?新手の嫌がらせええええ」

「……イーブイ、やめろ。噛むな」



駄目だ、と言ったレッドの言うことをすんなり聞き入れイーブイは大人しくなった。何となく悔しくてシクシクとズーンと気落ちしていた自分にレッドは頭を無造作に撫でた。

駄目だこれは。絶対にイーブイは自分にはなつかないし言うことは絶対聞きそうに無い。何故って面食いだし面食いだし面食いだし。一つのボールをボールベルトから外し、レッドの手に渡す。



「イーブイの。良ければ面倒見て欲しいんだけど…ロケット団アジトから盗……取ってきたのは良いんだけど、見ての通りさ!」

「盗って来たのかお前」

「だ、だってあんな所に居るよりは断然良いじゃない?」

「…………まぁな」



嫌われてるようだし、引き取る。そう言ったレッドの目は薄く微笑んだ。それを確認しながらハタと思う。今自分がここに来た理由は何だ、と頭をブンブンと振る。危ない、危うく流すとこだった。



「……あの、レッド。言いたい事が有るんだけど…」

「……奇遇だな。俺もだ」

「なに?」

「ジョウトを、見て回ろうかと思う」

「…………え、そうなの?ボクもね、シンオウに一度戻る事になったんだー…、……」

「……コーディネーターとして、プライドをへし折られたか?」

「………………何で知ってるの」

「聞いた」



誰に、と言う言葉は出なかった。いつから知ってたんだろう、とは思ったけどそんな事より。

話しの内容から会えなくなってしまう事が、自分に大きなダメージを与えた。レッドは変わらなくずっとここに居るだろうし、今と違って会える時間が少なくなるだろうけど、自分の方から会いに行けばそんな変わらないと思っていた。でも甘かった。

人は変わる。

そうだ自分は何を勘違いしているんだろう。レッドはずっとここに居る人形なんかじゃないのだ。誰にだって目標はあるし違う道にだって行き先も変わる事もある。

レッドも、自分も。

そう思えば自分の時間や道は、ずっとそこに止まっていた。錆びていたのかも知れない。周りは風の様に進んで行くのに、自分は閉じ籠って置いていかれて。

(その結果が、あれである)

レッドがジョウトに旅に出る理由は何でも友達とのバトルで満足に戦えなかったのだと。清々しい気持ちながら思った事はやはり納得いかないらしく、また新しい旅をして自分を叩き直すらしい。



「そっか………じゃあしばらく会えなくなるね」

「一年、」

「は?」

「一年で、鍛え直す。だからお前も一年でやる事全部終わらせて来い。なにも優勝者だからってずっとそこにいる意味も、必要性も感じ無い」



だから、その時まで元気でいろよ。
それに全部終わった後にまた一緒にやりたい事すれば良い、と頭を撫でられた。なにもずっと会えなくなるわけではないのだから、と抱き締められて。

そう言われて目元が熱くなる。不覚にも涙線が緩くなってしまった事を隠しながらそうだね、と背中に腕を回した。







(永遠の別れじゃあ無いのだし)






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