act.39 決意
手持ち皆のボールを磨いて数分、昼間で太陽は出ているが覆い繁る葉のせいで室内の中は少し薄暗く感じた。自分が椅子に座る前の机の上にはボールを転がして遊ぶリオルと、直ぐ後ろにはウインディが熟睡している。そして同じくソファーに仰向けになり目をギンギンに開けながら眠っているムウマージ様。
外には芝が気持ち良いのか丸まって眠るサンダースに、水を入れて用意してやったビニールプールの中で浮いているシャワーズ。
…そして問題の、この間ロケット団アジトから持ち出したイーブイは隅の方でじっと座っている。ポケモンセンターに行って回復して貰い、引き取ったは良いが何故かボールから出した瞬間噛み付かれた。どうやら人間は毛嫌いしているらしい。……当たり前だと思うけど。触ろうとするだけで噛み付く仕草をし、何をやってもなついてくれないイーブイに遂にはヘコんだ。
まぁイーブイは別として各自好きな事をして好きなように過ごす。かなり平和だ。
「(あれから一ヶ月経ったなぁ…)」
レッドと恋仲…になって一ヶ月が過ぎた。その間にワタルさんやシロナさんに報告したら二人は予め分かっていたのか、まぁとにかく頑張れと言ってくれたので頑張ってみる。ワタルさんに関しては遅いよ報告がとかブツブツ言われたが笑って誤魔化した。
月に何度かシロガネ山か自分の家で顔を会わせる程度だが自分達の接し方は今まで通りだった。只、自分は前と違って一方的なマシンガントークをするようになり、愚痴を言ったり相談事をしたり…そのお陰かレッドをやっと“さん”付けで呼ばなくても違和感を感じる事は無くなった。
今まで敬語混じりだった喋り方もため口で喋るようにもなった。
そして一番の変わり様は自分から手を繋いだり背後のレッドに飛び付いたりのし掛かったりとスキンシップをするようになった事が進化というべきか。(前からはまだ恥ずかしくてムリ)
昔はワタルさんやシロナさんに飛び付いたりするのが好きで、苦笑いながらも構って撫でてくれるのが嬉しかった。
レッドはと言うと自分と二人の時は帽子を外す事が多くなり、前は考えられなかった無表情鉄仮面ポーカーフェイスが頻繁に崩れるようになった事。まぁ無表情の割合が多いが。
そして微笑に近いものだけどよく笑うようにも、喋るようにもなった。
最近表情豊かになったと思われる。それは凄い進歩だと思う。
あまりレッドからは長い話は持ち込まないけど、自分が話をすると時折馬鹿だな、と笑ってくれて表情には出さないけど愉快そうに話を聞いてくれる。それが嬉しくて話をする自分も相当あの人が好きみたいだ、と苦笑いした。
「明日、レッドのとこ行こうか。またリザードンの首で滑り台出来るよ」
「ばう〜!」
「良かったねぇ」
喜ぶリオルを撫でてじゃあ今日はピカチュウにあげるポフィンでも作ろうかね、と明日会うレッドのことを考える。…どんだけ自分こんな心が乙女になったんだろうか。色恋沙汰に興味なんて無い性格だったのにそれはいずこに…。
まぁそれは気にしない事にして。
木の実でも探しに行くかとリオル以外全匹ボールに戻って貰う。イーブイはボールに入れたら殺す、みたいな雰囲気で睨まれたので却下。お留守番してて貰う事にした。
外に出て木の実を探しに歩き回る。そして、ウバメの深い森を歩いている時だった。
「…………ヒ、ヒカリちゃん…?」
こんな薄暗い…しかも好んで入ろうとは決して思わない最奥の深い森に、人が居た。
白い帽子をすっぽりと被り、真っ黒で綺麗な長い髪の毛を腰まで伸ばした女の子。後ろ姿で立って居た為、しかも彼女と最後に会ったのは5年前であるから誰だか最初分からなかったけど…あの独特な雰囲気は自分が知る中で一人しか居なかった。
自分の声に気付き、ゆっくり振り向いたのはやはり彼女だった。
「………ああ。やっと見つけた。お久しぶりです。アヤさん」
探しましたよ、と言う彼女は昔と随分変わっていた。なんと言うか、無表情になった。レッド2号かと言いたくなるがそれは置いといて。(きっと笑えば可愛い子なのに)凍える様な寒さのシンオウと違い、暖かい気候のジョウトではやはり厚着では熱いのか赤いコートは脱いで腕に持っていた。黒いワンピースに赤いスカーフが風で揺らぐ。
彼女はしばらくなにも言わなかった。
勿論気まずい。ボクが昔起こしたミクリさんへの暴力も知らないはずがない。
「……ひ、久し振りヒカリちゃん。何でここに…?」
「あなたを探しに来たんです。場所はシロナさんに聞きました」
「……シロナさん?」
「えぇ」
黙々と答える彼女にボクは首を傾げた。ヒカリちゃんは、シロナさんと接点がある?
どこかで知り合ったのだろうかと考える前にヒカリちゃんの目がボクの肩の上に居るリオルに止まった。
そして微かに細めた、漆黒の黒い瞳。
「………まだリオルなんですね」
「うん?まぁ…進化したくないのかな。ねぇリオル?」
「ばう?」
「貴女が戦いから遠退いてるからじゃないんですか」
「……え」
「もしかしたら、その子は進化したいのかも知れない。……もう5年、進化してもおかしくない。それだけ一緒にいれば情も湧くし懐きもするのに。でもそれは経験を積んでいたらの話。アヤさん、この5年間何してたんですか?」
言葉に棘があった。何かを責めるような言い方のヒカリちゃんに不意に心臓が嫌な音を立てた。
黒い真珠のような瞳は自分の瞳から視線を外さず、ゆっくり口を開き、言葉を作る。
「私、トップコーディネーターになったんです」
「……そ、うなの…!?」
「あなたが優勝したその次の、グランドフェスティバル。………もしかして、それも見てなかったんですか?ミクリさんを倒して、トップコーディネーターになったんです。ああでも、職務は面倒くさいから全て踏み倒して来ました。あなたみたいに逃げてませんよ。でも、本当の意味で一番上に立つあなたを倒さなきゃ私は、トップコーディネーターにはなれない」
言葉の節々に棘があるのは間違いない。
「コンテストであなたが叩き出した点数も、グランドフェスティバルで出した点数も、いずれも過去最高得点。それを何も私は越えられなかった。掠めもしなかった。……私の何が足りないの。あなたは素性こそ最低ですが、才能は自他ともに認める鬼才」
そう言うと彼女は持っていたコートを放り投げるとボールを自分に突き付けた。そして、たった一言。
「勝負です」
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「………バトルか?」
「それ以外に何があんだよ」
アヤと思いを通わせるようになって一ヶ月。数日前に会ったばかりなのにもう会いたいとか思っている。ポケギアをこまめにチェックしているが、アヤからの連絡はなかったからもう俺から出向こうか……と考えているあたり案外。いやかなり自分は欲求が強いのかも知れない。
だがそれと同時に心の欲求が増えるにつれて、バトルへの欲求や餓えや渇き、渇望が以前と格段に増して仕方がない。
そんな時に、奴が現れた。
翡翠の瞳にその頭どうなってるんだと言わんばかりに尖った茶色の髪を持つ男。
見た事無い黒い体のポケモンを傍に連れてここまで登って来たであろうグリーン。随分久し振りに見たその男は全く変わっていなかった。
一ヶ月前に自分の所在地を教えたのは自分だし、別にグリーンがこの場に来た事に対して特別驚きもしなかった。只、世話焼きなこいつだから生存確認には来るだろうとその内思っていたがこんな早くに訪れるとは。
グリーンがこの場に姿を表したのを確認した時、真っ先に出た言葉は挨拶でもなんでもなくバトルか?と言う言葉だった。グリーンはニヤリと笑い腰のボールへと手を伸ばす。
「俺もお前が失踪した6年の間に随分経験を積んだんだ。負けっぱなしなんかじゃ気がすまねぇよ」
「………リーグ四天王か?」
「それでも構わなかったけど、トキワのジムリーダーやってる」
「そうか」
自分の眼孔がギラリと光った気がした。この山に入る条件はリーグに認められた強者のトレーナーやリーグ関係者。その血統書付きの奴と…そして6年振りのバトルだ。楽しみで仕方無い。
合図もなく目を合わせると同時に、二つボールが投げられた。
数時間経っただろうか。バトルをしている時は時間の感覚なんて無に等しい。
互いのポケモン達が次々と倒れ、遂にはグリーンの控えのポケモンは残り一匹、自分のポケモンは残り三体となった。
二体。撃破された。こんなに連戦で各個体突破されたのは恐らく自分がトレーナーとなって二人目だ。一人目はワタルだ。
にしても、こいつ少し見ない内に強くなったな。
「ピカチュウ。やるか?」
「ピィーカ!」
「ブラッキー!頼むぞ!」
「ブラッキ!」
最初から外に出ている互いのパートナー達は一声鳴いて前に出た。という事はあの黒い体のブラッキーと言うポケモンは、イーブイから進化したポケモンなのか。バトルが始まると同時にピカチュウが飛び出した。
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「ブラッキー!大丈夫か!?」
「(……勝った…が。ピカチュウがここまで疲れるとは)」
ピカチュウとブラッキーが互いに放った技が急所に当たり、パタリと倒れた。倒れた、が。それはブラッキーだけだ。ピカチュウは『あー、しんど』とか言いながら立っているがまあ言葉の通りしんどそうである。
初めて自分のパートナーポケモンが疲弊し、ここまで倒された。長年極寒の地で思うように動けなかったのかも知れないが、それは言い訳だ。極寒でもその条件はグリーンも一緒だ。シロガネ山の山頂なんてそう何度も来たことはないだろうに。コンデションもハンデも圧倒的にグリーンの方が部が悪かったにも関わらず、それでもこちらは二体倒されたのだ。完封できなかった。
その事実が渇いた何かを少しずつ潤していく感覚を覚えた。
「あっーくそっ!お前のポケモン初めて二体まで突破したのに!惜しかったな…もうちょいで勝てたのに」
「もう勝たせてやるつもりは無いが」
「うっせぇよ!また首洗って待ってろ!………にしてもお前ら、体調悪いのか?何だか…んー…動きが前より鈍いというか。ずっとシロガネ山に篭ってるからか?空気の薄いところで練習してる…みたいな」
とは言ったものの、久々に少し焦ったのは事実だった。
ブラッキーの他に見た事の無いポケモンも居たし、きっとアヤのポケモン達のような別地方でしか見られない捕獲したポケモンなのだろう。ポケモンには詳しい方だと思っていたが、まだ別地方には自分が見た事もない多くのポケモン達が当然数多くいるのだと最確認した。
傷付いたポケモンを回復した後にちょくちょく他愛ない話や世間話をして、この前のアヤの件の話を持ち出して来た。正直に話したら奴は壁に頭をぶつけた。そんな驚く事なのか。
「そ…そうなのかよ…!は、早まるなよ…」
「…………あぁ」
「…まぁ、とにかく。お前よ、そろそろ引きこもり辞めた方が良いぜ?お前みたいな凄いヤツはこんな狭い所に居るよりもっと広い世界を見るべきだ」
「……そうだな。それも、良いかもな」
「いやそこは謙遜しろよ。否定しろよ」
「事実を言ってるだけだ」
「お前……本当に嫌なヤツだな……」
今までの真っ黒な道に、光が出来た気がした。
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「う、うっそ…」
最後の一匹である相棒のサンダースが倒れた。
負けた。もうボロボロに完封された。彼女のポケモン二匹しか倒せなくて終わった。しかも三匹目はエンペルトで、サンダースとの相性はこちらの方が断然有利だったのに、冷凍ビームを最後にもろに食らって負けた。
手も足も出なかった。
何故?そんなの決まってるじゃないか。
経験の差だ。5年間空白の自分に、彼女はその期間訓練して、戦っていただけの話し。表現力も技の組み合わせ方もこちらが完全に負けていた。劣っていた。でも負けたことが未だに信じられなくて、事実を受け入れてボロボロになった。
「………ま、負け、ちゃった…強くなったねヒカリちゃん」
「……アヤさん。シンオウに戻って、ちゃんと戦ってください。いつまで逃げる気ですか」
逃げる貴女の背中を追って来たんじゃないんです。
と言ったヒカリちゃんにやっと理解した。ヒカリちゃんは、現トップに立つ自分を追う為に優勝したんだ。5年前ペーペーの新米だったヒカリちゃんが今、トップコーディネーターになって自分の前に現れた理由。
頂点に立ったら今度はそれを追う人が出てくる。改めて、前にワタルさんに言われた意味がわかった気がする。
「っ……」
目頭が熱い。
くやし、い。
「泣いてるあなたを追いかけてたわけじゃない」
くやしい。くやしい。
同じコーディネーターに負けるなんて思ってなかった。それも後輩なんかに。
だって各地方のコンテストとグランドフェスティバルで余裕で最高得点を出したんだぞ。簡単に過去の点数なんて塗り替えてきた。期待されれば答えるように最高のものを見せてきた。演技もなにより完成されて、みんなから綺麗だって。過去一だって。歴代最高だって。賞賛されて。そう言われてきたのに。
ボロ、ボロ。と涙が零れてくる。
くやしい。
負けたことに腹立つ。後輩なんかに負けたことも。
でも一番許せなかったのは、一回グランドフェスティバルで勝ったからって慢心していた。愚かな自分だ。
「ふっ…、っぅぅ…!!」
「……あなたが、今までどんな思いをしてたのかも。なにされてきたのかも。私、ちゃんと知ってるんですよ」
「、ふ…っ」
「でも逃げちゃダメです。暴力も。そんなことしたら今まで積み立てて来たものが霞んで見えてしまうし、きちんと評価されるべきものがされなくなってしまう」
「…っうん……」
ごめん、ごめんね。と言うとヒカリちゃんはやっと笑った。
「………もういちど、頑張れる……かな…」
「それはあなた次第です」
無表情に少し笑みが浮かんだその表情は、予想通り綺麗なものだった。
「もうグランドフェスティバルは終わってしまいましたから、次に開催されるグランドフィスティバルにもう一度参加します。………だからアヤさん。その時は、もう一度、」
最後の言葉は口に出して言わなかったけど。
だから、ちょっと待っててね。
(新たな決意と覚悟を、)