act.03 ドラゴン使い






一番始めに反応したのは部屋の隅で丸くなって寝ているカイリューだった。

ピーン、と触覚が跳ねて閉じていた大きい瞳を開ける。ボクも雑誌に落とした視線をカイリューに向けて、顔を上げては扉の方を何かキラキラした目で見ているのはきっと気のせいではない。

そしてコンコン、と。扉を慣れたような手つきで叩く音がしたのは直ぐだった。



「やぁ」

「あ、れ」



迷い人か?と思って扉を開けるとそこには。

カントー地方のチャンピオンであるその人がそこには居た。逆立てた赤い髪色に黒い服、黒いマント。とても昔から見慣れているものである。



「ワ…ワタルさん!」

「久し振りだね」

「お、お久し振りです…。どれくらいだろ…この前会ったのが…約1年振りくらい…ですよね?」

「そのくらい経つかな…カイリューも元気そうだね」

「ルッ」



いきなりの訪問に驚いた。
彼はカントー地方、ジョウト地方…ひっくるめセキエイリーグのチャンピオンである。彼とは昔からの知り合いで同時に数少ない自分の所在地を知っている人間の一人なのだけど。後ろからのしのしと歩いてきたカイリューが小さく鳴いて、ボクを押し退けてワタルさんへと飛びついた。

彼はカイリューを軽く撫でながらやんわりと目を細める。

自分が持つカイリューは5年前、ワタル本人から譲り受けた子だった。あ、当時はミニリュウだったけど。彼は多忙だ。だから極たまに会うくらいだが、今日みたいに本当にたまにカイリューの様子を見に来る。ポケモン思いの人だなぁ…としみじみ思うが、まあ渡したポケモンがどうなっているのかは気になって当然か。

折角来て貰ったんだし、彼を中に招き入れてお茶でも一杯どうですかと勧めた。



「コーヒーと紅茶どっちが良いですか?」

「コーヒーで」

「はーい」



椅子に座ったワタルさんを確認してチャッチャとコーヒーを淹れる。苦い匂いが部屋中に広がって…因みにボクは紅茶派だ。苦いのは好きくない。こんな苦い飲み物を好んで飲む人は凄いと思う。一応コーヒーは時々訪れるワタルさん用に用意しているが全く減らない。普段飲む人間がいないからだ。

カップに黒い液体がコポコポと注がれてお好みにミルクも付ける。

自分のカップと一緒に手に持ち、ワタルさんの手前に置いた。ありがとう、と言った彼にボクはいいえと答えるだけだけど。



「そういえばもうキミが引きこもりして5年も立つんだね」

「はぁ…それよりワタルさん何でここに?」

「コガネに用があったんだ。だからそのついでに様子を見ようかと」

「そうなんですか」

「カイリューも元気そうだし、アヤちゃんも元気そうで良かったよ。髪が伸びてて一瞬誰だか分からなかったけどね」



それはすいません、と言うと彼は笑った。

相当チャンピオンの仕事がハードなのか、息抜きも丁度したかったらしい。
ミルクをコーヒーに入れて真っ黒な色に白い渦のような模様が出来る。スプーンでグルグルとかき混ぜるワタルさんが何かを考えてふと手を止めた。



「君は伝説のトレーナーを聞いたことはあるか?」

「伝説のトレーナー?」

「聞いた事はあるだろう?6年前、ロケット団相手に一人で乗り込んで解散させ、チャンピオンである俺を破り最年少で殿堂入りをした青年だ」

「……少しは聞いた事ありますけどそんなに詳しくは」


何かと思えばあの伝説のトレーナーの話を切り出してきたワタルさんにボクは首を傾げる。

伝説のトレーナー。

勿論知っている。噂くらいなら。

当時10才だった少年がロケット団を解散させ恐ろしいスピードでメキメキと強くなりこのワタルさんを倒した、トレーナー。

しかもその後にポックリと姿を眩ませ、今何処に居るのか分からない。そもそもその少年はメディアを嫌い、応答を一切受け付けないらしい。写真も嫌い帽子を目深く被っていると。数多あるトレーナーの中でも情報が少なく、めっきり姿を表さなくなったから最悪死んでるんじゃ……と言う最早一つの都市伝説と化した人だ。



「…それが何か?」

「彼は6年前からシロガネ山に居るんだよ」

「…はぁ………………………………え?」



シロガネ、山?

凶悪で狂暴な野生ポケモンが腐る程わんさか生息している上に散々天候は変わるし山道はかなり危険な、あのシロガネ山?

山男やエリートトレーナーでさえ怪我しないで帰ってこれた試しがない、最悪な場合は遭難、野生ポケモンに襲われて命に関わると言われてる危険度SSSランクに入る、あのシロガネ山?



「……ば、馬鹿じゃないの…………………」

「うん、言いたい気持ちは分かるけど」



シロガネ山だよ?普通は生息するポケモンが強すぎて普通は寄り付かないと思うんだけど。そもそも人が生きていけるような山じゃない。



「結構前から連絡が途絶えてね」

「え、死んで……」

「いや、たぶん生きてるとは思うんだけど」

「馬鹿じゃないの……?」

「まあ、彼は俺らと少し感覚が違うからなぁ」



馬鹿なことは否定はしないらしい。



「彼は恐ろしく強い。彼自身も、彼のポケモン達もだ」

「か、彼自身って?」

「リングマ一匹ならたぶん殴って撃退できる」

「それは人間なの…?」

「一応人間なんだけどね…ポケモン達もいるし死んではいないと思う。でももし、救難が本当に必要なら向かいたいところなんだけど」



シロガネ山に6年滞在するヤバい人。

なんでシロガネ山なんかに住んでるのかわからない。なんだ?何か目的があるのだろうか?それか強さを求め過ぎてバグったのだろうか。



「彼の名前はレッド。真っ黒な髪に、燃える血の様な瞳の色をしているよ。ってワケでアヤちゃんちょっと探してきてくれないかい?」

「………え!?自分が!?」

「気になるだろ〜?聞いたからには彼らの戦いぶりを間近で見たいと思っただろう?会えばバトルもしてくれると思うよ!」

「いやいやいやいや!思ってません思ってません!それにボク普通のポケモンバトルはあまり得意じゃないの知ってるでしょ!」

「えっダメ!?」

「フツーに嫌ですけど!?」

「この流れで断るのかい」

「死にたくないですもん」

「チッ」



おい。でけぇ舌打ちだな。

あんな山普通の精神で登れるか。ボクはそう思ったのであった。







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