act.36 神のみぞ知る









「……アヤ、お前その頭はどうした」

「あ、え?頭?い、イメチェンを…」

「違うよね。勝手にロケット団のアジトに突っ込んで事故だけど切られちゃったんだよね?」

「(ワタルさんの、裏切り者……)」

「………はァ?」

「ひぇ………」



こ。こ。こ。こわい。めちゃめちゃこわい。

リザードンから降りたレッドさんはボクの姿を迷いなく見つけるとそりゃあもう穴が空くほど視線を受けた。自分の顔を見た瞬間、微かに驚いたように目を見開いたが徐々にその顔は歪んだ。そしてしこたま機嫌が悪い。



「ピカ!」

「あ、ピカチュウさん……」

「ピカピ!」

「ブイ!」



ピカチュウさんはレッドさんの肩から飛び降り、ボクを無視してサンダースの元へ駆け寄っていく。よっ!みたいな感じで手を上げて挨拶をすればサンダースと何かを喋っている。



「……?黒い髪、赤い目、ピカチュウ………ねぇ、あの子もしかして」

「そうだよ、レッド君だよ」

「やっぱり!あらまぁ〜…!あの子が噂の…レッド君お目にかけれるなんて奇跡に近いんじゃないかしら」

「え?ほ、本当に…?あれがレッド君?…本物かい?」

「ホンモノホンモノ」



シロナさんとダイゴさんがまるで幽霊を見るようにレッドさんを見ている。まあそうだよねビックリもするよね…。それにしても黒髪、赤目、ピカチュウでそれがすぐレッドさんだと紐付けされるって本当にこの人のアイデンティティというか、印象が強烈だな…。やはり突然現れ、昔ロケット団を瞬殺してセキエイリーグを鬼のような強さで踏破し姿を消した伝説の噂は他地方のチャンピオン達にも有名な話らしい。

っていうかワタルさんさっき、ポケギア弄ってたのって…メールがどうこうって…もしかしてこの人を山から召喚したのワタルさんでは…?しかもここぞとばかりに攻めてくる。嫌な汗いっぱいにワタルさんを横目で見れば、その視線に気付いたワタルさんは軽く笑って口パクで何かを言った。

“俺は許すなんて言ってないからね”

…………………。

この人悪魔だ…。

その時パキ、とガラスを踏む音が聞こえた。はっと音がした方向を見れば射殺さんばかりの視線を向けたレッドさんが目の前に、そこに居た。
眉間には密かに皺が寄り、いつもより数倍恐い。

ワタルさんが許してない(らしい)上にメールを送ったという事は、軽率な行動をしたボクにまだ怒り続けているのだろう。どんな文章でメールを送ったのかはわからないが。それをなぜレッドさんにわざわざ言ったのか…それに彼がそれを知ったとはいえ、そんなことでここまで乗り込んで来るとは思えなかった。

だってそもそも。レッドさんにそんな心配されるような間柄ではないのに。

自分のことよりもポケモンを優先する彼だ。他に興味を示さないし、他人のことなんて二の次三の次だろうに。



「あ、あの……」

「………」



レッドさんは変わらず眉間に皺を寄せて無言のまま、ボクを頭の先からてっぺんまでじろじろと見ている。言葉を発さないからボクも余計な言葉を言うのも憚られる。
確かな怒気は伝わってくるけど、レッドさんがなんでそんな怒るのかわからん。

軽い気持ちでロケット団のアジトにお邪魔したけど、大きな怪我もしてない。髪が切れたくらいだ。

無言の時間が続く。うう。気まずい。



「他に怪我は?」

「、ぇ?」

「だから他に怪我したところはないのか」

「な……ない……です……」



レッドさんが顎でボクの頬と首の傷を指していることはわかった。

ない。と答えればやっと彼は深くため息をついて動き出す。



「このバカ、」

「、」



レッドさんはボクの手を痛い程握りしめて、でもどこか凄く安心したように吐息を漏らしていた。そんな彼にボクは目を見開いて。

……え。なに。心配してくれてるの。

レッドさんは傷の具合を確かめるように軽く触れてくる。



「痛みは」

「え、あぁ…だ、大丈夫、です。さっき薬塗って貰ったし…」

「ワタルから聞いた。……その程度で済まなかったらどうするつもりだったんだ。頭の悪い行動は慎め」

「ご、ごめんなさ」

「なにで切られた」

「え?」

「髪。怪我したところ。なにで切られた」

「………ポケモンの、鎌鼬がこっちに飛んできて……」



そう言うと目の前のレッドさんだけじゃなく、後ろに控えていたワタルさん達も息を飲んだ。部屋の空気がちょっと変わった。

あ、ヤバい。凍ってる。また怒りの気配が背後から……ワタルさんから感じる。



「……アヤちゃん?」

「は、はい」

「ロケット団相手に戦ってた相手は研究員だけだって言ってたよね」



ワタルさんのこめかみに血管が浮き出ていた。



「ポケモンはロゼリアとボスゴドラと戦ったって聞いたから、傷の具合から見てロゼリアの葉っぱカッターやマジカルリーフが掠ったのかと思ったよ俺は」

「……アヤちゃん、鎌鼬はダメだ。首に当たってたら即死だったよ」

「笑い事じゃ済ませなくなったわね」



だいぶ深刻な話に肥大化したそれは、今更になってボクに重圧となってのしかかってきた。一歩間違えれば大変なことに。その意味をやっと理解した。あと一歩、間違えれば死んでたということだ。

ピカチュウさんはサンダースと一通り喋り追えるとレッドさんの肩に戻ってきた。ピカピカと何かをレッドさんに喋っており、しばらくすると彼は俯いてゆっくりとボクの肩にずるずるともたれ掛かるようにその顔を埋めた。



「………よかっ、た」

「あ、あの。レッ、」

「うらみがあった。………おまえに」

「は?」

「そのお前が戦った人間」

「、ぇ」

「理由は、おまえはわかるはず」



グランドフェスティバルの準決勝の相手だった。

戦う前からボクを異様に敵対視して、過度な挑発はしてくるし影で罵詈雑言は凄いし。だけど舞台で圧倒的な力の差と点数差でボコボコにすると、それが嘘のように静かになって。彼が退場する際にボクを恨みがましく睨みつけていたのを思い出した。

ああ、あれ。恨まれてたのかボク。だからあんなにも叫び倒してたわけね…。



「ポケモンの技は人間にとって凶器だ。それが人の助けになることもあるが、………人間に当たれば、一溜りもない」

「は、い…」

「………死んでなくて、よかっ た」



いつの間にか。

レッドさんはボクの背中に腕を回して抱き締めていた。

思ったよりも事件性が大きかった今回のボクの軽率な行動。ワタルさんもシロナさんもダイゴさんも、眉間に皺を寄せながらも安堵したように息を着いていた。



「ごめ…なさい、本当に。…すみませんでした。……もう、絶対。しません」



もう謝る以外の選択肢はなかった。



______
____
__



暫くするとはぁーやれやれと言った感じでワタルさんは溜め息を着く。あの、すみません。なんて謝って。謝ってしまうのはもう癖なんじゃないのか、とか思ってしまうけどそんな事より、だ。

聞いてください。体がガチガチです。動かないんです。

レッドさんが離してくれない。いまだ抱き締める腕はしっかりと背中に回されてレッドさんは現在もボクの肩に顔を埋めている真っ最中である。何も言いません。助けてください。

っていうかワタルさん達居るのに!!何でこんな見せしめなようなことをされているのか…。レッドさんには他人から見られる羞恥心というか、この人には恥じらいと言うものが無いのだろうか。



「ワ、ワタル…?もしかして……え?これどういうこと…?そういうことなの…?」

「……うん、たぶんそうなんだけどね。お互い鈍感なのかなんか知らないけど気付かないんだよ…互いに。可哀想に」

「アヤちゃん!そのまま抱き締め返してあげて!」

「え!!?」

「いやー、でも。まさかここまで進展してるとは。……もしかしたらアヤちゃんの面倒見てくれるのが近々変わるかも…」

「何だってッッーー!!?いいよ僕が面倒見るよ!?」

「オイイイイっっ」


ガンッ
パリーーンッ!


勢いよくダイゴさんが椅子から立ち上がると反動で椅子が倒れて壁に勢いよく直撃した。壁は凹んだ。そして机のカップが倒れて床に直撃して割れる。ダイゴさんはワタルさんとシロナさんに頭を叩かれ、割れたカップを片付けさせられていた。

どうしよう…今日って家具が壊される日なのだろうか。椅子に壁にマグカップにフロントガラス…修理いくらかかるかな…。

ダイゴさんは足に突き刺さったマグカップの破片は気にせず仁王立ちでレッドさんをを睨み付ける



「今まで手塩にかけて育てて可愛がってきたのにそんな易々と旅立たせてたまるか!!それに石の魅力についてこれから語んなきゃいけないのに」

「いやダイゴさんに育てられた覚えはないですけどね…」

「妹みたいに小さい頃から可愛がって来たんだよ僕は…!っていうか僕、妹欲しいんだよね」

「初耳ですが!!?」

「俺も初耳なんだけど」

「私も」

「妹欲しいのにそんなどこの馬の骨とも分からん奴に渡さないよ!?それにハグなんてアヤちゃんが小さい頃に一度したっきり……!羨ましい…!!」



バトルだ、とモンスターボールを突き付けるダイゴさん。

そんなダイゴさんにのっそり顔を上げたレッドさんはなんだこいつは、とあからさまに面倒臭そうな表情をした。「……邪魔すんなよ」という耳でボソッと言う言葉には聞こえないふりをしておいた。

ってか石の魅力なんてわかんねぇよ。



「レッド君」

「……ワタル」

「戦わないのかい?彼、こう見えてもホウエン地方ののチャンピオンなんだ」

「僕からも。是非一戦戦って欲しいなレッドくん。そしてアヤちゃんのおもり約は譲らないよ」

「ボクは赤ちゃんかよ。……ッヒぇ」



チャンピオン、と聞いたレッドの目付きが変わった。細められた瞳からは血に餓えた獣のような…それを間近で見て背筋が凍る。



「………OK。ここは森の中だし地形を壊したくない。3本先取だ」



レッドさんはそう言った。

闘志が宿った瞳にワタルさんは面白そうに笑いを噛み潰したように笑うと、「じゃ、先に外行こうかな」と割れたフロントから外に出た。それに続いて面白いものが見れる、と楽しそうにするシロナさんもその後に続く。ダイゴさんも3本先取ならこの選出で行こうかなとワクワクしながら出て行った。流石チャンピオン。バトル大好きかよ。

部屋の中に取り残されたボクとレッドさんは改めて。



「あの、行かないんですか…?」



肩に顔を埋めたまま暫くすると、やっと彼は顔を上げた。そんな赤い目と一瞬目が合うとレッドは楽しげに目を細め、フッと微笑んだ。するりと腕が解かれ頭をポン、と叩かれる。ボールベルトのボールを撫でるとリザードンと一瞬に彼もフロントから外に出て行った。

自分もレッドさんとダイゴさんのバトルだなんてそんなレアなバトル滅多に拝めないとウキウキと楽しみにしていたが。



「…………?」



解かれた腕が何故か寂しく感じたのは気のせいだろうか。

(そんな事、無いはずだが)

リオルを肩に乗せて外に出ると何か呪文のような言葉をぶつぶつと呟くダイゴさん。そしてこれまた見事な無表情で赤い帽子を被り直し、ピカチュウを肩に乗せたレッドさんが居た。

ワタルさんとシロナさんは観戦する気満々なのか外にあるベンチに深く腰かけて笑いながら茶をしばいている。



「どう?面白そうだね」

「あのレッド君の生試合!6年前ワタルと公式戦をしたっきり音沙汰もなくなって、そこからシロガネ山での武者修行という名の引きこもり。チャンピオンとして興味が無いわけないじゃない!」

「俺も久々にバトルしたいなぁ。ダイゴの後に頼めないもんかな」

「え。なら私も」


と興奮している。

そういえばレッドさんはダイゴさんに勝ったら…新たに裏ホウエンチャンピオンになってしまうのでは?そんな思考を繰り広げていた時、ワタルさんに話しかけられた。



「どうアヤちゃん?このバトル、非常に面白いと俺は思うんだけど。どっちが勝つと思う?」

「え?あ…あぁ、そうですね。とてもレアなバトルだと…ってかここでしていいようなバトルじゃないですもんどう考えたって!公式戦でやればいいのに。ダイゴさん大丈夫かなぁ……ピカチュウさん出すのかな?相性の壁なんて気にしてませんよあの人」

「そうだね力で押しそうだね。でもダイゴも簡単には勝たせてくれないだろうし……そういえばアヤちゃんどっち応援するの?」

「えぇ!?どっちか!?どっちって……そりゃ、二人共楽しんで戦えれば良いなって」

「(考え方が甘いなぁ…)」

「じゃあアヤちゃん。ダイゴが勝ったら一緒に石探しという非常に残念な人生を送るのと、レッド君が勝つと毎日彼のバトルの見学できるの、どっちが良いのかしら?」

「そりゃ毎日バトルの見学がいいに決まって…」

「じゃあレッド君応援しないと!」

「ダイゴさんをボコボコにしちゃってくださーーーい!!!」



シロナさんはゲラゲラと腹を抱えて笑う。

そんなレッドさんへの喝に彼は任せろと言ったように片手を上げた。互いにボールを投げると中からはエアームドとカメックスが飛び出した。

そして真っ白になったダイゴさん。



(バトルはレッド氏の勝利で幕を閉じたが、ボールから放たれたアーマルドが初手ピカチュウのアイアンテール一発で再起不能になったのは本当に謎だった)








「…………あれ?そういえば、」


なんでレッドさん、ボクの髪を切った相手の事がわかったのだろう。恨みを持ってた、なんて。

会ったことすらないのに。
















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