act.35 赤い人衝突






「ぐぁぁぁっっ…し、染みるぅぅうう……!!」

「だから染みるって言っただろうに。少しくらい我慢する!」

「ばうーうばばばばっ」

「ちょっリオルあんたあからさま見て楽しんでるでしょ何その嫌な笑い!?ぐうううっ…ぐぁぁぁ…!!わ、ワタルさんっ…優しくっ…もっと優しく…!!」



あれから一悶着落ち着いたからロケット団アジトを出て今は自分の家…ウバメの森へと帰ってきた。切られた頬と首は薄皮一枚なので絆創膏を貼るまでもなく、一応消毒をすれば良いものなのでワタルさんに治療をして貰っている最中なのだけれど。

そう、最中なのだけれど。

まだ軽く怒って居るのか消毒液を染み込ませたガーゼをグリグリと押し付けてくる。

あの場に居たゴールド君とコトネちゃんは再度ワタルさんが最後にお礼を言った後に、旅を再開して次の町へと向かったそうだ。(餞別に秘伝マシンをあげたらしい)

どうやらバッジの数は既に7個揃っているらしく、あとはフスベ…ようはイブキ姉さんが持つバッジを貰えばセキエイリーグに挑戦できる権利が与えられる。そっかぁ…勝ち続ければこの目の前に居るワタルさんと戦う事になるのか。二人共ここまで良く頑張って来れたなぁ。そういえば二人共リーグに挑戦するのだろうか?



「……よし、終ったよ。擦ったりしないようにね」

「あ、ありがとうございます」

「さ!じゃあ今度は髪の毛切り揃えちゃいましょう。こう見えても私、手先は器用だから安心してね」

「お…お願いします」



シロナさんが嬉々とした表情で大きい布をひんやりと風が通るボクの首に巻くと鋏を手に取った。

普通にバサリと切られた髪は斜めに切れていて外を歩くにはとてもじゃないが恥ずかしい。良かったシロナさんが居て。

一回髪に櫛を入れて髪型を整える。細い指が髪を梳く感じがくすぐったい。思わず身動ぎすると後ろでシロナさんは笑った。



「あーあ…切れた髪の長さを見たんだけど、たぶん腰くらいまであったのよね?」

「え?あ、そうです!腰くらいまで…5年ずっと伸ばしてたから、むしろ今切れて丁度良かったのかも」

「今度あいつぶん殴りに行こうかしら」

「…やめてくださいね……」

「冗談よ」



パサ、と見慣れた茶色の髪が床に落ちたのが見えた。


あいつ、とはあのコーディネーターの可哀想な青年だ。あの時シロナさんに殴り飛ばされた青年は後から駆け付けたジュンサーさん達に取り押さえられ、ロケット団員達も半分以上捕まえられてしまったらしい。

今思えばコガネのラジオ塔を乗っ取ったりヤドンのシッポを切ったりしていたらしいし、とんだ悪党迷惑集団だ。幹部も叩いたらしいからもう復活だなんて無いと思うけど…。



「アヤちゃん!君のポケモンの回復は終わったけど…ムウマージ…ムウマージは一体どうしたら…!?」

「ありがとうございますダイゴさん!あぁ、ムウマージはそれ寝てるだけなんで放っといても大丈夫ですよ」



サンダースを連れたダイゴさんがリビングに戻って来た。彼は傷付いたボクのポケモン達を回復していてくれたらしい。目を開けたまま微動だにしないムウマージをダイゴさんは抱えてソファに寝かせていた。

…な、何だか。何から何まで本当に悪い気がする。

今まで連絡してなかったシロナさんとダイゴさんはもう仕方ない。…いや、本当はシロナさんには教えるつもりだったんだけどダイゴさんに漏れるとめんどくさかったから言わなかったのだけど!…バレてしまったからこの際家(現在の隠れ家)も教える事にした。

そんなダイゴさんは「キッチン借りるね」と言って人数分のコーヒーや紅茶を容れてくれている。……ううん。やっぱりダイゴさんも身長は高いし、スタイルも良いしルックスも良いからこうして真面目に過ごしているのを見るとかなり格好いい。いつもこうしてればなぁ…。

まぁでも実際、そんな思っていたほどダイゴさんは昔より控え目になってたから良かった。



「……ダイゴさんは、昔よりちょっと落ち着きましたねぇ」

「え?僕が?……何が?」

「いや何も落ち着いてないわよ」

「え?」



しみじみ言うボクに向かってシロナさんがブンブンと手を振る。そしてワタルさんも頷いていた。

え?落ち着いてないの?そんな風には見えないけど……。



「ねえダイゴ」

「ん?」

「今日アヤちゃんの写真何枚撮ったの?」

「え?えー……65枚かな」

「ファッッッ!!!!???」

「小さな頃からのアヤちゃん成長アルバムに追加しておくね」



ごめんボクが間違えてました。

この人全然変わってないわ。



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_____
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「…?どうしたのアヤちゃん?」

「………」

「ロリコンに期待して打ち砕かれた気持ちを察してあげなよ」

「可哀想に…」

「え!?待って、ロリコンって僕のこと!?僕は小さな時から見てきたアヤちゃんが可愛い可愛いって思ってるだけなのに!!?」



誰がロリコンだよ失礼な!と怒るダイゴさんを無視してボクは明後日の方向を向いた。

もうこの人の矯正は無理かな……とか考えて。



「まあそんな白い目で見なくても大丈夫よアヤちゃん!もっと心を強く持って!ヒカリちゃんなんかダイゴが彼女に近寄っただけで豆撒かれたって言ってたから!それくらい強く行かなきゃ!!」

「ひ、ヒカリって…あのヒカリちゃん!?」


彼女の名前を久しく聞いて驚いた。まさかそんな狂暴になっていただなんて。(っていうかダイゴさんアンタ豆撒かれたんか……)

ヒカリ。

5年前だったから今は15才かな。後輩だ。

黒い髪が似合う…超絶ドライクールの一見何を考えているか分からないが可愛いシンオウ地方出身のお嬢さんだ。ポッチャマ元気かなぁ。そういえば彼女は今どうしてるんだろう?



「………ってワタルさん、何やってるんですか?」

「んー?ちょっとね」



視線を端に動かせばソファーに座って足を組みながらポケギアを弄るワタルさんが居た。暫くしてボタンを打つ指が止まると何故かポケギアの電源をONにしたまま目の前の机に置き、そのレッドさんと同じ赤い瞳はポケギアの画面をじっと見つめている。

何だろうと首を傾げた調度その時、首周りを軽く圧迫していた布がパサリと取られた。パサパサと細かな髪の毛が床に滑り落ちていく。



「はーいお待たせ!どう?良い感じじゃない?」



さっすが私!と自分を褒めるシロナさんが鏡でボクを映した。



「んー可愛い!ショートも似合うじゃない!」
「おお……!」



前と違って腰下までの髪は首に着くか着かないか辺りでバッサリと切り揃えられていた。ショートボブ。うわぁ髪型可愛い。シロナさんカット上手すぎでは…!

ショートもたまにはいいなぁ〜!

しかも軽くなった分涼しい。



「すごーい!イメチェンだぁ〜一瞬じゃボクだってわかんないなぁ」

「おや。随分さっぱりしたねぇ。可愛いじゃないか」

「えへへ。ありがとうございます」

「アヤちゃん写真撮っていい!?」

「やですん……」



笑いながら肩を軽く叩くワタルさんに苦笑いしながら鏡を覗く。

自分ではない自分がそこに居るみたい。

うわーと短くなった髪を弄くっていたその時、今世紀最大で心臓が破裂するんじゃないかと言う事件が起こった。

バリィイイイインッッッ!!!!!



「ぎゃあああッッッーー!!!??」



突然何かがフロントのガラスを突き破った!

あんまりにも突然の事過ぎて目が点になって唖然としているダイゴさんやシロナさん。膝の上に居るリオル、そしてサンダースと言った手持ちメンツ。到底女じゃないだろうと思わせる汚い悲鳴を上げた自分も開いた口が塞がらない。

割れたガラスの破片がバラバラと床に落ちる中で突き破ってきたものであるのは、リザードンではありませんか。

恐ろしい予感がした。



「やあ。メール送ってから15分くらいかな。思った以上に早かったね」

「………」



にこやかなワタルさんの声色。

いやいやそんな事より何だって?メール?

誰に?ちょっとヤメテください。

答えは目の前!!

ガラスを払うように首を振るリザードンの後ろから姿を表したのは、ヤバいくらいに不機嫌そうなレッドさんでした。








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