act.33 髪切りました
山をも響かせるような大きな音が響いた。パリパリとピカチュウの頬から漏れる電気の音を聞きながら、閉じていた瞳を開く。
そこには巨大な岩が黒焦げになって真っ二つに割れている光景。それを見てから深く被っていた帽子を外せば一端休憩と察したピカチュウが駆け寄って来たから頭を撫でた。「体調はどうだ」と相棒に聞くと『絶好調だよ』と返事される。
「…………今の…ジョウトからか」
今のピカチュウの放った雷とは違う密かに感じた小さな揺れ。
シロガネ山に長年籠るようになってから視覚や聴覚や嗅覚などといった五感が以前にまして鋭くなった。人に感じられない音や匂いも最近では感じられるようになったし、今まさしく人には聞こえないような音が聞こえたのも確かだった。
微かに感じたのは小さな、ほんの小さな揺れ。
恐らくジョウト地方からのものだろう。一応はここまで聞こえて来るのだから相当大きな地震か爆発か、何かが起きた。
「ピィカ?」
「……………いや」
首を傾げるピカチュウに(ピカチュウにも聞こえていた筈)何でもない、とまた頭を撫でた。
不意に赤いポケギアをジャケットのポケットから引きずり出し画面を確認する。着信は無し。
未だにアヤから連絡が入ったことは一回もない。
メモに自分の携帯番号を書いて渡したが、そもそも登録すらされていなかったらしい。
どういうことだ。
とりあえずアヤにはかなり世話になったことは事実で。
その例として金を渡そうとしたら断固拒絶されて、それだったらと欲しいものでも渡そうと思ったらそれもいらないと。借りを作りっぱなしなのはかなり癪に障るものだから、困った事があったら、と自分の連絡先を渡したけれど登録すらされない。
は?
……は?
いやだいぶムカついた。
………アヤ、あいつ今頃一体何をしてるんだろうか。二時間前に一回ポケギアにコールを入れているのに留守番電話で全く出ない。握り締めたポケギアがギシ、と軋みを上げた。いや、決して勝手に帰った事に対して根に持っている訳ではない。多分。
…最近。いや、結構前から。ずっと自分の脳内をアヤが占拠している。今までポケモン達の能力を高めることしか、ポケモンにしか興味がなかったのに。…何故?かなり疑問に思った。あぁ、きっと今までに見たこと無い人間のタイプだからか、と片付けておく事にして。
「(………何か嫌な感じがするな)」
長年に渡り研ぎ澄まされた勘は伊達じゃあない。
何も無ければ良いがと考え、ポケギアをジャケットに突っ込んだ。
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「うわぁああああ!!マイヘアー!ボクの髪!!どうしてくれるんだあんた!!」
「お前こそどうしてくれるんだ俺の優勝行き!あの日の最も青春した日を返せー!!」
「知らんわボケェ!あんたこそどうしてくれるんだ!ボク髪伸びんの遅いんだから!弁償しろバッキャロー!!」
「それこそ無理な話だ!」
バラバラと床に散った自分の栗色の髪を見ながらギャンギャン叫ぶ。青年も負けじとギャンギャン叫んでるけどそんなの知るか。
どうやら物凄い速さで駆け抜けたのは白い体のポケモン、アブソルだった。足止めする為に鎌鼬か切り裂くを使ったのだろうがまさか髪を切るなんて!
しかも薄く切れた頬は地味に痛いし!首の薄皮が切れたのかちょっとヒリヒリするし!!
そう、ボクは怒ってるんだから!
肩に付くか着かない程度に切れて急激に短い髪になったボクをサンダースとシャワーズはパチクリと見上げてくる。うん、驚くのも無理は無いと思うようん。ボールの中のみんなも暴れてるのかガタガタ音が鳴っている。
許すまじ!
「絶対に許さん!後で縛って川に流してやる!何だかムカついて来たからこうなったら実力行使じゃーー!!」
「お前こそ俺の格闘技食らえやぁああ!!」
何故かポケモンバトルそっちのけで素手でバトルになってしまった事は最早気にしない。
奴の顔面にキックでもかましてやろうと思ったその時だった。
「うるぁあああああああ!!!!」
「ぐふぉおおおお!!!」
▼シロナの メガトンパンチが きまった!
「(え…えぇええええ!!??)」
目の前に突然現れて物凄い雄叫びを上げながらこれまた物凄い威力で青年を殴り付ける我らがチャンピオンの姿があった。