act.29 笑顔で押し付けられる




「あれ、アヤさん!?」

「え、ウソ……って本当だ!何でこんな所に……っていうかいつの間に…」

「久し振り〜!」



怒りの湖から出ようと踵を返した二人が、ボクの顔を見るなり驚いた顔をしてビタリと足が止まった。

うんうん、そりゃあ驚くだろう。いきなりさっきまで居なかった人間が背後に現れて、しかもボクの隣にはあのカントーチャンピオンのワタルさんまで居るんだから。

カントーに住む人ならワタルさんを、その名を知らない者は居ないだろう。

極めて印象深い赤髪に、それを引き立たせる清潭な顔立ちを持つ彼を。

予想通りワタルさんを目に写した二人はギョッと驚愕な色に表情が染まる。え、えぇえ、と言葉にならない言葉を鬱ぐコトネちゃんとパクパクとゴールド君の口が金魚みたいに動き出し、ワタルさんはにっこりと笑うのだった。

……世の中、何を考えているのか分からない人がいっぱいいると思う。その代表がレッドさんだが、ワタルさんもなかなかの勢いだった。

だって!有り得ないよ何考えてんだこの人!



「さっきのバトル、見事だったよ。結構な腕が立つとお見受けする。……突然ですまないが、君達の力を見込んでお願いがあるんだ。ロケット団を潰すのを一緒に手伝って欲しい」



有り得ない!

いきなりなんの怪しいセールストークみたいなことを…。

そもそもそんな危険な所に…おおおおい!!と叫びたいが必死に口を継ぐんで我慢した。メチャクチャだ……。ボクの視線に気付いている筈なのにそれを綺麗に無視したワタルさんは勝手に話を進めていく。

仮にも犯罪集団で、何を仕出かすか分からない連中なのに!連れて行くなら四天王の人達とかを連れて行けば良いものを。

一応は嫌だ、と二人が首を横に降ればワタルさんは強制はしないだろう。どうか危ない道に首を突っ込まないで欲しいと願うが、ボクの願いもゴールド君の無邪気な一言に蹴り落とされてしまった。



「お、俺達で良ければ!お手伝いします!それにあいつらに占領されたコガネのラジオ塔で暴れたの俺達だし」

「そうよね、ヒワダでとっくに目を付けられてたし。早めに何とかしといた方が良いわよね!お手伝いさせて下さい!」

「(既に手遅れだったーー!!)」



もう目を付けられてたのか…!!なんて事!頭を抱えればワタルさんは満足そうに笑って互いに握手をしていた。「悪党集団をぶっ潰すゾー!」「悪党は私のマリルリとベイリーフが三枚に下ろして叩き上げてそこのギャラドスのエサにしますね!」なんて言っている。恐ろしすぎる。(何なんだこの目の前の図は)


どうやら彼らはヒワダタウンで既にロケット団から目を付けられていたいたらしく、幹部の連中とも顔を合わせ済みらしい。何て事だ。



「よし、じゃあ早速乗り込もうか。怪電波の出所はもう分かってる。って事ではい、」

「え?」

「任せたよアヤちゃん」



いやいやいや…はい、でも無くて任せたじゃなくて!

笑顔のワタルさんは持っていたボクのバッグをポンと押し付け片手を軽く上げた。え?え?と目を白黒させるボクの頭に手袋を嵌めたワタルさんの手が乗せられる。ポンポンと数回叩かれる昔からあやすような手つきのそれは“良い子だから聞き分けなさい”という意味を持つ。

え?何を?



「という訳だから、後の始末は頼むよ」

「……え、えぇぇぇえ!!?」



ワタルさんが指差す先は、泉。いや、その奥の底に住まうギャドス達だった。

どうやらさっきの赤いギャドスを倒した騒ぎで他のギャドス達が徐々に興奮しているのか、水がブクブクと渦を巻き始めていた。じゃあ任せた、と言うワタルさんの後ろでは泉の変化に気付いていないのかゴールド君とコトネちゃんが「チャンピオンと知り合いだったなんて…!」「実はアヤさんってとんでもない人なんじゃ…」とかブツブツ言っている声が聞こえる。いやいやちょっと待ってボクを変人な目で見ないで!

最後にニヤリと笑みを残したワタルさんは黒いマントをバサリと靡かせ、踵を返した。



「じゃあゴールド君、コトネちゃん。場所はチョウジタウンに明らかに怪しいお土産屋さんがあるだろう?多分そこだ。先に行って待ってるよ!」

「は、はい!」



カイリューを引き連れてさっさとチョウジに向かったワタルさんを見送りながらボクは呆然とした。何なんだあの人、昔よりメチャクチャだ…!

ヒクヒクと笑みを作りながらあのチャラいの次会ったらワサビ目に塗りたくってやる…と怨念を込めた。



「コトネ、先にポケモンセンター行こう!」

「そうね…次こそあのランスとか言うオカッパを再起不能になるまでケチョンケチョンにしてやるんだから!私のマリルリをあの日、ボコボコにした罪……重罪……。とりあえずバトルで叩きのめした後全裸で亀甲縛りにしてアジトの玄関の前に吊し上げなきゃ……」

「え、コトネ。あのアテナとかいう幹部のお姉さんはどうしたの?許したの?」

「アテナ?ああ、あのクソババアね。勿論許してないわよ。あの女、私のチコリータを見て鼻で笑ったのよ。しかも私の顔見てなんて言ったと思う?「乳臭いお嬢ちゃんだこと」とか言いやがったのよ許しちゃおけないわ。とりあえずツルの鞭で縛り上げてパンツ下ろして鼻水垂らして泣くまで尻を叩くわ」

「うわヤベェ」



何それエゲツナイ。



「あっそろそろ行かねぇと!ワタルさん待たせちゃまずいって!アヤさん!また会おうなー!」

「アヤさん!何やるか知らないけど頑張って下さい!また今度遊び行かせてくださいねっ」



無邪気な笑顔を浮かべ、手を振りながら怒りの湖を走って出て行く二人にボクは頭を抱えた。



「…………」



あれ?やっぱりコトネちゃんってそういうキャラなの?

前に見たコトネちゃんのチコリータはとりあえずヤバめの
性格をしているなぁとは思っていたが。だってヒノアラシを特殊な縛り方をして宙に吊るしあげていた気がする。

あれ?なんか……今喋ってた内容って確実にマズイ方向に爆進中なのでは?

全裸に亀甲縛り?

バトルに負けたらアジトの前に吊るされるの?

全裸亀甲縛りで?

ボクが前にシルバー少年に対して罰ゲームさせた全裸(パンイチでも可)でマダツボミの塔を降りることよりもエグい。

どうなってんだ最近の若者は……。

そのランスとかいう人の命運を祈った。



(色んな意味でレッドさんに会いたくなった)









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