act.28 赤いギャラドスと
「………あれ?」
怒りの湖が眼前に迫って来た時、泉の中心に一つの赤い巨体が有った。大きな体にあの風貌は海の王者のギャラドスに間違いは無いだろうが、青色ではなく赤い鱗のギャラドス。あれが世間一般的に言う天然の色違いのポケモンなのか。
自分はこのかた今まで天然の色違いのポケモンなんてそんな大層な子は見たこと無かったからちょっとした感激に浸った。最近では化学が発展し、人工的に色を変えられて産まれてくる子もいる。
ワタルさんも例外では無いようで赤いギャラドスに目を見張る。そういえばワタルさんもギャラドス持ってたなぁ…見た目と違ってかなり大人しくて人懐こい子だったけど。
そしてふと気付いてしまった。
上空から見れば分かるけど湖の下にはかなりの、いや多すぎるギャラドスがうねうねと水の中を泳いでいた。
ちょっと何あれ気持ち悪い。
……あれ、おかしいな。怒りの湖って大半コイキングしか居なかった気が…いつからあんなバイオレンス地帯になったんだろうか。
しかもあのギャラドス、何でずっと水上に居るんだろ。
「あの、ワタルさん……いつから怒りの湖ってギャラドスの巣穴になったんでしょうか」
「言っただろうアヤちゃん?おかしな怪電波が泉に流れ込んでるって」
あぁ、そういえばそんな事言ってた気が…。そもそも怪電波って何処から流れて来てるんだろう?コイキングをギャラドスに無理矢理進化させる為だけに流してるならそれはいけない事だし、止めなきゃいけないし。
隣のワタルさんの顔を見ればじっと赤いギャラドスを見ているだけで地上に着地しようとはしない。
けれどバサバサと上空に飛び続けるカイリューは疲れる素振りも一切見せず、主人の指示が有るまで永遠と飛び続けているだろう。なんてタフなんだ。怖いなぁチャンピオンのポケモンって。
そういえばワタルさんのカイリューとレッドさんのリザードンならどっちが強いんだろう?あぁでもワタルさんに勝ったレッドさんの方が強いのかな。当たり前か。
そういえばあの赤いギャラドス、レッドさんに凄く似合いそうだ。うーん…でもレッドさんと並べてみたら超怖いだろうなぁ……かなり恐ろしい。一緒に睨まれたりでもしたら……絶対生きる気力無くなる!!
ってあのギャラドス目も赤いよレッドさんの生き写しなんじゃっ……!!!
「う、うぁああああ…死ぬ、死ねる…!」
「………アヤちゃん?」
突然悶え出したボクにワタルさんはちょっと引き気味に眉を寄せる。大丈夫?と心配なんだか同情なんだかどっちともつかない顔で言われてるけど気にしない事にした。
さて、結局はこの大量のギャラドスを倒す為に此処に来たんだし(強制的に連れて来られただけだけど)さっさと終わらせたいのにワタルさんは動こうとはしない。
何でだろうと少なからず不満を口にしようとした時、地上からポケモンをボールから出す開閉音が聞こえた。
「デンリュウ、十万ボルトだ!」
え、と思った瞬間眩い強烈な光が赤いギャラドスに向かって放たれた。
パチクリとしたボクの脳がポケモンの十万ボルトだと理解したのは随分時間が掛かっただろうが、電気を浴びたギャラドスは負けじとハイドロポンプを放つ。それをまた放電で相殺して……激しい攻防が続く中、デンリュウのトレーナーらしき人物が直ぐ後ろに立っているのを発見した。キャップの鍔を後ろにして被り、あの特徴的な前髪は以前に会った事が…………、
「………ゴールド君?」
「あれ、知り合い?」
「え、まぁ……前に一度だけ会ったことあるんです」
「…そう。それにしても、あのデンリュウ良く育てられてるね」
鍔を後ろにして被ってるあの少年は間違い無くゴールド君だ。という事は近くにコトネちゃんも居るんじゃ………あ、居た。ってゴールド君そっちのけで怒りまんじゅう食べてるよあの子ー!?
相変わらずだなぁと乾いた笑いを溢す隣で、ワタルさんはバトルを観察するようにじっと視線を下に落としていた。
ビシャーン!!という耳を塞ぎたくなるような音が辺りに響いた。その音が原因で泉の周りに潜んでいるポケモン達が逃げるように散っていく。
バリバリと発光するデンリュウの尻尾が雷を引き起こしてギャラドスの急所に当たり、加えて麻痺状態になって水上に倒れた巨体に空のボールが目掛けて投げつけられた。
そっか、ゲットする気なんだね。
「っ、!…ワタルさん?」
「降りるよ、気を付けて」
「ちょっいきなり過ぎる……!!!」
ギャラドスがボールに吸い込まれて行くように消えて行ったと同時にカイリューが大きく羽ばたいた。バサリと翼を折って低空飛行するカイリューにワタルさんは無慈悲な一言を突き付けながらもボクが落ちないように肩を支えてくれた。いや、うん素直に有難うとは言っておくけど!
地上に足を降ろした頃には赤いギャラドスはゴールド君の放ったボールに無事に収まっていた。
そして水上にポチャンと落ちたギャラドスが入ったボールを恐らくコトネちゃんのポケモンであろうマリルリがザバザバと水を掻き分け、泳ぎながらボールを抱えて戻ってくる。
「サンキューマリルリ!」
「ルリルー!」
「モンスターボールって防水だったんだなぁ…知らなかった。おーいコトネ!終わったぞ!マリルリ貸してくれてありがt」
「はい、500円になります」
「まさかのレンタル料ー!!?金取んのこれ!!?」
マリルリは可愛いのに飼い主がこんなんで良いのか!!と叫んだゴールド君の顔にコトネちゃんの制裁の鉄槌が下った。ぐぁあああああと顔を両手で押さえながら地面をゴロゴロとのたうち回るゴールド君をスルーしつつマリルリをボールに戻すコトネちゃん。
指をバッキボキと鳴らしながらレンタル料金を請求する彼女に脅威の身の危険を本能で感じ取ったゴールド君は渋々と自分の財布からお金を支払うのだった。いや払うんかい。
………何だかもう逆らえない上下関係がなりたっている彼らの関係性にボクは乾いた笑いを漏らし、相変わらずだなぁ…と上の空で思った。
(一瞬彼に同情の眼差しを送る事も忘れずに)
ゴールド君達の居る場所より少し離れた場所に着陸した僕達の存在にはまだ彼等は気付いていない。
湖の中を暴れるギャラドスは沢山居る。けれど今だに何もせずゴールド君達をじっと見ているワタルさんにどうするんだろう、と視線を向けた時。何かを考え込んでいたワタルさんの表情に薄い笑みが浮かんだ。