act.25 首筋に痛みを感じた






昨日はシロガネ山に野宿することになりまして。
レッドさんは何だかもうボクがここで泊まることを前提に動いていたのか、ボクが薬草を煎じている時から泊まれるように準備してくれていたらしい。

ご飯は用意してくれてるし(食え、と渡されたおにぎりと焼き魚。めっちゃ美味しかったですごちそうさまでした。でもコーヒーは苦くて吐きそうになっていたら無言で砂糖とミルクを足してくれた)洞窟から直結している温泉まで連れてってくれてお風呂まで入らせてくれるし。温泉は最高だった……極寒の地で入る温泉って…最高だった……。ちなみにシャンプーやボディソープなんてなくてもシャワーズの泡で洗えるから便利。無臭だけど。
濡れた髪や着ていた服はシャワーズが洗ってウインディが熱風で乾燥をかけてくれたおかげで洗いたてホヤホヤのものを着れるし、もう言うことなんてない。ついでに温泉に浸かれる子達も一緒に入浴させて綺麗さっぱり。



「…………あれ?シロガネ山、もしかして生活出来る……?」



なんてバカなことを思うが生活なんて出来ないに決まってる。

こうして快適なのはレッドさんがいるからであって生活はできない!惑わされるな!


お風呂から上がると寝床もきっちり用意してくれているが、あれ?なんか寝床、一つしかなくない……?レッドさんに「これを使え」と言われて毛布を受け取る。しかし疑問に思ったことを聞くとレッドさんがさも当然というような感じでボクの隣に潜り込んできた。「もっと端に寄れ」とか言いながら。



「!!?!?!」

「………驚くことか?今まで一人で生活してたんだから、二人分の寝床なんてあるわけないだろ…」



とっとと横になったレッドさんはボクに渡した毛布とは別の毛布を更にボクごと上に二重でかけた。

ボク達がもう既に就寝体勢なのをみて、ボクとレッドさんのポケモン達は各々眠る支度をし始める。



「はよ寝ろ」



あれ、それボクがこの前レッドさんに言った文句ゥ……。

でも案外と言っていいほど、寝心地はいいものだった。隣に誰かいて、一緒に眠るのなんて何年ぶりなんだろう。少し動けばレッドさんにぶつかってしまう位置に、真隣に男の人がいるが危険性はない。というかレッドさんからそういう危険性を一切感じられない。襲われるなんてことも以ての外だろう。布団の中が自分だけの体温じゃない温かさで満ちている。……温かい。

……人肌って、こんなに心地良いものだっけぇ…。

うとうとし始めて船を漕ぐ。

身動ぎすると布団からずれてしまったのか少し寒い。

隙間から入ってくる空気が痛寒くて布団を手繰り寄せてぴっとりくっつくと、毛布がかけ直されて温かなものが体を覆ったような気がした。




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「(…………ええと…これは、何事でしょう、か……)」



ふとした息苦しさに眠って落ちていた意識が覚醒した。


寝返りは打てないし身動ぎもしにくいし何か息苦しいし。でも何か異常に暖かいな、と何だこれはとポワポワした意識の中パチリと目が覚めた。目が覚めたら何だこれは何事だと目を白黒させる自分もそこに。

息苦しさの理由は自分の腹にがっちりホールドして回された腕、身動きがしにくい理由は後ろから押さえ付けるように密着する体。……この後ろを見なくても誰かは分かる。っていうかあの人しかいない訳だけども。
いつもならとっくに騒ぎ出しているけどこの時は妙に冷静だった。何故だか知らないけど冷静だった。騒いだら殺されるか燃やされるか……と言ったところだろう。あ、こういう似たような事、前にもあったなぁーなんて思える程冷静だった。きっと相手の顔を見れない事もあるし幸い自分しか起きてなかったからだと思う。


しかし動こうとすればお腹に回った腕が食い込む(いや、もう既に食い込んではいるけど)ので下手に動けない。きっと吐く…吐く…吐く……。



「…………見てないで、助けるべきだと思うんだよねぇ…」

「ばうー」

「ピカー」



随分遠くの方でさも楽しそうにボクらを見るリオルにピカチュウ……に、その他もろもろ。おい!見世物ではないぞ。断じて!あぁでもシャワーズとウインディだけはボクの状態が気に入らないのか助けようとする身動ぎはしてるが、レッドさんのリザードンとカメックスにより尻尾を踏んで邪魔している為未遂に終わっている。
ウインディ…キミは相変わらずいい子だね…ずっーとボクに懐いてくれてさ…噛まれたことも吠えられたことも過去一度だってないんだもの。シャワーズはその呪い殺さんと言った顔でボクを見るのヤメテ。無理矢理解ければもう既にしていますわかってくれよ。サンダースなんてあの集団の中心でカビゴンと一緒に寝てるし……っていうかムウマージ!!目を開けたまま寝るのはいい加減にやめろって言ってんでしょーが怖いって!!心臓に悪いから!



「くぅっ……」



チクショウ。お前ら覚えてろよ。許さん。と口を引きつらせながらさてどうしようかと寝起きで乱れた髪をガシガシとかいた。



「っていうか何でこんな体勢に……確か昨日毛布貰って、普通に寝た筈では……ってこらリオル、人に指をさすな」

「…………朝から煩い」

「ヒィッ!おっおはよ、ござます……!!」



耳元で響いた低い声に肩が震えた。

どどどどうしよう起きちゃった……!
もぞりと背中いっぱいレッドさんが密着している。温かいですけどこれはまずい。
爆速で上がる心拍数に動揺して顔まで熱がこもる…前に離れたい。けど無理矢理ひっぺがす必要性は、あんまり感じなくて。嫌悪感はなかったからだ。
そうこうしていると気付いたレッドさんが顔を覗き込んだ。鼻と鼻がぶつかり合うような近すぎる距離で、動こうにも動けない。人生を生きた中でも一番恥ずかし過ぎる思いに死にそうなった。



「近っ…近いッ!レッドさ…じゃなくてすいませんすいませんでも慣れないんです…!」

「……呼び捨ては未だに慣れないか」

「慣れるには時間が必要です!っていうか…こ、これは一体どういう…ってだから近い近いっ!!」

「近いって、お前が昨日自分からくっついて来たんだろうが」

「えっ!?ウソ!?」

「嘘言ってどうする。布団もほとんど取られるしこっちの身にもなってくれ」

「ご、ご迷惑を……」

「……別に、迷惑じゃない。寝てろ。まだ早いし、時間もある」



はー煩い。レッドさんはそう言って、後ろから拘束したままボクの後頭部に顔を埋めて再び寝る準備に入った。そんなレッドさんにえええええ寝ないでよぉぉぉと心の中で叫びまくる。外は昨日のブリザードと違って青い空の光が洞窟内に差し込み、所々にある水晶みたいな石が透き通ってとても綺麗だ。

そう、綺麗なのに…!外は気持ち良いくらいの天気なのに。

何でこんな事に…?

こんな付き合ってもないのにオカシイ。

こんなんじゃ第三者から見たら確実に誤解される。

どうしよう本当にこのままの体勢じゃ心臓が持ちそうにない。あんたイケメンなんだからやめておくれ。



「ちょっ…レッドさ……じゃなかった。レッド、本当にそのまま寝ないで……」

「………乳臭い赤ん坊の匂い………」

「オイちょっとそれどういうことなの」

「…………いいにおい……」

「(ン"ン"ッッーーー!!!??)」

 

この都市伝説レッド氏は突拍子な事を言うのは既に承知済みだ。時折爆弾を投下する事も勿論知ってる。今のは、爆弾だ。

ぱくぱくと魚みたいな口になっているだろうボクは今、真っ赤じゃなかろうか。その爆弾を投げてきたレッドさんは言うだけ言ってさっさと寝てしまった。

が。



「―――っい……!!」



首に何か、鋭い痛みが走った。
何かと思って動こうとするがやっぱりお腹に回った手は力を込めて喰い込んでくるので断念した。

まぁ、まあ。

とにかく。



「(この人が眠ったらどうにかして、絶対に抜け出そう…!これ以上は、なんか、危険だ……!ムウマージに手伝って貰うなり何なりして!絶対だ!!)」



その後、ただ不気味に笑うムウマージに懇願して頼み込み、腕から抜け出したボクは逃げる様にウバメの森へと帰るのだった。

……まさか、有り得ないものを貰って帰っていたなんて、その時は考えもしなかった。















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