act.24 蓄電






レッドさんに洞窟へ引きずられながら中に入ると、外はあんなに寒かったのに中はとても暖かかい事に驚いた。

中に入ってもレッドさんは掴んだ腕を離してくれず、ちょっと痛くなって来たしいい加減に離して欲しいなぁなんて思いながらもボクは周りを見渡した。この間ここに咲き乱れていた青い花…ブルーメチルは跡形も無くなっていて、きっとボクの言った通りにレッドさんが燃やしたんだね。きちんと言ったこと守ってくれてよかった。

ずんずんと進んでいくレッドさんの背中を見ながらそろそろ覚悟を決めなければ…と。すぅーーー、と空気を吸った。鼻で。そしてぶつぶつ念仏を呟く自分。え?覚悟っていうのは墓穴に入る覚悟とか精神的ダメージを受ける覚悟の事だよ!きっとあの突き刺さる程の殺気を送られたらボクは一溜まりも無いだろう。そもそもボクは何かしたのだろうか本当に困ってますどうしよう…!

この伝説の人はきっと予想外な怒りを持っているに違いない。そもそも伝説と言われているだけあって、考え方も感じ方も捉え方も、常人とその思考も違うのかもしれない。

ポケモン>>(鉄の絶壁)>>何かその他=自分はその二の次=他人なんて更に三の次。

みたいな工程式がこの人は自然と成り立っている。しかも6年間もこんな人並み外れた所に山籠りすれば何か欠けてしまう事も、一般人と何かがずれてしまう事だって有る筈だ。

よって常識なんて通じないし考え方もずば抜けて予想を越える事も絶対に有り得る。っていうかあんな吹雪の中半袖でいる時点でおかしい人な訳だし!



「(何かもう煮るなり焼くなりどうにでもなれ…もうこうなったらヤケクソだ……!!)」

「………別にそんな事はしないし、診て貰いたい奴が居るだけだ」

「心読んだ!?………って、え?」



疑問を口にする前に、ピタッと前を歩くレッドさんの足が止まった。突然止まるもんだからビックリしたけど、何やらレッドさんの荷物が置いてある傍に彼のポケモン達が異様に集まって居る事にボクは首を傾げる。

自分達の主人が帰って来たのを気配で察知したリザードンが顔を上げ、一歩退くと周りのポケモン達も一歩下がった。皆が集まっていて良く分からなかったけど、スペースを開けた事でその中心が見えるようになったそこに居たのは毛布にくるまったピカチュウだった。



「……ピカチュウさん?」



レッドさんが呼んでもボクが呼んでも元気に鳴いて寄ってくるあのピカチュウが、ピクリとも動かない。毛布にくるまったままのピカチュウを訝しげに見てボクは少なからず胸騒ぎを感じた。

前に居るレッドさんを抜かし、ピカチュウに近寄って毛布を控え目にずらせば苦しそうに息を荒くする彼のパートナーが。

え、どうした。何事?



「こ、これは……」

「…昨日の夜、突然倒れた」

「なら早くポケモンセンターに、」

「それが出来ないから呼んだんだ。………頬に触るな、感電する」



息を荒くして随分熱を持ったピカチュウを触ろうとしたらレッドさんの注意が入った。ピタリと手を止め、良く見たら赤い電気袋からパリパリと高密度の電気が流れているのに気が付いて顔から血の気が引いた。…きっと何も知らないで触っていたら今頃黒コゲになっていただろう。多分死んでた。

気を取り直して額に手を添えれば物凄い熱かった。電池を使い過ぎて熱くなったような、そんな熱。

レッドさんが言うには少しばかりの小さな振動でも電気を流す為、ポケモンセンターには連れて行かれないらしい。でもだからって何で自分…!



「とりあえず何なのか診てみないと…」

「治せそうか?」

「わ、わかりません。できる限りのことをしてみますが、ボク素人ですからね?木の実や薬草を潰して薬を作ったりしてますけど、あれは趣味みたいなもんですし。ジョーイさんみたいにプロのお医者さんじゃないからなんとも……」

「……まぁ、そうだな。………ジョーイがここまで来れるとは思えんし。どうするか…」



レッドさんがポケモン達に何か指示をしている。

最悪のことを考えて、多少の電撃を喰らいながらも下山する方法を仲間達と思案している。いやいやちょっと待て!なんですかそのゴリ押し!?

レッドさんが珍妙な案を出す前にボクは鞄の中から持ってきた、比較的使えそうな道具や木の実などを全てお店状態で広げた。万が一またレッドさんが体調崩して死にそうだったら嫌だなぁと思って機転を効かせた素晴らしいボクはちゃんと即席で調合できるように用意していたのである。偉いぞボク。今日は輝いてるぞ!

とりあえずピカチュウさんのそれはただの熱なのか。それとも別の病気なのか。それを特定しなければ治療の施しようがない。MRIを撮らないといけないとかそんなんじゃ無いことを願う。

ボクはピカチュウさんの傍に膝をついて声をかけた。



「ピカチュウさん、大丈夫?意識はある?」



苦しそうに呼吸を続けるピカチュウさん。けれど声掛けに返事をするように耳がピクピク反応したから意識はあるみたいだ。



「んー…多分普通に熱出てるだけだと思うんだけどなぁ…。ピカチュウって熱が出ると電気を帯びるものなのかな…」

「…風邪自体ひいたことがないから、わからない」

「さいですか」



とりあえず解熱するために薬草を煎じて、ウインディに乾燥してもらう。他にもいくつかゴリゴリと木の実を潰して数種類の薬を調合してみたけど、効くかなぁコレ…。出来上がった粉薬をピカチュウに飲ませれば「ビカァ」となんとも言えない渋い顔をしていた。

美味しいものじゃないからねぇ。

そしてボクが薬を作ってピカチュウさんを見ている間、レッドさんとポケモン達はその間に勝手に洞窟から抜けてしばらくして戻ってきた時には手には薪や魚が抱えられていた。気付けばもう洞窟の外は暗くなり始めていて、一日が終わろうとしている。

レッドさんは手馴れた様子で火をおこしてお湯を沸かすとコーヒーを入れて、米を炊き始めた。魚も鱗を剥がして串に刺して火に焚べる。

この人サバイバル能力高すぎだろ。

ああ……これは。

もしかしたら今日はここで野宿コースなのかもしれない…。

伝説の人と、危険度SSSランクのシロガネ山の山頂で二人っきりキャンプ…オワタ…。

それにしてももうピカチュウさんが薬を飲んでからかなり時間が経つのに、一向に熱が下がらない。むしろ頬っぺたから滲み出る電気の量が多くなっている気がして。パリパリ、ビリビリしている。それに比例してピカチュウさんの表情も重苦しくなっている。なんだ?ただの熱じゃないのだろうか。



「電気タイプか……」



ピカチュウさんは電気タイプ。

電気タイプ。特有の病気とかあったっけなぁ…?



「何が原因で……っん!?さ、サンダース?」

「ブイ!ブイブイ、ブイ?ブイ、」

「………?1ヶ月、」

「え?何言ってるんですかレッドさん」



腰に着いたサンダースのボールが揺れてポン!とボールの開閉音がした。勢い良く地面に着地したサンダースは一声鳴いてピカチュウに駆け寄る。レッドさんが首を傾げながら何かをサンダースに言っていたが1ヶ月って何?独り言?

何をするのかと取り敢えず見ていたらクンクンと匂いを嗅いでじっとにらめっこした後、尻尾をピカチュウに当てて放電を………って放電ー!?



「!」

「サンダース!?ちょ、何やってんのやめなさいッ!何やってっ…………あれ?」



流石のレッドさんでも驚いたらしく、小さく身動ぎした……が。どうやらサンダースは放電したんじゃなくて、ピカチュウの電気を外に流しているようだった。

……………あ、そうだ、そうだった。確かワタルさん言っていたような気が。

サンダースや他の電気タイプには無いがピカチュウ(含め進化類)だけは、頬の電気袋に電気を溜め込む癖があって蓄電するって。……溜め込み過ぎると高熱を引き起こすって、言ってたな。溜め込まれた電気は体内でショートして、自分では上手く排出が難しいから外側から逃がしてやらなきゃいけない。

暫くしてサンダースの電気発散?が終わり、ピカチュウも正常な体温に戻って今は安らかに眠っている。ピカチュウさんの体温を計るとあっという間に下がっていた。

でもまだまだ少し微熱っぽいけど、少ししたら平常体温に戻るだろう。

よ……良かった良かった。



「そういえば、ピカチュウの種族はこの赤い頬っぺたに電気を溜め込み過ぎるとこうなるんだそうです」

「……そう、なのか」

「ええ。体内がショートしてるみたいな感じになっちゃうみたいで、外側から何とか逃がしてあげれば元に戻りますよ!……ああ、そうでした。思い出しました。」

「………そうか、」



素直に頭を垂れたレッドさんにボクは苦笑い。

長年ピカチュウをパートナーとして付き合って来ている筈なのに知らないのはきっとこんな事が一度も無かったからだろう。
基本、毎日毎日ポケモンを鍛えて戦わせているであろうレッドさんのポケモン達には無論ストレスなんて戦いで発散されて無さそうだし、ピカチュウは電気なんて溜め込む余地すらも無いと思う。

けれどあのレッドさんがボクの家で療養中の一週間は安静に、を通してくれていたのでポケモンをバトルさせていたりも一切していない。…そう。電気を蓄積し始めてからたったの一週間、それからシロガネ山に戻ってまた野生のポケモン達とバトルはしていたのだろうが、それでも発散しきれないと。あれから1ヶ月も経つのに。

高熱が出ると言う事はそれ程強大な電力をこの子は持っているという事になる。

ボクのサンダースとは桁違いな威力だろうとは見た目で分かるけど、これが伝説のトレーナーが鍛え上げたポケモンなんだなぁとしみじみと思った。

そんな事を考えながらボクはくるまった毛布ごとピカチュウをレッドさんに手渡した。



「出来れば一日一回は本気……いやいや本気は駄目だ。山が一つ消し飛ぶかも知れないし…えっと、ある程度の雷を撃たせた方が良いかも知れませんね」

「……そうする。…、………だ」

「え?」

「………今回ばかりは、お手上げ状態だったんだ。お前がいてくれて……助かった」

「……………へ」

「………ありがとう、アヤ」



いつもの口数の少なさは相変わらずだけど、心底安心したような表情でピカチュウを撫でるレッドさんを見て思考が停止した。

いつも無表情を崩さない彼なのに…いや、眉間に皺寄せる事や表情を読み取るような目を細めると言った顔は見たことあるけども、こんな表情初めて見た…!いつも何考えてるか分かんないポーカーフェイスだけど今は人間味を帯びているレッドさんに唖然とした表情をしているに違いない。

……ってかこの人は笑ったり楽しんだりすることが出来ないんだと勝手に思ってたボクは失礼きまわりない。ごめんなさいレッドさん許して。…そうか、伝説伝説って今まで思ってたけど、そうだった。彼も一人の人間じゃないか。しかもボクと年齢は殆ど変わらないはず。何を一人で神様化してたんだろうか。(変人という事には変わりは無いが)

無性に嬉しくなってボクは笑った。



「どういたしまして!良かったですね!」

「………、」



でもやっぱり無口なのは変わらないけど!

良いもの見た、とルンルンとした足取りで帰る準備をして荷物を纏め、ポケットで暖めていたカイリューをボールから出した。

出した……が。


――ビュオオオオオッッ!!



「何これブリザードになってるぅぅう」

「ルルルルルッッ」



洞窟の外は吹雪通り越してブリザードだった。

そ…そんな!!何でブリザード!?山だから天候が荒れるのは仕方無いけどブリザードは……!せっかく完全に夜になる前に帰れると思ったのに!!

カイリューもさっきの登山(飛行)で嫌になったのか目に涙溜めながら嫌々と首をブンブンと振っている。(あんた男の子でしょ!!)
ブリザード見ながら乾いた笑いをカイリューと一緒に漏らし、リオルは帰らないの?帰らないの?とボクの表情を伺う。サンダースは知らんと言った顔で当にボールに戻ってしまった。……こうなったら寒さに強いウインディで下山を……いやぁでもなぁ……。



「……帰れるのか?」

「無理でしょう……」

「ならここに泊まって行けば良い」

「せっかく帰れると、思ったのに……」

「……天候が落ち着くまで多分明日までかかる。無理に下山すると死ぬぞ。……泊まって行け」

「グッ……」

「泊まって行け」



いつの間にかピカチュウを抱いて後ろに立っていたレッドさんが、背後から覆い被さるように刺し殺すような視線でボクを見る。近い近い。背中にダラダラと嫌な汗が流れ落ち、口元が引きつっているのが分かった。

どうしましょう今日がボクの末期かも知れません。



「レ…レッドさ、痛ったぁあ!!」

「…………」



ピカチュウを抱えた反対側の手で無言のままいきなり頬をつねって来たレッドさん。(え、これ思いっきりつねってる?)

し、しかも何だか不機嫌そうなお顔……!



「…………呼び捨て」

「い、痛、痛いでふ痛いでふ…!…え?」

「…レッドで良い、って言った筈だが?」

「あぁ、それなんれふけどレッドさんでもう固定されて」

「どこから燃やされたい」

「放火!!??」



つねられたまま、しかも表情崩さず物騒な事を発言したレッドさんに対してボクは戦慄した。

しかもなんか一向に離してくれる気配が無い。

どうしよう、痛いよ伸びちゃうよと泳いだ視線をチラと戻せばレッドさんはじっとボクを見ている。

どうしよう。視線で射殺されそうだ…!!これはもう腹をくくる、しか……。




「……アヤ」

「………レ……レッド、………さ」

「コートから焼くか…」

「すいませんごめんなさいどうか燃やさないでレッド…!」

「…ん」



ギリギリとつねられ続けた頬から指が離れ、ジンジンと痛む頬をおさえる。

やばい。ヤバいこの人、絶対に加減が分からない人だ…!!というかやりたい放題だ…!(初めて人に燃やすって言われました)

恨めしげにレッドさんを見ればなんだか満足そうな目をしてポケモン達を置いた場所に戻って行った。



「何だか、なぁ……」



(結局ボクもその後を追うんだ)














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