act.01 渾身でラリアットする







沢山の人の息を飲む音が聞こえた気がした。いや、実際にはそんな物、聞こえていないのだが。

一つ目の先に釘付けになってドサリと倒れた相手…ミロカロスに自分は瞬時に手汗だらけの拳を固めた。

一瞬静寂に包まれた会場。だがそれは次の張りのある声に一気に歓声が上がった。



「―――ミロカロス戦闘不能!勝者、挑戦者アヤ!!」



瞬間。ワァアア、と周りにある音という音が空に突き抜けて行く。
ミロカロスから視線をそらさずに相手が「動かない」と脳が判断すれば次第に心から熱い物が込み上がる。それは喉の奥から今にも出そうで、そして爆発するみたいに嬉声が弾けた。

握った拳がこれ以上無いくらいに白い。



「いっ…やったあぁぁあ!!勝ったァーーー!!」



思わず何度も飛び跳ねながら空に向かって大絶叫。

大袈裟な位に両手を空高くに突き上げて届きもしない太陽を掴む様に、今出来る喜びを精一杯爆発させた。もう嬉しくて訳が分からないくらい飛び跳ねた。死ぬ程興奮して嬉しくてもう、なにがなんだか。

ブイ!と聞こえて来た聞き慣れた鳴き声に視線を送れば、あんな激闘が有ったにも関わらず元気いっぱいなサンダースが走り寄って来た。あんなにフラフラでボロボロだったのにそれを見せない軽快な動きはきっとサンダースもアドレナリンでバグっているのか、それとも興奮し過ぎて疲れを忘れているのか。

サンダースも嬉しいに違いない。嬉しくないわけが無いのだ。

とりあえず言葉に表せないくらい凄く嬉しい!

鳴きながら飛び付いてきたサンダースに少し体制を崩しながらもしっかり受け止めて抱き締めた。そして摩擦頬擦り!



「うわ…うァァァ勝った!勝ったよ!勝っちゃったよサンダースッ!うぉ…うおおお…あり、ありがとう…!!みんなぁ…!!」

「ブイ!」



熱烈な頬擦りにも今日は答えてくれるサンダース。ボールの中に居る戦闘不能にさせてしまった仲間達も喜んでいるのか、自分の呼び掛けにボールがカタカタと振動した。

本当にありがとう。そしてお疲れ様みんな。みんなが頑張ってくれたお陰で念願のトップコーディネーターになりました。

会場中の観客達の熱気に当たりながら電子掲示板を見上げた。その中に大きく映し出された自分の顔、と戦った相手であるミクリさんの顔。
その下にそれぞれ表示された持ち点メーターはミクリさんは0に。自分のは本当に僅かに残っているけれど。

ギリギリだった。

さっきのミロカロスだって、麻痺が入って体の動きが鈍くなっていなければ勝てなかったかも知れない。あと少し長引いていたら負けていたかも。



「アヤさん、」

「み、ミクリさん…」



パチパチと手を叩きながら優雅に歩いて来るのは、トップコーディネーター…グランドフェスティバル現王者のミクリだ。後ろにはさっき倒れたミロカロスが控えている。めちゃくちゃしょぼくれている。

ミクリはちょっと外国語混じりのホウエン地方のジムリーダーであり、またトップコーディネーターでもある。兼任できるなんて凄い人だ。

彼は長いこと、負け無しでずっとコーディネーターのトップとして王冠を守ってきた。

その凄い人に、勝ったんだ…なんか未だに夢見てんじゃないかと思って不安になる。……凄すぎて、すぐには受け入れられそうにないや。



「まさか、ワタシ達が負けるなんて思わなかったですね…。最後のサンダースの動きが得点となった…あの局面でもう一匹を捨てる代わりに、技を完成させて得点を加算させる動き…。ワタシにはない、考え方……うん、アナタと戦えて本当によかった」



ほ、褒められてる。

凄い人に褒められてる。

慌てて頭を下げた。



「おめでとうございます、アヤさん」



そう言って握手を交わせば更に歓声が上がる会場の観客達。

どこまでも上がって行きそうだ。

傍らに控えているサンダースの頭を撫でればボロボロで汗だくになりながらも気持ち良さそうに、満足そうに彼は目を細めた。やりきった、という顔をしている。自分も頬を緩めると実況のマイクマンがとても熱が入った声でマイクに喋りかける。



『激闘の末、見事にトップコーディネーターのミクリを破り、新たなトップコーディネーターが誕生しました!皆様盛大な拍手をもう一度!ではアヤ選手、台座の上までお進み下さい!』

「サンダース、行こう!」

「ブイ、」

「さあアヤさん、どうぞこちらへ。転ばないように気をつけて」



ミクリが先を歩き、台座下の階段まで案内される。

戴冠式だ。

そうだ。ミクリがあの高台で新たなトップコーディネーターになった自分に王冠と優勝リボンを授与すれば、ボクは世界で頂点に立つトップコーディネーターである。

階段を上って台座まで辿りつけばサンダースは行儀良く座った。あんたいつもそんな風に大人しくしてりゃ可愛いのに…。

ミクリは台座の上に置いてある優勝リボンをまず手に取った。豪華なトレーに置き直し、それはジムバッジと同じような大きさだが、上等な質のリボンの生地とグレードの高い宝石を使って作られている。

トレーを手にしたミクリがアヤへ向き直り、「どうぞ」とそれを差し出した。恐る恐る手を伸ばして受け取る。



「うわ…きれい……」



そして高そう。

これ制作費いくらなんだろう。

複雑にリボンを結われ、まだ原石のままカットされていないその原石の優勝リボンは、後日新しい優勝者の為に優勝者をイメージされた形にカットされるのだという。なのでミクリの胸元を飾っているブローチとして役割を果たしている優勝リボンは、雫の形をイメージしたアクアマリンと言う宝石が使われており、白と水色を組み合わせたリボンで作られている。

オシャレである。



「(ボクのこの石は何の石なんだろ)」



まだカットされていないこの宝石の名はなんだろう。深い青みがかかった透き通るような青だった。このリボンがこの後どんな形でカットされるのか楽しみである。

ワアアァァ、と激しい歓声が体を突き抜ける。耳が痛い。サンダースを見れば耳がピクピク動いていた。

…ここまで、本当に長かった。

シンオウ地方のポケモンコンテストを全て制覇して、手元には各地のコンテストを制覇した証である
多くの優勝リボン。そしてこれでやっとコーディネーター達の最終関門である大舞台への道、グランドフェスティバルへの出場権が得られて。その中でトーナメントを勝ち抜いて勝ち抜いて…ミクリと戦うことが出来た。仲間である手持ちのポケモン達と今までやって来た事を精一杯出し切った。そして普通のポケモンバトルではなくコーディネーター同士の戦い方は少し特殊だ。技やコンビネーションの完成度、ポケモンの洗礼された美しい動き方などを加点、減点にしたかなり神経を削ぐ“演技”に近い戦い方だ。ポイント制や制限時間があるのも普通のポケモンバトルとは違う。

ミクリから受け取った光るそれは、正に血と汗と涙の結晶と呼ぶに相応しい。

おそらくこれから先、そのリボンを見ればこれまでの苦労や今日の激闘、沢山の思い出が思い返されるであろう。



「ほ、ほんもの……」



感極まって言葉が出ない。そして次にミクリの手から王冠がアヤの頭に移された。ずしり、と重い。再び大きな歓声が上がった。



「(長かった……)」



さて、これからはもう自由だ。コンテストに、グランドフェスティバルに優勝したいと心と体が強く動かされて来た自分達は切羽詰まった様に動いていた。実はと言うと心身共にかなりすり減っている。
ポケモン達にもかなり迷惑もかけたし無理もさせた。辛い思いもさせてしまった。ごめんね。でもこれからはゆっくり旅をしたい。どこかに居住してしばらくゴロゴロするのも良いな。

まるで檻から解放させられた気分だ。今まで本当にコンテストの事しかしてこなかったし。

そう言えばシロナさんやワタルさんはこの試合をテレビか何かで見ているだろうか?これも支えてくれた皆のお陰だ。一度挨拶に行こうか。



「さて。改めて、おめでとうございます!新たなトップコーディネーター!今日からまた次のグランドフェスティバルが開催されるまでアナタはここで己を磨き、ポケモン達を鍛え、玉座防衛が始まります!」


………………え?


「大丈夫です、アナタならできます。アナタは類稀なる才能。ジムリーダーのようにここでドンと構えるのデス。それがトップコーディネーターの、アナタのお仕事デース!!」



いや、お仕事デース!じゃない。

急に強烈な片言やめて。

ちょっと待って聞いてない。何それ。



「……や、あの、ちょっと待って下さい、ミクリさんどういうこと…」

「職務は週休二日制。労働時間は相談可デス。アッ、勿論お休みも調整できますよ!運営委員会に要相談です!ああ良かった、ワタシもやっと職務から解放されます…。ミロカロス、今日はゆっくり休んで明日以降からジョウトの方に遊びに行きましょう!」

「ミロー!」

「いえ、カロス地方でもいいかもしれませんね!」

「いやあの、話を、」

『新しいトップが誕生したという事で!会場の皆様!!もう一度より盛大な拍手をーー!!』

「「「ワァアアアア!!!」」」



…………ヤバい。

待ってくれ。こんなん聞いてねぇ。

そもそもそんな制度あったっけ?いや、確かに優勝者はトップコーディネーターと呼ばれて次の開催から玉座防衛をすると言うのは勿論知ってる。勿論自分もそのつもりだった。優勝者が強制労働?何それ、そんなのあったら、みんなそもそも参加するのを悩むのでは…。

挑戦者を待つために極力そこから動けない……って事だよねそれ。しかも職務もある。職務って大会以外は何をしなければならないのか。そこに勤務しろというのか。もしかしたら、次のグランドフェスティバル開催まで数年はコンテスト会場に監禁状態じゃ…。

いや冗談じゃない。

優勝したかったけど、それが夢だったけど!

そこで働きたいなんて一度たりとも思ったことはない。

やりたい事もこちとらいっぱいあるんだよ馬鹿野郎!



「………!」



ふと、周りを見た。

審査員達が嫌な顔をしている。

「ミクリ以上の稀な人材をそう易々と野放しに遊ばてたまるか」と言った顔。



「アヤさん、アナタに心から感謝を。ああ良かった、本当に良かったデス…これからワタシは気楽にのびのびと生きていk「フンッ!!!!」ゴブふ!!!」



ゴッッ!!

ミクリはアヤの強烈なラリアットで階段を転げ落ちた。ゴロゴロゴロゴロ、ビターン!と階段を華麗に転がり落ちて美しいと本人が自負する顔が鼻血で染まっている。

しん。と静まった会場。

アヤは王冠とリボンを台座に戻した。



『アヤ選手ッッーー!!??』

「「「ギャァアアアアアミクリ様ァァァーーー!!!!」」」

「ごっ…ごめん!!本当にすみません!!でも絶対に嫌だ!!カイリュー出てきて!!飛べる!?まだ飛べる!!?」



キラキラと輝かしいオーラを発してこれからの生きるプランを語り出したミクリに、アヤは今までで生きてきた中一番の渾身の力でラリアットをかました。腕っ節には自信がある。ほんとにごめんミクリさん。

マイクマンとミクリのファンである女性ファンが絶叫した。どうか恨まないで欲しい。……いや、いつか刺されるかもしれない。だってあの目を見ろ。ウンコを見るような目で見ている。

見事に急所に入ったラリアットにミクリはパキっと嫌な音を立ててダウンして、動かなくなってしまった。…一緒にサンダースとミロカロスがフリーズしている。でも仕方ない。自分の今後の人生を棒に振りたくはない。

たいぶ回復しているであろうカイリューをボールから出してサンダースをボールに戻す。光の速さでカイリューに跨がると意を察してくれたのかバサバサと羽ばたき出した。さようならミクリさん。達者であれ。

きっとしばらくは会えない。というかもう戻ってくるつもりは無い。

優勝リボンを逃したことは………かなり残念だ。やっぱり撃破記念に優勝リボンだけ持ってくれば良かったかな、と思ったが自分の中の良心がそれだけはやってはいけないとストップをかけたのかそれは出来なかった。



『アヤさん!お待ちください!ちょっ…どちらにー!?』

「ミクリさんの意識がありません!きゅ…救急車ー!!」

「テレビ止めて!撮影も止めて!!CM入れて!!」



会場は最早大混乱と化していた。嘆くマイクマンと唖然とする会場の人間達を無視して空へと羽ばたいた。



「も、もっと早く!疲れてるだろうけど追われてきたら逃げ切れる自信が無い!!」

「ルー!」



これから逃亡隠居生活が始まる。

それが5年前の出来事でした。







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