act.18 呼び捨て








「じゃ、レッドさんあんまり無理しないで下さいね!」

「あぁ」



レッドさんがここに滞在してから既に一週間が経った。

もう毒は綺麗さっぱり体から抜けきったし、もう大丈夫だろう。その事が分かればレッドさんはやはり直ぐに支度をしてシロガネ山に向かう準備を終えていた。

薄暗い最奥のウバメの森からシロガネ山まで、レッドさんならば一時間あれば到着出来るだろう。あの超速を誇る怪物リザードンに載っているのであれば。



「いいですか、シロガネ山に着いたら必ず周囲にあるブルーメチルは燃やして下さいね?また倒れて今度こそ死にますよ」

「分かってる」

「それなら良いですけど……そうだピカチュウ、レッドさんが無理しない様にちゃんと見てるんだよ!」

「ピーカ!」

「よーしよしよし良い子だねぇ〜!あーもう君みたいな可愛い子をもう堪能出来なくなるって思ったら寂しい…リオルは時々パンチして来るし君みたいな素直で可愛い子が欲しブッ」



レッドさんの肩に乗っかてるピカチュウの小さな手を掴むとピカ一と鳴きながらペチペチと指先を叩いてきた。んー可愛い!やっぱり可愛い!この子だけ置いてってくれないかなぁレッドさん。んー絶対無理だろーなぁー。

頬が緩んで思わず口走ってしまうと下からリオルのアッパーが飛んできた。かなり痛い。



「ん」

「?なんですかこれ?」



レッドさんから渡された小さなメモ用紙。

そこには何も書かれていない。



「好きな額を書け」

「は?」

「世話になった礼だ」

「金!?くれるの!?」

「金以外でも良い。………おまえの好きなものをやる。何が欲しい」

「いいいいりませんけど!?」

「…………お前は何が欲しくて俺をここで世話したんだ」

「いや別に何も…っていうか助けた理由なんてあのまま死んじゃったら目覚めが悪いし、ワタルさんからもシロガネ山にいるレッドさんの生存確認?を軽く頼まれたというか…そもそも探すつもりなかったですし!こちとら偶然レッドさん見つけただけなんで…」

「ワタルから?………頼まれて、たまたま俺を持ち帰りしたと」

「持ち帰りとか変な言い方ヤメテ!?あっ、最初は断ったんですよ。でも欲しい植物があって、それがシロガネ山に生息してるって知って…だからあの時シロガネ山にいたんですよ。ボク」



メモ帳を持って慌てふためくボク。

というかそんなお礼の仕方ってない。普通にありがとうでいいじゃん!!



「別に見返りが欲しくて助けた訳じゃないです!治ったらさっさと出てってもらうつもりでしたし……ふつーにありがとうって言ってもらえればそれで」

「……本当に何もいらないのか」

「だからいりませんって…!それよりも感謝の言葉の方が良いですん…」

「…………世話になった。ありがとう」

「どいたまー!」



どいたまってなんだ、と訝しそうに聞くレッドさんに「どういたしましてってことです」と返すと彼はまた珍しくおめ目パチパチしながらボクを見ていた。

そして目を細めて「なら、」とボクのメモを取り上げると、そこにペンで何か書き加えて再びボクに押し付けた。数字の羅列。こ、これは。……け、携帯番号?



「こ、これレッドさんの個人情報…!」

「何かあったら電話してこい。借りくらい返す」

「(ボクの電話帳に、都市伝説の人が……!!)」



メモに書き出されたただの数字がとんでもないオーラを放っているように見える
…!!これ、登録するのも電話かけるのも凄い勇気いるな。

っていうかシロガネ山って電波通るん?

やることは終えたと言わんばかりにリザードンをボールから出してさっさと跨がるレッドさん。そんな姿を見て、ボクは何だかぽっかり心の何処かに穴が空く様な感覚を覚えた。呆気ない。めちゃくちゃ呆気ない別れだ。最初はさっさと完治して早く出てってくれと思っていたのに。今ではちょっとだけ寂しさを感じる。
わずか一週間でも結構色々な事が有ったし、しかも人とこんなに長く一緒に居るなんて数年振りの事だ。……情が移ったかな?

子供が親から離れて行く親心みたいな?…違うか。

あまり深く考えずに苦笑いして、レッドさんに向かってもう一度口を開いた。



「レッドさんジャケット全部持ちましたか?あっシロガネ山ではもう半袖ダメですからね!?あんた人間ですからね!?きちんと厚着するんですよ!ご飯もちゃんと食べなきゃ駄目です!睡眠不足も駄目です!8時間以上は寝る!お母さんとかにちゃんと連絡もしなきゃいけませんよ!ワタルさんにも!えーとそれから…」

「アヤ」

「、っっんんッッふ!!」



な、なまえ。

初めて呼ばれた…

最初誰の名前呼んでるのか分からなかった。アヤってボク?ボクだよね?まあボクしかいませんよねそうよね。

あまりにもびっくりして咽てしまった。

………あれ?何でちょっと嬉しいんだろ。



「な、何ですかレッドさ…」

「レッドで良い」

「…………え」

「呼び捨てで構わない」



ズガンと衝撃を受けたボクの心。



「え、いや。あ、あ の、む…り」

「呼び捨てで良い。敬語も、やめろ。………お前とはそっちの方が楽だ」



名前……呼び捨てで呼べと?

誰を?レッドさん?ムリっす。

一応ボク、年上の人には敬語を使う癖はあるにしろ。あの伝説の方を呼び捨てにしろと?

呼び捨てで良い、と言うレッドさんはボクの頭にまた手を置いた。

レッドさんの発言や動作に着いていけなくてもう固まるだけだ。
だって、レッドさんはこんなに他人とスキンシップをするのも言葉のキャッチボールなんてする人ではないのだ。第一、そんな深く関わりを持つことも、そんな事をしていい相手だとは思ってない。



「……また来る」



レッドさんは帽子の鍔を持って目深く被り直して。

最後にそんな言葉を残してからリザードンが翼をはためかせた。

空へと上がっていくリザードンは一気にウバメの森を突き抜け、あっという間に青に溶けて見えなくなったレッドさんの姿を見ては情けなくも足がフラフラともたついた。

え?なに?また来るって言った?

あの人また来てくれるの?

ンンンッ!!…間違えた。また来るの?



「…………ほぇ」



頭に手を置かれた感覚がまだ残ってる。

あの人結構優しく触るんだなぁ。

レッドさんによる一連の流れでまだ頭がぐわんぐわんいってるし、ボクにとってかなり衝撃的だったみたいだ。

ドクドクと煩い心臓はきっとビビっているからに違いない。



「……あれ」



心臓が煩い。あれ?ボク、ちょっとトキめいちゃってる?

そんなバカな。



「………か、かお。あつ……」



ペタペタと両手でほっぺたを叩き、ちょっと思い返す。

・携帯番号を教えて貰った。

・レッドと呼び捨てで呼べと言われた。

ボクはそれらを思い返して。



「いやムリに決まってんでしょ!!!?」



呼び捨てでなんて、そんな恐れ多いことできるわけねぇ!!

助けてワタルさん。













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