act.16 ジャケットコレクター






レッドさんが家に渋々滞在してから(殆どボクが無理矢理滞在させたんだけど)3日が経った。

ボクの素人治療よりもまず病院に行くことを勧めたが何故か断固拒否されてしまった。なんでや。

とりあえずレッドさんが滞在中はボクがいつも使うベッドというか、部屋をまるっと一つ貸し与えて療養して貰うことにした。ボク?リビングのソファに追い立てられてるけどなにか?

ある程度は毒は抜けきったのか最初上手く持てなかったスプーンを普通に持つとか、細かい作業をするまでは回復はしたと思う。

そして恐るべしレッドさんの回復能力。

3日間レッドさんを観察していての観察結果。

薬はちゃんと飲んでいてもこの人は基本寝ない。ずっとほぼ起きている。起きている間は本棚から勝手に本を拝借し目を通していたり、自分のポケモン達を構っていたり。はたまたボクのポケモン達を珍しそうに見ていたり話しかけたり。

そして普段ベッドで寝てる時間が少ないのに回復が早すぎる事だ。脅威の回復力である。さすが都市伝説。何回か出ていくような様子もあり、慌ててボクが何とか万全な状態になるまで安静にする様に拝み倒したら渋々納得してくれた。また体調崩して雪山で死なれたら困るからだ。最期に会った人物がボクでした〜、なんて。

そんな後味の悪い最悪な死に方をしないで欲しい。

そんなレッドさんは一日部屋に居れば勿論暇になるわけで。退屈を持て余し、何をする訳でもなく時間さえあればポケモンポケモンポケモンポケモン……モンスターボールを磨いて手持ちのポケモン達の体調を見て横になっている時は必ずと言っていい程あのポケモン図鑑を弄る弄る…。好んで読んでいる本もポケモン生態学や育成論などの全てポケモンに関わる本だった。

立派なポケモン中毒だ。

ポケモン好きすぎだろ。

とりあえずその図鑑と本を置いて今すぐ寝て欲しい。

はよ寝ろ。

そして全快して出てってくれ。



「(でもなぁ……やることなくて暇なのはわかるし。その中で好きなもの取り上げるのは流石に可哀想かぁ…)」



でもポケモン中毒なレッドさんにそこまで禁止するのは何だか可哀想なので、順調に回復しているようだし何も言わなかった訳だが。

っていうかこの人は多分、顔はそこらの男の人よりは断然良いのに性格は非常に残念な人だ。……ワタルさんやダイゴさんみたいに。うわ、何だか思い出したら頭痛が……。

ボクは洗濯物を干しながらポケモン図鑑を弄るレッドさんを見て小さく溜め息を着いた。



「レッドさーん!洗濯物とか有ったら洗いますけど…何か有りますか?」

「………荷物の中に」



ジャケットが。

と図鑑から目を離し呟いた。
ジャケットとはレッドさんがいつも来ているもので、今洗濯に出されている普段の赤いジャケットとは違うもがあるらしい。

ボクは言われた通りに彼の荷物を引っ張り出し鞄を開ける。中を探ると青色のジャケットがあり、それを掴んだ……が。



「………あれ?」


青いジャケットの下にまた、黒い色のジャケットがあった。

もう一着あるのかと黒いジャケットを掴む、が。



「…………」



更に下に紺色のジャケットが眠っていた。

ボクは無言で紺色のジャケットを手に取り下を確認すると水色のジャケットが、更に緑のジャケットが。……そのまた更に赤紫色のジャケットが………え、何これ。

次々に発掘される色とりどりのジャケット達にボクは目眩を覚えた。



「…レッドさん、あの…これは……」

「…?」

「ジャケットが…」

「…何だ?」



両手いっぱいに溢れるジャケットを持ちボクは途方に暮れた。

レッドさんにその多すぎるジャケットを見せるとそれが何だと言ったような不思議そうな表情でボクを見返してきた。

さも当然と言った彼の目はもしかして、



「ジャケットコレクターか……!!!」



ポケモンハンターとかポケモンコレクターじゃなくて、ジャケットコレクター…!!
そもそもなんで着替えがジャケットの数が一番多いんだよ。普通なら下着とかTシャツとかズボンのストックを増やすでしょ普通。

…そうだよ、やっぱりボクだけじゃない。変人はボクだけじゃないのだ。

レッドさんも充分におかしい人だ。へ、変人だ…!!



「ジャケ…?……なんだって?」

「うん、でもそれも個人趣味……好みの問題だよね。大丈夫。どっかの石マニアよりはマシ…マシか……?」

「……?」



訝しげなレッドさんを無視して沢山のジャケットを抱えながらボクは外に出る(かなり重くて挫けそうになった)
因みにTシャツやズボン、下着なんかも気にしないで洗う。
別にどうこう何するって訳では無いのだし。

新たな洗濯物が増え、シャワーズがタタタタッと駆け足で寄って来たのを見てボクは洗濯物を力いっぱい上に放り投げた。



「シャワーズ、渦潮!」



何処にそんな大きな渦を巻き起こせる力があるのか、小さな体で巨大な水の渦を洗濯物中心に巻き起こした。

ズオオオ!とか物凄い音を立てながらグルグル水の中で回るジャケット達。きっとボクがあの中に入ったら五体バラバラになっちゃうんだろうな…。

ちょっと真っ青になった。



「泡発射ー!」

「フー!」



ポポポポ!とシャワーズの口から勢い良く泡が発射される。
そのまま渦の中に吸い込まれて見事に泡洗濯機になった。

因みにこれはコンテストで開発してみた組み合わせ技なんだけど、まさかこんな私生活で役立つなんて……更に下から冷凍ビームを加えると泡が氷って何だか面白い形になる。確か子供に好評だった。

基本的、ポケモン達の技や技術が落ちない為にしているプチトレーニングは殆どこんな事だ。
お陰で洗濯機は要らないし冷蔵庫(いやいらなくはない。必要です)も要らない。なんて便利なんだろう有り難うシャワーズ!
渦潮が止まって落下したジャケットは綺麗にカゴの中に!手間要らずだ。



「ありがとーシャワーズ!30秒だって!凄いね!」

「フゥー」



因みにタイムもちゃんと計ってました。

シャワーズに礼を言って一緒に棒に引っ掻けて行く。口でくわえて持ってきたジャケットをボクが受け取って黙々と引っ掛けて行く作業だ。

……でもいつもと量が…!



「重っ…!!」



手に掛かる重みがいつもより数倍に感じる。当たり前だ、いつもの洗濯物とあの数多いジャケットがプラスしたのだ。

いつもより重いはずだ。

ヨロヨロとするボクを見てシャワーズはあわあわと周りを早足で歩き回る。

……これはリオルを早くルカリオに進化させようかと本気で思ったが。



――ズリッ


「え、ちょっと嘘っ…!!」



ズリッと洗濯物に引っ掻けていた棒がずれた。

ぷるぷると自分より少し高い位置にある所にある杭に引っ掛けようとしたら見事に外れてしまった。このまま落下したら洗濯物に埋まって、また最初から洗い直しになっちゃう…!!

泥だらけになる洗濯物を想像してしまってあわあわと慌てて居たが、あれだけ重かった棒が急に軽くなった。



「ヒイッ!?レ、レッドさっ……!」

「………」



自分と違う別の手が真後ろから延びてきて棒を掴んだ。
いつ部屋から出て来たんだ、とか言うよりも背中に密着する体温に思考が止まる。

そのまま呆然とする内に軽々と杭に棒を引っ掻けたレッドさんの手を見ては、今更になって気配も何も無いことに気付いたボクは内心ゾクリとした。

怖すぎる。なんなのこの威圧感。

背中の温もりはさっさとなくなって、そのままレッドさんは無表情で何も言わず、洗濯物を手に取って適当に棒に引っ掛けていく。手伝ってくれることには感謝するが怖いのでなにか喋って欲しいですハイ。

なんとか出そうになった叫びを飲み込んで、随分小声になってしまったがお礼を述べた。



「あ…ありがとう…ございます……」

「………」



チラ、とボクを見たレッドさんは特に何も言うこともせず、黙々と洗濯物を干し上げていく。ボクもそれを見てぎこちなく洗濯物を干して。

……こんな、こんな洗濯物干すくらいでなんで冷や汗かかないといけないんだろう…?

しかしそんな変な威圧感があるレッドさんを気にした様子もなく、シャワーズがレッドさんの足に擦り寄って、無言でシャワーズの頭を撫でるのを見てボクはため息をついた。

その愛想を人間にも少し向けてほしいですん…。

頼むからもう少しコミュニケーションとろうよ。



「……ジャケットが」



呟くレッドさん。

レッドさんは格好いい。顔も整っているし背も高い。歳に似つかない物静かな落ち着いた大人っぽい雰囲気に加えて目は印象的な綺麗な赤色だし声もまあ、美声だ。まだまだ少年なのに何者なのこの人。

そんな人が最強、伝説のポケモントレーナーの称号も持っている。そんなこれから優良物件の予定となる良い男を、世の女性陣が放っときはしないだろう。

今にもファンクラブできるぞ。

できると思うんだけど。



「…少し汚れた」

「………」

「やり直し」




性格さえ、どうにかなればなぁ……。

残念ながら今のセリフでレッドさんに対する元々高くない好感度が5下がった。

ポケモンオタクに続いてジャケットコレクターじゃなぁ…ちょっとなぁ……。

シャワーズがブー!と水鉄砲をジャケットに向けて放つのを随分後ろから見ていた昼頃でした。









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