act.14 ボディーブロー
「(ぐっ……)」
それよりも。
圧が、凄い。
何処だ、とその真っ赤な目が語っている。
見た目はきっとボクより上。
でもその割には歳に合わない落ち着いた雰囲気で声も低すぎ無い程度に低く、良く通る声だ。
何も喋らない僕を不審に思ったのか、サラサラな黒い髪から覗く赤い瞳が訝しげに細くなる。警戒されている。自分がどんな人間なのか探る目。
とりあえず肩の力を抜いて、落ち着こう。
あの伝説の人が目の前にいようと。化け物並みの体力と耐久力を持つ彼でも一応人間なのだ。
ボクは恐る恐る声を掛けてみる(めちゃ逃げ腰で)
「………えっと。噂の伝説の人で、合ってますか」
「……伝説?」
「じゃなくて違った!お名前はレッド様で合ってますか」
「(……様?)…ああ」
「シロガネ山で倒れた事は覚えてますか?ボクとバトルした途中に」
「………微かに」
一応倒れたまでの記憶を覚えているか確認をしてみる。
大体はちゃんと覚えているらしい伝説の人にボクはほっと一息着いた。覚えて無くて拉致呼ばわりされたらたまったもんじゃないから。
――この人、レッドさんはどうも口数が少なく、基本的無口な人らしい。今ある自分の現状にも焦らず取り乱さず何も無かったように、表情を崩さずに完全なポーカーフェイスを貫き通す。
こんな無表情の人を初めて見た。
多分彼が笑う日には世界の終わり…天変地異とかが起こるに違いない。
「シロガネ山の洞窟には毒を持った草花が咲いておりまして、一本分の毒はそんな危険は無いんですがちょっと大量に咲いていたんですね。洞窟の密閉空間に充満した毒は恐らく長年そこに居たレッドさんの身体に毒が溜まり続け、高熱を出して倒れたんだと思われます」
「………そうか」
「6年間洞窟に居たそうですね?本来なら3年くらいで体調がおかしくなる筈なんですが…どうなってるんですか貴方の生命力は。宇宙人ですか」
伝説の人の膝の上にピカチュウが乗ってコロコロと転がっている。
そんなピカチュウを見て暫く何かを考える素振りをするレッドさん。すると納得する様に一人小さく頷いた。
「………あの?」
「…どうりで。一年前から体がだるかった筈だ」
「一年まっ…」
只の風邪だと思ったんだが、と呟く目の前の人に本気で頭を抱えそうになった。
いやいやレッドさん。その時が本格的に毒が体に回り始めたんじゃ…!!風邪がそんな一年も続く訳ないじゃん!?
更に最近では頭痛や全身の痛み、吐き気が有ったそうな。
無茶苦茶だ!!
そして更に信じられない事が。
「…あの、何を?」
「シロガネ山に戻る。……世話になったな」
「……は、はああ!!??」
「ピ、ピカッー!」
ソファーから降りて机に置いた赤い帽子を被る。荷物も探し出し、ボールが付いたホルダーを腰に着けてシロガネ山へ戻る気満々な伝説の人。
だってだってだって…!!毒が体から抜けるまで一週間ってジョーイさんが!ピカチュウも大好きな主人を止めようと頑張ってはいるが足にへばりくっついているだけで特に意味は無い。
しかも若干フラフラしてるし!
死にたいのか!
「ちょっ…ちょっと待って下さい!毒が完全に抜けるまで一週間は掛かるんですよ!今戻ったらポックリ逝っちゃいますよ!?」
「…心配ない、もう治った」
「いやそんな馬鹿な!!?」
今すぐにシロガネ山に戻りたい、とモンスターボールを撫でる伝説の人を見て分かった。
この人、ポケモンオタクだ…!あるいはポケモン至上主義、ポケモン命、ポケモンが友達。そう、それは果てないポケモンへの𝑩𝑰𝑮 𝑳𝑶𝑽𝑬___。
…とにかくポケモンしかその脳内には埋まっていない人らしい。
ポケモン>その他>自分
みたいな。
脳内比率で表すなら98%ポケモン、1%飯、1%睡眠。
みたいな!
ポケモンさえあればきっと生きていける人じゃないだろうか。
何て事だ。
「……ピカチュウ、行「オラァァァァァァ!!!!行かせるかこのバカチンがッッーーーー!!!!」
あのミクリをも階段から突き落とし、全治2ヶ月ほどの怪我を負わせた秘伝、ボディーブローを伝説の人にモロに喰らわせた。ミクリさんを一撃必殺したこの威力は伊達では無い。
伝説の人は最初からフラフラ状態であった為、声を上げる事も出来ずに地に伏した。
ピカチュウは唖然と、固まっている。
討伐完了。
スタート地点に戻ります。
そしとドサリとまた倒れた人を目にしてようやく正気に戻るボク。
「し…しまった…!病人になんて事を…!!」
時既に遅し。
それがボクとレッドさんの何とも言えない微妙な出会いだった。