act.13 目が覚めたらしいです





「んー…ワタルさんのお願い、聞いてあげることになっちゃったなぁ…」



それにしても、今回ひょんな理由でシロガネ山に向かう口実ができたが。たぶんボクが行ってなかったらこの人確実に死んでいた気がする。

それにあのブルーメチルの大量咲き。その中で6年だっけ?ずっとあの環境で生活していたんでしょ?

自殺にも等しい。



「失礼します!」



そうこうしている内にサンダースがジョーイさんを連れてきてくれた。このコガネのジョーイさんとは、顔見知り程度の仲である。いつも定期的にコガネのポケモンセンターに寄っているし、勿論ボクの顔も名前も、身分も彼女は知っている。夜分遅くにサンダースが一匹駆け込んでくるのを見て、誰のポケモンなのか彼女は察してくれるだろう。

ベッドに寝かされている患者を見てすぐにジョーイは動き始めた。それから、数十分後。



「――――はい、もう異常も何も無いですよ。ですが想像以上に毒が体に溜まっていたので完全に毒が抜ききるまでに一週間は掛かりますので、安静にして下さいね」

「ありがとうございます…」



ジョーイは要請があれば勿論現場にも駆けつけていく。

それがポケモンでも人間でも。

サンダースに道案内させてから20分程でピジョットに乗った彼女がここへ現れた。まさかこんな最奥まで数十分で来れるなんて…今時のジョーイさんは出張もするのか…凄いなぁ。



「あのブルーメチルが咲いている中で6年間も居たなんて…しかもシロガネ山に!確かに驚きましたがあんなに毒に侵されてまだこれだけで済むなんて。相当タフなようですね」

「ああ…それボクも思いました」

「それにしても私が診た時には殆どの毒が抜けていましたし、アヤさんもしかしてお医者さん志望ですか?」

「え、ち…違いますよ!元々植物が好きで」



医者志望なんてとんでもない!と手をブンブンと振って否定すればそうなんですか、とクスリと笑いジョーイさんは鞄を持って立ち上がる。

ボクも慌てて席を立つ。



「あの、こんな場所にわざわざありがとうございました…」

「いいえ、また何かあればいつでも仰って下さいね」



ピジョットをボールから出したジョーイさんは重たそうな治療具が入った鞄をよっこらせとピジョットに乗せた。歳かしらと呟くジョーイさんの言葉は聞かなかった事にした。何だかそうしないと今までのボクが積み上げてきたジョーイさん像が崩れて行く気がしたから。

というかいつもジョーイさんの隣にはラッキーだったからピジョットだと何か変な感じだ。遠出用のポケモンなんだね!

覆い繁る森を突き抜けてポケモンセンターへ帰って行ったジョーイさんを見送ってボクは家の中に入る。…壊れた扉は後で直すとして。伝説の………いや何だろう。いつの間にかこの人の呼び名が伝説になってないだろうか。

……まぁ良いか。

伝説の人が横たわるソファに近寄り、顔色を伺うと幾分マシになったような。これで一週間安静にしたらもう大丈夫だ。

一息着いてギシリと椅子に座ると彼のピカチュウがピョイーンと跳び寄ってきた。



「ピーカ!」

「……うん?」



最初分からなかったけどボクの目の前でお辞儀をするピカチュウはきっと主人を助けてくれてありがとう、と礼を言っている様に思えた。

何だかお辞儀するピカチュウが猛烈に可愛くて衝動のまま撫でくり回すとじゃれ始めたのか、コロコロと転がるピカチュウに激しい萌え…んんんっ、ともあれ可愛いんだよネズミさんめー!

飲んでいたココアをピカチュウにあげて、抱えてグビグビと飲み始めるピカチュウを見てまた頬が緩む。
端から見ればかなりの怪しい人間だろうが仕方ない。証拠にサンダースが近寄りたくないと言った顔で部屋の角に居るもんだから軽くショックを受けた。

それより一週間、と言ったがその間伝説の人はここにずっと…?いやいやいやいや、別に一週間だけなら泊まらせるのは何て事は無いが相手はあの伝説のトレーナーだ。

一週間の間トラと猫が一緒に生活する様な例えじゃなかろうか。ああでもだとしたら超恐ろし………、



「……………ここは」

「……………は」



今までポケモンの声しかしなかった部屋に自分以外の人間の声が聞こえた。

ギシギシと振り返れば額に乗せた湿らせてあるタオルを握り上半身を起こした伝説が。

ガチリ、と真っ赤な燃える瞳と視線がガチに合わさると脳内が真っ白になってフリーズした。

何だか、オーラが…オーラが風格がそこらのトレーナーと違うからだ。いやワタルさんも突き刺さる様な目を持ってはいるけど!

別に視線が混じり合っただなのにガチガチに固まって声さえ出せなかったボクを他所に、ピカーと主人の目覚めに喜ぶピカチュウがその時に限り凄いと思った16才の秋でした。








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