act.12 信じられないこと





とりあえず早くこの人を治療しないと死ぬ。あの時ワタルさんに聞いた後、ボクは「たぶんもう死んでるだろうなぁ」とかひと言のように思っていたが……このままではいずれ、時間が経てば弱って本当に死んでしまう。

助けられるなら助けないと。


ガシャーン!!

ドタタタタタ!!



「カイリュー!その伝説の人ベッドでもソファーでも何でも良いから降ろして!なるべく暖かい格好させて!」

「ルゥー!」

「リオル!リオルー!!コンロ…コンロ着火ッッー!!」

「ばう!」



ガシャーン!!!

ドタタタタタ!!!!


「カイリュー!その伝説の人ベッドでもソファーでも何でも良いから降ろして!なるべく暖かい格好させて!」

「ルゥー!」

「リオル!リオルー!!コンロ…コンロ着火ッッー!!」

「ばう!」



ブルーメチルの毒に侵され(多分)倒れた伝説の人を必死になってシロガネ山から連れ帰ったのは太陽が登る朝一の事。

雪が降る山頂での異様過ぎるバトルは即刻中止になり(嬉しかったのはナイショだ)、一応あの伝説の人でも人間だ。死なれて貰っても困るのでピカチュウにこの人の荷物一式を持ってくるように頼み、ズリズリと重そうに引きずってきた鞄と共にレッドさんモロとも強制送還した。(レッドさんを運んだのはリザードンさんだが、戦闘中ではあんなに怖かった顔つきが今はオロオロしていて大変可愛らしかった)

取り敢えず毒を抜き取る為、ウバメの森にある自分の家に着くなり鍵が掛かっているにも関わらず扉を蹴り開け、中に滑り込む様に入った。あぁ…扉が…。修理しなきゃ…。

カイリューがボクに続く様にレッド氏を抱えてノシノシと中に入ってくる。どこでも良いから取り敢えず床に降ろし、今度はリオルを素晴らしい速さでボールから放つ。

叫ぶだけ叫んでリオルは一鳴きするとトコトコとキッチンまで走り、コンロに火を着けた音がした。

鍋を火にかけ水を沸騰させる。

因みに残念ながら大量に摂取されたブルーメチルの毒は、毒抜きしてもあまり意味は無い様だ。
だから代わりの毒消し効果がある薬草を使う事にする。



「えっと、えっと…あぁもうやる事が有りすぎて分かんなくなるよ…!」

「ルー!」



カイリューが棚から薬草の入ったビンを持ってきた。それを受け取って中から出すと沸騰した湯に投下した。
それを見ながら己も毒を中和する効果を持った木の実を選んで、いくつか粉末状にする。リオルがその一連の動作を確認した後で箸を抱え込みながらグルグルとかき混ぜ始めた。

そういえばこんなに慌てたのはいつ振りだろう?ワタルさんの眉毛を全剃りした以来だ。あの時のワタルさんの顔は傑作だったなぁ。

バタバタと荒ただしく部屋中を駆け回るのをピカチュウはレッドさんの傍で目を白黒させて見ていた。それにしてもピカチュウ可愛いな……さっき蹴ってきたのは忘れないけどな(ピカチュウは皆のアイドルである)

グルグルと鍋をかき混ぜていたリオルは、頃合いを見て薬草の成分が充分に染み渡ったであろう鍋の中の湯をとても危ない手つきでコップに取り分けようとしていて。慌てて交代した。湯のみにいくつか小分けにして、粉末状になったそれぞれの木の実を種類に分けて薬湯に溶かしていく。



「とりあえずこの薬湯から飲ませてみよう」



火傷しない程度に冷ましたそれを持ってレッドさんの頭元に近付く。彼の顔はどんどん青白くなって、唇の色もチアノーゼが出始めている。コガネのジョーイさんは既にサンダースが呼びに走っている。本当なら病院なりポケモンセンターなり連れていくはずだったが、いつもよりテンパって正常な判断が出来ていなかったボクは何故か家に連れて来てしまったのは……あの、本当に申し訳ないと思っております。必死だったんです。

ここで死なせたら、完全に自分のせいになる。

絶対に死なせてはいけない。

……絶対に。

上半身を無理やり起こし、カイリューに背中を支えてもらうように伝えて湯のみに口を付けさせるが上手く入らない。吸い飲みはあっただろうか、と探しに行こうと腰を浮かせた時だった。リオルが湯のみを手に取って走り寄り、伝説の方の唇にムッチューーーーと口付けて薬湯を無理矢理流し込んだ。



「ゴボッ、がはぁ!」

「うわぁ…」

「ごほ、ごほっ」

「ナイスリオルゥ……」



無理矢理喉流し込まされている為に盛大にむせているがそこはあえて見て見ぬふりをするに限る。ピカチュウも今口移しされている伝説も死んだような顔をしているがまあそれは許して欲しい。

リオルの口移し攻撃はしばらく続いた。

レッドさんにとっては地獄かもしれないが耐えてもらわねばなるまい。………けれど、顔色は先程より良くなったように思える。



「……はぁ。良かった……一先ず大丈夫だとは思うけど、この後ジョーイさんに診て貰うとしよう」



一息着いて壁に寄り掛かるとピカチュウがお礼を言うように擦りよって来て、ボクはよしよしと頭を撫でるのだった。



(信じられない、こと)



だってあの伝説のトレーナーが目の前に居るんだよ!どうしよう!!



(いや、どうもしないけど)



良くなったら即刻帰ってもらうけどな。






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