わらってよ。 | ナノ


「土方さっ、好きです!」
「悪いけど、部下は恋愛対象に入ってねーんだ」
「でも……っ、」
「社会人なら立場くらい理解しろ。俺は部下を好きになることはねーよ」

休憩がてら自販機にコーヒーを買いに行くと、喫煙所に入ろうとする土方さんを呼びとめて告白している同じ部署の女の子がいた。最悪な時に来てしまった、と思いつつもまだ気付かれていないから物陰に隠れていると土方さんは驚く事もなくただただ普段の仕事をこなすように無表情で彼女の告白を断った。ハッキリと部下は恋愛対象に入っていない、と。本当、非情なほど表情を変えずに。ちくりと痛む胸を堪え、財布を力強く握る。泣きそうな顔で走っていく彼女の姿を見ながら私もきっとああいう風になるんだ、と心の中で自分を嘲笑った。同じ人を好きになった女の子の告白場面を見て、部下は恋愛対象に入っていないと分かったら私は告白しないでおこう、なんてずるいことを考える。傷付くのは誰でも嫌いなのに、私はこうして傷付くことから逃げているんだ。

「……はぁ、みょうじ隠れてるつもりか?見えてるぞ」
「え、あ……その、覗くつもりはなかったんですけど、」
「ああ、分かってる。休憩か?部署内は息が詰まるからな」
「私はコーヒーを買いに。あそこのコーヒーは口に合わないので、いつも自販機で買っているんです」
「奢るよ、どのコーヒーだ?」
「そんなっ、いいです!申し訳ないですし。……もしかして口止め料ですか?」
「よく分かったな。別に言わないことは分かってるけど、一応な」

いじわるそうな顔をして笑って自販機に小銭を入れる土方さんは、やっぱりどうしても素敵で諦めるなんて事は出来なくて。甘えてコーヒーを奢ってもらってしまう、私だけは特別なのかななんて勝手に頭の中で自惚れながら土方さんの一服に付き合うようにして外の空気を吸いにテラスに向かった。いつもなら喫煙所で煙草を吸うのに今回はさっきのこともあってか喫煙所に入らずにテラスで煙草を吸う土方さんは誰からでも好かれる人気の社員。煙草に火をつける姿も様になっていて、気の抜けたように煙を口から吐き出す土方さんは割と希少価値だ。仕事だけでも疲れているはずなのに、女子社員にあれだけ騒がれていちゃ煙草を吸う量も増えるだろうと、ふと思った。自分もその騒いでいる女子社員の一人なのに。密かにも大っぴらも同じだろう、想っているだけでこんなに彼を疲れさせてしまうのなら。人気があるということは良いことでもあり、その人にしか分からない苦労もある。それを癒してあげたいと思うのは本当に自己中心的な考えでしかない。
先程奢ってもらったコーヒーを開けて一口飲む。奢ってもらったせいか余計に美味しく感じるのはとても単純で。口いっぱいに広がる苦い味はこの叶わない想いみたいで、辛くも感じる。

「でも、複雑ですよね。こんなに素敵な人だから、迷惑でも抑えられないくらい好きになっちゃいますよー……」
「……お前、」
「あっ、すいません。全然分からない私がこんな風に言っても駄目ですね、」
「いや、そう言われるとなんか見る目が変わる。いつもは面倒くせェとか顔だけとか思ってたけど、そうやってちゃんと想ってくれてるやつもいるんだな」

「少しは考えることにしてみる」と言って煙草の吸い殻を携帯灰皿に入れながら土方さんは言った。きゅう、っと締まる胸は私の卑怯な考えを責めているのだろう。こうして土方さんが次に告白してきた子のことを考えて告白を受け入れたら、そう思うと苦しくなる。まさかこうして私の意見を聞いてくれると思わなかった。それは本当に嬉しいのだけれど、何だか複雑で。部屋に戻っていく土方さんの姿を見るとやっぱりこの恋は叶わないのかな、なんて思った。



「みょうじさん、みょうじさんってば」
「……あ、ごめん。考え事してた」
「寝不足?最近ぼーっとしてるけど。あ、この書類お願い」
「分かりました。出来あがり次第持って行きます」

ふとしたときに思い出すのは土方さんのことで、付き合う前にそんな話をしたことを思い出した。部下は恋愛対象に入っていないことを知って一人勝手に失恋して、少しだけ傷付いたけれどああいう風に会話出来たことを当時は喜んでいた。もうあれから一週間が経って、少しくらいは心が落ち着いてきた頃にこういう風に昔のことを思い出すと何とも言えない気持ちになる。恋愛対象に入っていない私が土方さんと付き合えたことを思い出すと嬉しくて、別れた悲しみよりもそのことに対する喜びで少しだけ視界が霞んだ。





煙草とコーヒー/Oct2.12_245
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