わらってよ。 | ナノ


仕事に私情を挟まないことは社会人としてごく当たり前なことだと思うけれど、ここまで完璧に私情を持ち込まない彼を感心する。

昨日久しぶりに食事をしようと合図があり何かと理由を付けて、彼が仕事を終わらせるまで待っていた。化粧を直しておかしなところがないか入念にチェックをして会社を出たんだ。いつもの場所で待ちながら後から遅れて出てきた彼と普通に会話したはず、どこも変なところはないと思っている。二人の間に変な感じはなかった、いつも通りの彼にいつも通りの私。なのに突然深刻な顔をしたかと思えば急に距離をおこうだなんて、そんなの誰が予想しただろうか。確かに最近会えなかった、メールも電話もしていなかった。でもそれは彼が忙しいことを知っていたからだ、家に帰って疲れてすぐ寝てしまうだろうと思ったから無理に連絡をとろうとしていなかっただけのこと。毎日仕事場で顔は見れるし仕事のことで話をしたりする、私はそれだけでも十分だった。
お互いに忙しいから距離をおくだなんて、そんな使い古された理由で簡単に関係は元に戻ってしまう。私達はそんなに脆い関係だったのだろうか。

「おはよう、二日酔い大丈夫だった?」
「……あ、おはよう。少しね、」

出勤すると山崎はもういて、デスクの上を片付けていた。にこりと普段通りの優しい顔で笑いながら私を気遣ってくれる。昨日の私の馬鹿な発言なんてなかったように振る舞ってくれる山崎の優しさは痛いほど胸に突き刺さる。ちらりと彼の方を見ると昨日のことなんか全く感じさせない顔で書類を見て仕事をしている。土方さんにとって私はそれくらいなのか、何ともない顔をして仕事をしているのを見るとどうしてもそう思ってしまう。「土方さん一人で抱え込むから」昨日の山崎の言葉を思い出す。すぐに一人で抱え込むことは知ってるけれど、だからって少しくらいは。考えても仕方ない事で、頭から振り払って仕事に集中しようとデスク上の書類に目を移した。あぁ、この書類。土方さんが書いたやつだ……。

「……はぁ、嫌になる」
「そんなみょうじさんに。はい、気分転換がてらチョコレート」
「わー、山崎の引き出し女子みたい。ありがとー」
「みょうじさんこそ、少しは綺麗にしたら…?」

山崎の視線の先にはぐちゃぐちゃに詰められて苦しそうな私の引き出し。他の人から見たらテキトウに詰め込んであるように見えるけれど、私の中では一応定位置があるわけでぐちゃぐちゃなわけじゃないのだ。いいの、と言って引き出しを閉める。チョコレートを口に放り込みながら土方さん手書きの書類を読む。忙しいのか殴り書きの文字を見て視界は霞んで、昨日のことを思い出せばこんなにも容易に涙の粒が零れた。それにいち早く気付いたのはやはり山崎で、私を見て驚く山崎に対してトイレに行ってくると言い残してデスクから離れる。こんな時土方さんは、私情をはさむなと怒るのだろう。公私混同したくないのに頭で分かっていても心が追いつかない、昨日たくさん泣いたのにも関わらず全然枯れない。

「っ、……駄目だな、私」

トイレの個室に入って便座に座る。静かに流れる涙はメイクを落としていって、きっと個室から出て鏡を見たら驚くほど崩れているだろう。こんなに思い詰めているのは私だけなのかな、そう思うとまた悲しくなって止まることなんてなくなった。
割とドライな恋愛しているよね、なんて友人に言われたのはいつの時だっただろうか。確か高校生の時だった気がする、彼氏が浮気していたことを聞いたとき「…あぁ、そんなもんか」と思うだけで悲しんだりすることもなく簡単に別れた。所詮他人というもので、そんなに執着していなかったはずだ。なのに今はどうだ、仕事している時でも思い出して泣いてしまうほど弱く脆い。私の中で土方さんがこれほどまでの男だったというのだ、とても冷静になれない昔のドライな私にはなれないほど素敵な人なんだと。骨抜きにされたように、もう、力なんて出ないくらい脱力している。

「嫌われちゃうかな……、公私混同するから」

何よりも仕事を大切にしている人だからこそ、中途半端な私を嫌うだろう。もう別れてしまったのだから変わりはないだろうけれど、それはやっぱり寂しいなって。本当馬鹿みたいに土方さんのことを考えて、そりゃ愛想もつかされちゃうかな。もう私は彼の特別な人でも彼女でもない、ただの部下に戻った。他の社員となんら変わらない、土方さんに想いを寄せるだけのただの部下に。恋愛対象の入っていない部下に戻ってしまったんだ。





手書きの書類/Sept17.12_245
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