わらってよ。 | ナノ


「ビールおかわり!」


一気に飲み干してドンと勢いよくジョッキを机に置いて叫ぶように言う彼女のおかわりはこれで三回目となった。泣き腫らした赤い目にティッシュで荒れた鼻、化粧は涙で落ちてぐしょぐしょになっている。お世辞にも綺麗とは言えない顔だけど、そんな素の彼女を見れるのは自分だけだと思うと心の中の抑えている独占欲が湧き上がってくる。ただそれを出せるほどの勇気や権利などは持ち合わせていないが。

――……遡ること三時間前。そろそろ寝ようとアラームをセットした時だった、携帯の着信音が静かな部屋に鳴り響いた。こんな時間に誰だと思いつつも見てみると予想を超えた人物で、緩む口元を引き締めて恐る恐る出てみると嗚咽に交じって名前を呼ぶ彼女の声。一言、土方さんと別れた。泣きながら言う言葉を拾いながら聞いてみればヤケ酒を飲んでいるらしく、今すぐ来てほしいなんて。違う状況だったならそのお誘いは嬉しいのだけれど今回は胸が痛いだけ。なだめる様に「今から向かうね」と言ってパーカーを羽織った。歩いてすぐの処だからルームウェアでいいだろうと思い、財布と携帯を手に取り部屋を出て向かう。
そして、今に至る。

「別れた原因はなんなの?」
「お互いに忙しいからって。少し距離をおこうって言われた」
「他に好きな人が出来たとかじゃないから別に……」
「そんなの何とでも言えるよ。それに忙しい事くらい互いに分かってる筈なのに」
「何か理由が他にあるんだと思うよ。土方さん一人で抱え込むから」

案外在り来たりな別れ方をするんだ、と何処か遠いところで思った。

社内で人気の仕事は出来て顔良しで頼りになる土方さん。俺の上司でもあり、横で泣いているみょうじさんの上司でもある。オフィスラブなんて厄介なもの、特に相手が土方さんとなるとかなり面倒になることから、二人は隠していた。だからそれを知らない他の社員達は誕生日やバレンタインなどの行事事に土方さんを落とそうと張り切る。それを横で見ていた彼女も相当我慢していたと思うし、優越感にも浸るだろう。そんな中、彼女の相談役は同僚である俺となり、頼られて嬉しいという感情や辛い感情も沢山あったけれど彼女の泣き顔なんて見たくないから今回のことは喜ぶというよりは普段の数倍辛い。俺は全く勝ち目のない相手と端から勝ち負けが決まっている闘いをひっそりと長い間挑んでいたということになる。
みょうじなまえが、入社当初から好きだった。他の人よりも仲良く仕事をしていると自惚れていた俺はこのまま親しい仲になれると思っていた。そんな時に彼女から実は土方さんと付き合っているの、なんて言われちゃ何とも言えない顔を浮かべてしまう。そのまま断れずに相談役をしているのだ、今も。今回のことは喜べない、傷付いている彼女を慰めて流れに任せることも出来るだろうがそこまで落ちぶれてはいない。一丁前に彼女の幸せを願っているんだ。

「ねえ、山崎……。忘れさせて。私を、私のことを……」
「一日寝て、落ち着くといいよ。早まらないで、ちゃんと土方さんを信じよう?」
「……う、ん。ごめんね、変なこと考えて」
「後悔するようなことはさせたくないんだ。そろそろ帰ろうか、もう遅いし」
「なんか、山崎に話したら少し落ち着いてきた。ありがとう、家に帰ってちゃんと考えるね」
「これくらい気にしないでいいよ。送るよ、危ないからね」

例え、彼女から誘ってきても受ける気はない。弱々しく俺に訴えかけてきてもそれは後で後悔することだろうから、その過ちが起こる前に止めてあげたい。ちゃんと冷静な時に、俺が好きだと言ってくれるのならそれは別だけど。この辛さから逃れるために俺に抱いてほしいなんて言うのなら、それは違うだろう。俺だってそんな彼女を綺麗に愛すことなんて出来ないから。本当に好きだから汚したくない、なんて思う。こんなの、臆病なだけかもしれないが。

「ありがとう、もうここでいいよ」
「そう?危ないからちゃんと鍵閉めるんだよ」
「分かってるよ、山崎ってお母さんみたい」
「みょうじさんは危なっかしいからね。せめてお父さんにしてよ」
「ふふ、お父さん。……遅い時間にごめんね、本当助かったから」
「仕方ないよ、事が事だから。明日、寝坊しないようにね」
「うん、おやすみ。気を付けて」
「ありがとう、おやすみ」

土方さんが何を考えて距離を取ろうとしたかは分からない。けどあの土方さんが隠してまでみょうじさんと付き合っていたんだからそう簡単に別れようとは思わないだろう。きっと、何か理由があってその行動をとったはずだ。ちくりと痛む胸はやっぱり少しくらい二人の別れを喜んだ証拠だろう。小さい男だと心で泣きながら帰路を静かに歩いた。





濃度の高いアルコール/Sept1.12_245
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