テキスト | ナノ

綺麗だったとか、そういう過去の恋愛を美化したりするのは多いと思うけれど、多分今回はお世辞にも綺麗とは言えない。
とっても愚かだと思うのだ。
修羅場を潜り抜けた訳じゃない、ただ普通に何もなかった。
付き合うまでの道のりはそう長くはなかったし、何の障壁もなく今に至る。


彼氏である土方十四郎は淡泊な野郎で毎日電話だとか週に何回会うだとかそんなのはないが、私も割とあっさりしているせいか気にならなかった。
デートだって互いに忙しいから滅多にすることはない、なりよりしたとしても一緒にいるだけで家で寛いだり同じ空間でいることを大切にして話すことはあまりないような状態だ。
それが相性が良いのか、それともただ単にもう関心がないのかは分からないけれど、十四郎といる空間が素敵なのは本当。
落ち着くし、言葉を交わさなくても一緒にいるだけで満たされる。



そういう関係って、いいと思う。



「最近どう?仕事」

「ん、あー…落ち着いてきた」

「そっか。…………ねえ、」

「なんだよ、今日そわそわしてるぞ」



仕事柄か、人のことを観察するのが得意で誰かの変化や異変に気付くことはよくあることなのだけれど無意識の場合は結構驚いたりして固まってしまう。

忙しいから他の人になんか気にかける余裕なんて今はないと思っていたけれどどうやら違うらしい。
見てるとこは見ているってことなのだろう。
そりゃ疲れもするわけだ。








「………この前会う約束して結局会わなかったじゃんか、」

「あァ、あれは本当悪い。急に仕事入ってよ」

「それはいいの。あの後ね、私…………浮気しちゃった」



ピシリと止まる彼の動きはかなり分かりやすくて、こっちに表情を見せないことがとても怖く思えた。
しばらくの無言が続き、静かに発せられた言葉は「誰だ、」と少し怒気の入った短いもの。
かなり抑えているようではあるがそれでも漏れている恐ろしい彼のオーラに顔が引き攣る。



恐る恐る相手の名前を言うと彼が握っていたガラスのコップが割れた。
余程万事屋の坂田銀時のことが嫌いらしい。
いや、浮気をした私に怒っているのだ。



「お前から誘ったのか、」

「う、ううん…。何て言うか、流れで……」



語尾の上がらない淡々とした彼の疑問は私を縮ませるには十分で。
長い付き合いの中こんなに怒っている彼は初めて見る。


危ないからガラスの破片を拾おうと手を伸ばしたら掴まれ、その強い握力に顔をしかめた。
自分が悪いのだから拒むことも何も出来ない。
怒鳴られるのだろうか、殴られるのだろうか、幻滅されるのだろうか。








「危ないから触るな、俺が拾う」

「え…あ、でも……」

「俺が、する」



驚くほどに冷静な声に逆に血の気が引いた。
私が口を開けばそれを上から圧し付けるように重い声で遮る彼の表情は無表情だ。



ごめんなさい、そう謝っても彼は無言のままガラスの破片を拾っている。
手の震えは恐怖と後悔、胸がいっぱいになって泣きそうになったけれどそれは間違っている。
自分が悪いのだから。

黒髪でちゃんと見えない彼の表情はきっとまだ無表情。



台所で片づけをし始めた時、やっと彼は口を開いた。



「寂しかったのか、」

「別に、不満なんて…なかったよ」

「こうなったってことは寂しい思いさせてたんだな」

「そんなこと、私はたまに会えるだけで…よかった、し……」

「じゃあ何で今こうなってるんだよ!」

「っ、あ……ごめん、なさい…」


「………悪い、怒鳴るつもりはなかった」



大きな溜息を吐いて崩れ落ちるようにしゃがんだ彼の背中はとても小さく見えて。
自分がとんでもないことをした、と再び確認させられた。


別に十四郎が悪いわけじゃないのだ。
私が弱かった、ただそれだけなのに必死で自分を責めようと理由を付ける十四郎を見て切なくなる。
こんなときでも私を守ろうとしてくれるのだから、胸が締め付けられた。



十四郎はしゃがんだまま動かず、そのままぽつりと小さく別れを切り出した。



「俺にゃ、お前を幸せに出来ねェ。これからも寂しい思いをさせちまうのは目に見えてる」

「そんなことない!今回は私が悪いの、十四郎が思い詰めることはない。ごめんなさい……」

「もういいから、謝んな。辛くなる」

「あ…っ、と、しろ……」

「触んじゃねえ!……もう、止めてくれ。これ以上情けない姿見せたくねーんだ…、出てってくれ」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ、そんなつもりなかったの…っ、う…」

「っ、出てけっつってんだろ!」



今までで一番大きい怒鳴り声は出始めていた涙さえも抑え、その言葉に従うしかなかった。
私が泣くなんてことは間違っているのに、どうしても自分を責める十四郎を思うと切なくて止まらない。
自分がこんな風にさせてしまっているのに、後悔が混じるこの涙はきっと十四郎を苛立たせている。



――ごめんなさい。

最後にもう一度だけ謝って十四郎の家から出た。
ゆっくりと閉まったドアに凭れると全ての感情が一気に押し寄せて来て子供みたいに崩れるようにして泣いた。


夜なのに、アパートで隣の人に迷惑になってしまうのに、それでも止まらない涙と声と嗚咽。
こんなつもりじゃなかった、後悔を頭の中でしても遅い。
悪いのは自分なのに、泣く立場じゃないのに。

女は、卑怯だ。



「うぁぁあぁあああぁ、っあぁぁ」



ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
本当に好きだったのに流れで、しかも貴方が一番嫌がる相手と。
こんな別れ方にしてしまってごめんなさい。




夜空では馬鹿な私を星達が嘲笑っていた。










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