テキスト | ナノ

病状が急変した、と連絡があったのは俺が仕事を終えて一服をしていた時だった。
いつもなら携帯はサイレントモードにして、メールも電話も気付かない。
だけど今日はサイレントモードにするのを忘れていて偶然にも病院からの着信に気付いた。



朝から調子が良くないとは本人がメールでいっていたけど、熱はないから安心して仕事に取り掛かったのが悪い。
俺の考えが甘かったようだ。


隊服のままパトカーを使って病院へ速度なんて気にせず飛ばした。
頭の中では多分冷静だった。
全てがスローモーションに見えて、自分は何でこんなにも焦っているんだろう、とぼーっと何かを考えていた気がする。

案外大変だと言ってもあいつはケロッとして笑って生きている。
それを疑わずに思っていた。
どんな過酷な状況でも笑って、元気で、それが俺の愛しい人だ。

だから今回も、病状が急変したと言ってもきっと大丈夫だろうと俺は心のどこかで思っていたのかもしれない。
冷静な頭で、心では焦りながらも。







「っ、大丈夫か!?」

「……と、しろ…さ、ん…」



辛そうな、でもどこか嬉しそうな顔を向けて笑う彼女は俺の手を掴むと弱々しく握った。
安心したのか、一瞬力が抜けたのを最期のように思えてハラハラする。
落ち着こうと思っても落ち着けない。サーっと血の気の引く感じがした。


今回ばかりは本当にやばい、と。
さっきまで冷静だった頭の中はぐるぐると最悪の結末しか巡らず、俺はただただ手を握った。

俺が焦っちゃいけない。
そうやって心に言い聞かせる。



「これぐらい…大丈夫ですから、そんな顔…しない、で…?」

「馬鹿野郎、人のこと気にすんな。今は自分のことだけ考えろ」



俺の頬に触れる手はひんやりしている。死人のような、幽霊のような。
その冷たさが怖かった。こいつを失ってしまう、そう思ったら自然に涙が出る。

男が女の前で泣くなんて情けねェ。



昔から体の弱い奴だった。
少し運動をすると喘息の発作を起こして、いつも家の中で寂しそうな顔をしていた。
それをどうにかしたくて、俺はこいつを笑わせるために花をプレゼントしたりもした。
思うと、柄に合わねェと笑える。

それほど骨抜きにされたんだ。
本当、俺には勿体ねェほどの女。


きっと、俺なんかと出会わなかったらこいつはもっと幸せに生きて行けたと思う。



「はぁ…はぁ…、ちょっと疲れまし、た…。少し寝ますね、」

「あァ…、お前の好きなドラマが始まる時に起こしてやる。だから、だから……――」








――死ぬな。



その言葉はこいつにとってあまりにも残酷で苦しめてしまう言葉。
俺はそれが言えなかった。


お互いに分かってる、これが最期だと。

俺の愛しい彼女は力のない消えていきそうな微笑みを俺に向けて目を閉じた。
最期に声にならない声で俺に一言、“幸せになって”と言って。





* * *








からっぽになった無機質な部屋。


ここに何年とあいつがいたとは思えないほど冷たい部屋だ。
あいつがいた時はあんなにも暖かく、幸せだった部屋は今や俺を苦しめるだけ。

俺といたあいつは幸せだっただろうか?



「お前は、ここからしか外を見れなかったんだな…」



病室にある一つの窓から外を眺める。

あいつにとってこの窓際はたった一つの希望だったんだ。
夢を見られる一つの救い。


俺がもし、あいつを救えたのなら。

そんな理想ばかり頭を巡って、腹立たしさでゴミ箱を蹴り倒した。
コロコロと転がっても中身が入っていないからこぼれることもない。


あいつが生きていた、その証拠のゴミまでもこの世にもうない。










やわらかな絶望のなかで感じたあなたの呼吸と夜のにおいだけがひどく優しくて、わたしは嗚咽をもらしながらただ消えていくのを待つことしかできなかった


062012.245
(title:いいこ)
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