テキスト | ナノ

「服部さん、服部さん。御家が裕福だと聞いたのですが」

「うわ、どこから出て来たんだお前。ここ屋根だぞ」

「豪邸に住んでらっしゃるようで」

「顔近い顔近い。うるせーな、今仕事中。あんま騒ぐと見つかるだろ」

「そしてブス専らしいですね。醜女がいいんですよね!」

「だから、少し黙れ。ブス専って誰から聞いたんだオイ」



普段はとろくさい奴のくせして夜中にしかも仕事中に、屋根にいる俺の処へ突然来たこいつはごく普通の家の娘だ。
前々からよく道端で話し掛けてきたりと神出鬼没な所があったが今回ばかりは驚いた。
しかも出会って第一声が裕福なんですかという質問で、金に困ってるのか知らないけれど喰い付き方が異様であるのは分かる。
家になんか上がらせたことなんて一度もないし、ましてや家の場所すら教えていない。いつも追いかけられても撒いて逃げて家に帰っていた、抜かりはない。
そして顔をかなり近付けてくるのだが、キスでも強請っているのだろうか。

誰から聞いたのか、女の趣味まで知っていて。嬉しそうに醜女を強調するのを見て少し呆れた。
取り敢えず五月蠅いから口を塞ぐと、何かキャーキャーと歓喜と取れる訳のわからない叫びが聞こえる。余計に五月蠅い。



「本当静かにして!?何、邪魔してんの?」

「あーもう、叫んだら気付かれちゃいますよ。痔は大丈夫ですか?私それが本当に心配で」

「お前のせいだろーが…!はぁ、言葉のキャッチボールしようぜ、何で会話してないの?え、聞いてないの?」



会話しているはずなのに俺の言葉を完全に無視して自分の言葉を発する自己中心的なとても良い耳をお持ちのようで。
少し思い詰めた顔をしたかと思うと俺をじっと見つめてきて、その瞳に少し吸い込まれそうになる。
なんつー顔してんだ、いかにも純粋というような言葉が当てはまるようなその目。
触ってしまえば汚してしまう気がして、耳を引っ張っている手を放した。



「服部さん。私、服部って名字になりたいです」

「………無理、」

「え、何でですか。ちゃんと家事出来ますよ!」

「いや、家事とか出来ても無理。ていうか、金目当てかコラ」

「違いますよ。偶然聞いたので確かめただけです。なんで駄目なんですか?」

「無理って言ったら無理なんだよ。理由言うのも何か気にくわねーし」

「言ってください、私直しますから。頑張ります、努力します」

「じゃあ、……………――――








本当にこれだけは言いたくなかった。
そう思っているのは嘘偽りないのだけれど、言ってしまったら何か負けた気がする。
だから絶対に本人に伝えようとは思ってなかった、なかったのに。
純粋無垢なそんな瞳で頑張るだとか健気なこと言うもんだから口が滑った。
不覚だ、あり得ない、何かの気の迷いだと思いたい。


言葉を聞いたそいつは驚くほど顔を真っ赤にしてうろたえて、どうしようとあたふたし始めた。
屋根から落ちないか少し心配になったけれど、こっちも恥ずかしくなってきて。
「落ちんなよ」そう言って仕事を再開するためにその場から去る。
ああ、言わなきゃよかった。




――もっと醜女になれ。お前じゃ綺麗すぎる。



思い出すと本当くさくて、何だかそんな自分へ苛立ち仕事に集中するよう努力した。

















082612.245

Happy first anniversary of manimumemo!
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