テキスト | ナノ

あの日、電話で喧嘩をしてから一ヶ月。一ヶ月もの間、未だ連絡はない。忙しい人だし、連絡がないのは仕方が無いと思う。それに電話を切ったのも私が一方的にキレて切ってしまった。だからこそ、私から連絡を入れにくい。変な意地のせいで一ヶ月も彼と連絡を取っていない。だけど、そろそろ向こうから連絡があってもいいんじゃないだろうか。私と彼は恋仲。一ヶ月の間連絡がなかったら心配にもなるだろう。なのにも関わらず、平気で仕事をしている彼を見て私は悔しく思う。

これだけ連絡がないのだから愛されてないのでは、などという不安も出てくる。実際、今、感じている。よく考えてみれば、私は彼に好きなどという言葉は一度も聞いたことが無い。告白だって私からだった。元からベタベタとイチャつくような人じゃないと思っていたけど、本当は私だから、好きじゃないからしないのかもしれない。彼が私の事を好き、なんて本当は分からないんだ。
彼は多少瞳孔が開いていて怖いからといって、決してモテないわけではない。かなりの女の人が言い寄ってくるはずだ。そんな彼が私を好き、なんて有り得ないにも等しい。整った顔に、地位、名誉、金銭面だってどれもこれも文句の付けようがない。彼といると“完璧”という言葉があるようにさえ思える。

そんな彼がどこにでもいるようなパッとしない女の私を好むだろうか。答えは、――否。余程のモノ好きでない限り、こんな女と付き合おうなどという男の人はいないだろう。おまけに可愛げも無く、正直言って女としてどうだろうか、と思うほど枯れていて荒んでいる。少しでも可愛らしい思考をしていれば和むこともあるだろうが、残念ながら私は現実主義者。小さな家で彼とお花畑の庭で彼と幸せに暮らすの、だなんてこと考えない。寧ろ、そんなことを思っている人に私はハッキリと「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てるだろう。

そんなわけで私は今、猛烈にイライラしている。これが自然消滅なのか、などということをずっと考えて仕事もままならない。今日こそは覚悟を決めて会いに行こうか。どうせ別れを切り出されるのだけれど。

「下らないことを俺に言わないでくれやすか」
「いやいやいや、沖田くんが頼みの綱なの! 私、“来ちゃった”なんて似合わない女だから」
「いいじゃないですかィ、来ちゃったって言って会えば」
「そんなのうざくて重い女って感じするじゃない」
「正直俺だったら萎えまさァ」
「ほら、ほら! お願い、土方さんを呼んできて」
「なんで俺が呼ばなきゃいけないんでィ」

別れる覚悟で屯所に来たのはいいのだけれど、どうやって会おうかと考えていたら丁度良い所に沖田くんがサボりから帰ってきた。沖田くんに土方さんを呼んできて、って言っているのにあの沖田くんが素直に呼んできてくれるはずもなく、結局屯所の前で言い合いをして時間だけが過ぎていく。だいたい、“来ちゃった”なんてのはフラグなんだ。連絡も入れずに彼の家に突然来ちゃった、なんかすると大抵は彼が浮気している。そしてその後はもう別れようという答えしかだいたいは残らない。そういうのをTVでも現実でもよく聞く話だからこそ、私はそんな危険な賭けに出たくないのだ。今する“来ちゃった”は別だとしても、結局重たい女として思われるんだろう。それをきっかけに別れる、だとかそんなのは避けたい。いや、もう土方さんの私への想いは冷めているのかもしれない。ううん、私と付き合う前から本当は私へ想いなんてなかったのかも。
会おうと思って今日屯所に来たけれど、なんだか会いたくなくなってきた。会ってしまえばそれが最後になってしまう気がして会えない。今日はこのまま帰っちゃおうかな、なんて思っていたら土方さんがやって来た。


「なんでお前がここにいるんだ」

「ったく、彼女の世話ぐらいちゃんとしてくだせェ。煩くて仕方ねェや」
「ちょっと、沖田くん! なんで屯所に戻るのよ」
「普通に考えて俺は邪魔者でさァ。ま、頑張れィ」

ひらひら、と手を振って優雅に私を置いていく沖田くんはやっぱりSだ、と思った。前なら沖田くんナイスだ、とか何とか思って賛美していただろう。だけど今は別。土方さんと二人っきりにしてほしくない。私は土方さんから別れ話を聞きたくはないのだ。だって、こんなにも好きで、付き合う前からずっと憧れで、土方さんを外で見掛けるだけでその日が嬉しい日になるほど私は土方さんにベタ惚れ。惚れた弱み、ってやつなのか仕事が忙しいことを怒ったりしないし、周りの友達が有り得ないと言って怒ることでも私は許せた。だからこそ、似つかわしくない二人ったとしても、私は土方さんが私と付き合ってくれている限り信じていれた。今では不思議で不安でしかないけれど、愛の囁きがないことも愛しく感じていた。不器用なんだ、って。だけど、付き合っても一度もそんな言葉を聞いたことが無い。それはやっぱり、おかしいことなんだ。

土方さんを見てみると、見てわかるほど不機嫌な顔をしていた。ムスッとして私を見ている。何か言いたそうな顔をしつつも私が話しだすのを待っているのか、煙草に火を付けて一服している。それでも私が言いだせないでいると、土方さんは極力優しい声で私になんだ?と尋ねてきた。

それでも私が黙っていると土方さんは私を責めるわけでもなく、私の頭を優しく撫でてきた。「何か言いたいことがあるなら言えばいい、言いたくないなら言わなければいい。だけど、心配はするから一人で抱え込むな。俺に言えないなら友達でも何でもいい、誰かに話せ」と、ぶっきらぼうなくせに優しく言ってくれた。その言葉は落ち込んでいた私にはとてもとても嬉しい言葉で、さっきまでの不安なんか簡単に吹き飛ぶ言葉でもある。愛してる、好き、そんな使い古された言葉を言ってもらえるのもとても嬉しいのだけれど、それ以上にこの言葉は嬉しかった。土方さんが私の心配をしてくれている、土方さんには悪いけどそれがとても嬉しい。愛されているんだ、と思う。そんな風に一人、感動していると土方さんは付け足して「でも、あんま他の男と関わんな、俺が気に入らねェ」なんてオマケにヤキモチまで妬いてくれて、私の涙腺はもう緩んで気が付けば涙が流れていた。
土方さんの口から初めて聞いたヤキモチの言葉。土方さんはクールでヤキモチなんて妬かないって思っていたからこそ、すごく嬉しかった。

「ど、どうしたんだよ!? どっか痛ェのか?」
「ちが……っ、土方さ……。私、やっぱり土方さんが大好きです!」
「あ、あァ……。あ、ありがとな……?」
「だから、こんなことを聞くなんて面倒くさい女だと思うかもしれません。でも、私は……不安です。やっぱり、不安なんですっ!土方さんを信じています、でも……でもぉ……っ、」

ポタポタ。気を引き締めて止めていた涙も言葉を言う度に目に溜まって、また零れ始める。手で拭っても拭っても止まらなくて、言葉すらもう出ない。止めたい涙は止まらなくて、言いたい言葉は言えなくて、それでも土方さんは私を安心させるように大丈夫、と言いながら落ち着かせようとしてくれて、本当、土方さんって私には勿体ないほどの素敵な人だ。容姿、地位、名誉、そんなの抜きにして、性格をみた時、本当に好きだ。これ以上ないくらい私は土方さんに溺れている。

もういいや、そうやって自棄になって抑えずに泣いていると土方さんは私をギュッと抱きしめた。それは突然のことで、さっきまで流れていた涙は一瞬だけピタリと止まった。それでもあまり絡まない人なのに土方さんが私を抱きしめている、そんな風に思うとまた涙は流れて、結局意味を成さない。土方さんが困っているから、そんな風に思いつつもやっぱり嬉しくって、ごめんなさいと思いつつ、土方さんが愛しくて甘えたくて私も土方さんを抱きしめ返した。

「不安にさせてて悪かった。ちゃんと、俺はお前を愛してる」

私が何か言う前に土方さんはお見通しだったようで私の望んでいた言葉を言ってくれた。しかもここは屯所の前で、公衆の前だというのに土方さんは私の顔を持ちあげると私にキスを、何ヶ月ぶりのキスを――。
して来なかった。正確には、キス寸前。いわゆる寸止めというやつだ。

目を開けるとニヤニヤとしながらカメラ片手に私たちの様子を撮影している沖田くん、そして山崎さん。恥ずかしくて穴があったら入りたい、そんな状況の私だけれど、それ以上に副長の威厳とかプライドとかがガラガラと崩れ去って怒り爆発寸前の人が私の前にいた。土方さんは怒りで震えていて沖田くんはケラケラ笑っている。山崎さんは勿論怯えていて、蛇に睨まれた蛙のよう。

「お前ら……、覚悟は出来てんだろーなァ……?」
「ひぃ、お、俺は止めたんですよ! だけど沖田隊長が無理やり……!」
「酷ェや、山崎。俺に罪を擦り付けるなんて。カメラも自分が用意したくせに」
「沖田隊長が脅すから仕方無く用意したんじゃないですか!」

「お前ェら、全員切腹だァァァアアア!!」

スッと刀を抜いて逃げる二人に襲いかかる、前に。土方さんは思い出したかのように私の方を向いてちゅ、と可愛らしいキスをすると二人を追いかけた。不意打ちすぎて初めは何が何だかわからなかったけれど、気付いた時には顔は真っ赤で、本気で土方さんに溺れそうで怖い。好きで好きで堪らない。

私はきっと土方さんじゃないと駄目なんだ。溺れそうで怖いんじゃない、もう溺れていて、それが無くなった時が怖いんだ。もう窒息寸前、でも土方さんだったら平気。このまま窒息したとしても、私は幸せ。だって土方さんの愛で窒息だなんて、これ以上ないほどの贅沢だもの。

少し照れくさそうにしながらも部下の二人を追いかける土方さんはやっぱり、付き合う前から好きだった土方さんとなんら変わりは無かった。





息継ぎがへたくそな魚/2014.0303 245
(title:蘇生)
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